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ただ一つの名、ただ一人の人  作者: 神空うたう


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11話 宴の席



 『旦那様の館』で、宴が開かれた。


 それは以前にゲゼルが主張していた、賊の侵入を対処した事に関してではなかった。

 王族関係でめでたい何かがあり、それを寿ぐにあわせて、『旦那様』が雇っている者達を慰労するという形であるらしい。それでもゲゼルなら『つまり俺のためって事だ!』と言い張りそうだけど。

 床には分厚く織り込まれた敷物が広げられており、酒と共に瑞々しい果物などが盛られた器が置かれている。

 結局は、旦那様や、旦那様のお気に入りの何人かがいい思いをする場だ。どこかからか準備された楽師の音楽と同じで、私達娘奴隷はその宴を華やかに彩る事になる。……どう彩るかは、今さら語るまでもない。


「どれが旦那様?」

「あの奥の……一段高いところにいる方では……?」


 娘奴隷達がひそひそ囁き合っている。確かに、位置的にも偉い人がいそうな場所だ。だとすると旦那様というのは――似顔絵で描きやすそうな人だった。眩しそうに目を細めているし、口は真一文字。私でも描けそうだ。



 ゲゼルは――いない?



 にぎやかしにはなりそうだけれど、こんなめでたい場にふさわしい男ではない。きっと今頃、どこかで歯噛みして悔しがっているに違いない。いい気味だ。


 ――そう思っていたのに、ゲゼルは屋敷の監視役としてよく見る顔ぶれとは離れた、旦那様に近い位置に座っていた。


 どうやら、しばらく前の賊の一件で活躍したというのは本当らしい。まとめて慰労してくれているようだ。

 ゲゼルを含めた周り数人は、誰が見ても場にそぐわない貧相な顔つきだった。おそらく、賊退治で活躍した顔ぶれなのだろう。

 旦那様の周囲の他の人達は、如何にも賢そうとか豊かそうな感じだった。この館のどこで働いている人なのか、あるいは客人なのか。私ではわからない。




 そこそこに食事や酒がふるまわれたところで、娘奴隷達が旦那様やそれぞれ男達のそばに侍り始める。まあ、それも楽しみなのだろう。

 私や新人達は、空いた器や盃を下げたり出したりするだけだ。

 ――そのはず、だった。


「どうだ、すごいだろ」


 思っていた以上の扱いを受け、居心地悪そうにしていたくせに。私が食事の器の交換にやってきたのを見て、ゲゼルはいつもの調子で話しかけてくる。歓談の声にまぎれてはいるが、少し声を潜めて。得意気な様子で、調子に乗っている。子どものようだった。


「はいはい、すごいすごい」

「お前は食えないのか?」


 首を振る。男たちのそばに侍る先輩の娘奴隷達ならば、合間に食べる事も出来るだろう。しかし私達は給仕で忙しい。


「持って帰ってやろうか。少しなら別にいいだろ」


 そこまでしなくても、食べ残しとして下げられたものを後から食べることはできそうだけど――


「その……木の実?美味しかった?」

「あ?わざわざ木の実なんて――」


 ゲゼルが赤い木の実を口にした。二、三度瞬きをしたあとで少し笑った。再度器に手を伸ばし、私の口に放り込んでくる。一口目は酸っぱいけど、あとが甘い。


「これ!これ、持って帰って来て」


 なんという木の実かわからないけど、これは初めて食べた。多分この機会を逃すと、一生口にする事はないだろう。そう考えると、食べた事のないものがこの宴には色々あるが、ゲゼルがこっそり持って帰れそうなものとなるとこのぐらいか。流石にスープを持って帰って来いとは言えない。


「よーし、任せとけ」


 それでごそっと器の木の実を鷲掴みして懐に入れようとするあたりがゲゼルの浅慮さだ。ただ、ゲゼルもまわりもほどよく酔っているのでおそらくバレないだろう。


「――お前」


 少し甲高い声。

 なんだと見れば、それは旦那様だった。野太い声を発しそうなのに、意外と神経質そうな声だった。

 指をさされたのはゲゼル。


 ゲゼルは鷲掴みをしていた手を静かに開き、赤い木の実を器に落とした。

 しかし、別にそれは浅ましいゲゼルをとがめたものではなかった。旦那様は、そばに控えていた老爺に何やら囁いた。今度はその老爺が口を開く。どちらかといえば、この老爺の方が、旦那様が発しそうな低い声で喋り始めた。


「――此度、賊の侵入において、その者の働きぶりについて、旦那様は高く評価を下されている」

「は、はい。ありがとうございます!」


 ゲゼルが姿勢を正し、老爺を通じての旦那様からの言葉に答えている。隣にいた私は、動くのも失礼かと、とりあえずそのままゲゼルのそばに控える。

 こそこそと旦那様が老爺に伝え、それを老爺が話す。なかなか無駄な手間がかかっている。偉い人も大変だ。

 私は、皿から零れ落ちている赤い木の実を拾い上げた。処分するフリで、それをこっそり口に頬張る。美味しい。

 本当ならつまみ食いなどせず給仕に戻らなければならないのだろう。でも、『途中で下がるのも失礼かと思い』とでも言い訳すれば何とかなるだろう――と、口の中の木の実ぐらい甘く考えていた。


「――ちょうどよい。そこの娘。その者を労え」


 そこの娘?

 いきなり話に私がかかわってきて、驚く。まあ、まわりを見れば他の監視役や館の関係者達は娘奴隷を楽しんでいる。むしろ、旦那様に近い席になった者達は、旦那様の手前お行儀よく――普段に比べれば程度で、礼儀として正しいかは別だけど、借りてきた猫のようにおすましでいた。酒と食事を楽しむしかない状況だった。普段のこいつらなら、絶対向こうの隅にいる監視役達みたいに堪能している事だろう。

 美味い酒よりそちらの方が、とか、後で文句を言いそうだ。

 そう考えれば、『旦那様のお計らい』は渡りに船といったところかもしれない。

 ただ――


「ですがその……旦那様。こちらの娘は、まだ旦那様の館にも出ていない、ごらんのとおりの若い娘で……」


 ゲゼルにしては珍しく、もっともらしい事を口にした。

 ここは絶対、調子に乗ってくるところだと思っていた。こちらとしては願ったり叶ったりではある。娘奴隷として慣れてくれば気にもならないのだろうけれど、今の私では人前で――とは流石に忌避感がある。あと、何より相手がゲゼルだし。

 しかし、老爺はわずかに眉を跳ね上げた。眉の下になかば隠れていた瞳が見開かれている。


「しかしゲゼルよ。その娘はお前が気に入っている娘であろうが」


 管理する者としては当然なのかもしれないが、ゲゼルだけでなく、私も驚く。


「それに――幼く見えようと『問題あるまい』?違うか?」


 どういう意味か。

 ここは館であり、旦那様が許すのであれば。という事か。それとも私が年齢を偽っている事までわかったうえでか。顔を合わせる事が無かったので、どうせ私達末端の事なんて何もわかっていないと思っていた。けれどそうではない、という事なのだろうか。


「で……すが……」

「ゲゼルよ。旦那様は、お前の働きに見合うものをとお考えになったのだが?……お前がその娘では満ちぬと申すのであれば、他の娘を用立てるしかあるまい」


 旦那様の厚意を無下にするというのは、監視役としての今後等を考えるとどうなんだろうか。私ですら心配になるのに、ゲゼルは少し安心した表情を見せた。なんなの?


「他の娘をどうするかもだが、その娘をどうするかというのもある。その娘を誰より求めていたのはゲゼルかと思ったが――ならばその娘はエイセダに与えるのがふさわしいか」

「――あっ、それは!」


 そのエイセダを探すためにか、宴席の奥の方を老爺がついと眺めようとしたところで、ゲゼルが割り込むように声を発した。宴の歓談の声がにぎやかだが、やけに響いて聞こえた。


「今さらながら。旦那様のご配慮があまりに望外の事で、受け取るのも畏れ多く感じてしまい、かえって礼を欠きました。……今からでも、この娘を私にいただく事は……?」


 老爺は旦那様の判断を仰ぐためにか旦那様のそばに身を折った。旦那様も、もそもそとそれに応える。すぐに老爺はゲゼルの方に体を向けた。


「なるほど、謙虚な男であると旦那様は判断を成された。宴の酒と同じく、娘を饗するが良いとの事」

「……ありがとうございます」


 ゲゼルが深く平伏を示した。

 私は、宴の給仕をしなくて良いという事だろうか。旦那様が命じたのだから、後で何か言われても、それで許されるだろう。せいぜい嫌味を言われるぐらいだ。

 しかし、なんだその苦々しそうな顔は。


「言っとくけど、そっちで勝手に話が進められただけで、アンタは良くても私は嫌なんだからね」


 こそっと釘をさしておく。

 この間に、旦那様と老爺は別の監視役に、似た感じの事を話している。どうやらその監視役も、日ごろご執心の娘奴隷を味わう事ができるようだった。監視役は娘奴隷を好きに使用できるとはいえ、館の看板ともいえる娘は流石に相手にしてもらえない事がほとんど。だが、今宵はその夢が叶うらしい。……普通は、そういう感じになると思う。

 わざわざ私みたいなのをあてがうのは、旦那様からの嫌がらせだったんだろうか。それでも声をかける順番的に、賊の侵入を撃退した一番の功労者は、ゲゼルで間違いなかったようだ。

 ――本気でゲゼルは私がよかったの?とてもそんな表情には見えないけど?

 娘奴隷の『使用』に関してだと、最近はすっかり他の娘奴隷ばかりで、私の方に苦情が殺到している感じだ。ちょっかいをかけてくるのは相変わらずで、今一つ、コイツが何を考えているのかわからない。

 旦那様の情報網はすごいのかもしれないけれど、その鮮度は、さほどなのかもしれない。初めのうちは、自分の自由にできる――と勝手に思い込んでいたゲゼルが私に執着していただけだ。今のゲゼルの顔は、隣の監視役の蕩けそうなものとは正反対だもの。




「――ゲゼルも。こちらに気にせず、娘を味わうとよい」


 老爺を通じて、旦那様からの許しが重ねてなされる。

 ゲゼルは緩慢に、私に手を伸ばして来た。

 なんだか嫌々させられているみたいな感じだ。……いやいやなのは、私の方なんだけど!?気分が悪い。あらゆる意味で。

 誰か好きな子でもできたのだろうか。館にいるのなんてほとんどが娘奴隷で、監視役と娘奴隷で惚れた腫れたもないとは思うけど。

 それでも、それならそれで、その意中の相手の方がいいとか言えばよかったのに。旦那様相手にそんな事言うのは勇気がいるかもしれないけど、普段のゲゼルなら図々しく言いそうだったのに。実際、そういう話にだってなりかけた。なんで――

 ……ああ。


「エイセダから、守ったつもり?」

「……こんなめでたい席で、そんな奴の名前なんか、聞きたくもない」


 当たりのようだ。

 ゲゼルと同じぐらい――いや、ゲゼルよりも娘奴隷から嫌われている監視役だ。それも、どうも幼い娘が好みらしく、年齢を幼く申告している私は、かなり危うい立場だったらしい、と以前に聞いた。……結局、その後もエイセダなる人物を見かけていないはずなので、どんな人間かはわからないが。


「貸し借りとか、恩とか、思わないから」

「お前は……まあ、そんな生意気が言えるぐらいでいい。あんなのに関わらずにすむのが一番だ」


 本当に、どんな人物なんだ、エイセダは。なんでそんな人物を『旦那様の館』で雇い続けているんだ。


「……そういうつもりがないなら、無理しなくていいんじゃない?もう旦那様も、アンタの事見てないし」

「別に、『そういうつもり』がない訳じゃない」


 ……少し視線を落とす。まあ、ゲゼルが嘘を言っているのではないのはわかる。だったら何をもたもたしているんだ。――別に、望んでいるわけではない。まったく望んでいない。けど、このおかしな感じがよくわからない。どうしたいんだ、この男は。


「――お前の名を呼ぶと気が昂るし、そういうつもりにはなるけど――よくわからねえが、途中で……なんかこう、ダメになる。いや、ダメにはなんねえんだけど。気分の方が」

「……は?」

「嫌だ駄目だと騒がれると――」


 何を今さら、そんな事を?嫌だやめてと騒いでも、聞かなかったのは、アンタじゃないか。アンタが私を苦役奴隷から娘奴隷にする時に、何をした?それ以降だってそうだ。

 いまさら、まともな人間みたいな事を――

「……ふざけるな」


 宴の最中だから、声を張り上げはしない。

 けれど、ゲゼルには確実に聞き取れるだけの声で。


「アンタは私が何を言おうと聞き入れない、自分勝手な男なのに。そんな事が言えるなら、どうして最初から、そうしてくれなかったの」

「別に俺は今だって本当は……隣の奴みたいにしてえんだよ。お前がたとえ怒って騒いだって。でも、ダメだ、いやだと泣かれると……駄目なんだ。どれだけお前を呼んで、気を昂らせようとしても、かえって逆効果になるぐらいで――」


 ……名を?

 『ただ一つの名』を呼ぶと?むしろ、『ただ一つの名』を呼ぶから?それは――ゲゼル、アンタが私の『ただ一人の人』だからじゃないの?

 『ただ一つの名』を授ける、『ただ一人の人』。名を授け、その者を庇護し、加護し、守る――そのアンタが、何より私を傷つけようとするから。だからだ。


「ははは……いい気味。ざまあみろ」

「なんだよ。お前、ざまあみろとはどういう――」

「……アンタという男は。本当は、私のために、そうあるべき人間だったんだ」

「なに?」


 アンタは、私に『ただ一つの名』を授けられる『ただ一人の人』だったんだから。私を守ってくれる存在でなきゃ駄目だったのに。

 ……どうして、そうであってくれなかったの?

 私を、苦役区画という地獄から、助け出してくれるだけの人に、どうしてなってくれなかったの?どうして私を、傷つけたの?苦しめたの?


 宴はますます盛り上がり、酒と熱気と甘い声がそこここに広がり、深まる。

 その中で、私とゲゼルは、体を重ねていながら、凍てつくほどの冷たさを感じていた。




※ 完結まで執筆済! エタりよう無し!あなたを一人、孤独にはしません!

  毎日一話ずつ更新中。


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