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孤高の彼女  作者: 赤虎
37/45

奈那のランドナー

1


「嬢ちゃん、ちょっといい?2階に行こう」

「はい・・・」

「・・・このランドナーの中で、どれが欲しい?」

「この緑のランドナーです!」

「26万円でどう?」

「えっ!安過ぎませんか、それじゃ!」

「まぁな、此処にあるランドナーは全てルネ・エルスが最も成熟した時期に組み立てられた物だ・・・特にフレームは芸術品、正に宝石と言っていい。だから、安く見積っても1台120万円以上する・・・」

「じゃ、何故26万円なんですか?」

「この1年で嬢ちゃんの整備技術は飛躍的に高まった。そしてなりより、直近12ヶ月の売上が過去5年平均に比べて20%以上増えたんだ。嬢ちゃんがSNS使って宣伝してくれたり、補助金の概要作ってくれたりしたおかげだよ。だけど、俺、バイト代1年で26万円しか払ってないだろ?それじゃあまりにもあくどいからな」

「でも・・・」

「いいてことよ。その代わり、こいつと一緒に走ってくれよ。こいつは走るために生れて来たんだ。だから、何処ぞのバカみたいに部屋に飾るんじゃねぇぞ」

「はい!」

「それと、値段は内緒な。有象無象にバレるとめんどくせぇことになるから」

「分かりました!」

「じゃ、分解して整備するから、1週間後に取りに来てくれ」

「はい!」


2


前期試験が終わった。全ての科目に関して私も紗希も確かな手応えがあったので、これで飛び級確定までもう一歩だ。奈那が言うには、例の特例措置の検討も最終段階を迎え2年後から実施される可能性が極めて高いと桜木学部長が話していたとのこと。つまり、私と紗希が第1号になる可能性が高まったことになる。実際のところ、第1号であろうが第2号であろうが私達には関係なく、少しでも早く獣医師として医療の現場に立ちたいというだけのことだ。特に紗希は年齢的に1浪と同じだから尚更だ。先が見えてきた分、精神的に余裕が出てきた。これが油断に直結しないように戒めないとな・・・そんなある日のこと、昼休みに広場のいつもの場所で紗希と御弁当を食べていたら自転車に乗った奈那が颯爽と現れた。新しい自転車を買ったらしい。


「先輩達!念願のランドナー、買っちゃいました!」


1年かけて遂に買えたんだ。だけど、普通の自転車と何処が違うの、これ?


「全然違いますよ~!いいですか、フレームをよく見て下さい!ワイヤや電線が全て内蔵されているんですよ。しかも、ブレーキや変速レバー、ボトルケージやダイナモが全て直付けで、スマートな仕上がりになっていますよね?その結果、フレームが穴だらけになってしまうんですけど、それを考慮した肉厚になっていて、必要十分な強度を確保しているんです。しかも、ラグはコンチネンタルカットですよ!それと、このクランクはルネ・エルスのオリジナルを使っていますし、変速機は前後ともカンパニョーロですから!普通の自転車とは別の生き物なんです!」

「はぁ・・・」

「そうですか・・・」

「この自転車はパリの宝石と讃えられているんです!」

「その宝石、青木サイクルの2階に放置されていたんでしょ?2万円程度で買えたの?」

「菊地先輩!何言ってんですか!ルネ・エルスのランドナーは希少価値の高い物だと100万円以上するんですよ!」

「100万円!」

「あんた、何処にそんな金があったの?」

「今迄のバイト代で買えました。でも、このランドナーは希少価値の高い物ですけど、値段は秘密です。ってか、大将から秘密にしてくれと頼まれていますから」

「何故?」

「修行の成果が認められて、格安で売ってくれたんです。だから、値段が有象無象にバレると大変なことになるからって」

「なるほどね・・・」

「でも、そんな貴重な物を乗り回して大丈夫なの?盗難とかも心配じゃない?」

「ランドナーは飾っておく物じゃなくて、乗る物ですから。でも、いるんですよね、部屋に飾っているだけのバカ・・・それじゃランドナーが可哀そう過ぎます。盗難に関しては、菊地教授にGPS発信機と連動した追跡アプリを造ってもらいました。アプリは私のスマホとPCにインストールしてあります」


いつの間に・・・


「そうそう、次の祝日、サイクリングしませんか?目的地は村山貯水池ということで」

「どのくらいの距離なの?私達、ママチャリだし」

「そうですね・・・12~3km程度じゃないですか?のんびり走っても1時間半ですよ」

「そんなに近いの?じゃ、朝出れば昼前に帰ってこれるじゃん」

「そうだね。午前中だけで済むならそれほど疲れないし、気分転換にいいかも」

「じゃ、行きましょう!桜町駅の北口に6時半集合ということで!」


3


「手ぶらですか?」

「そう。今出れば、目的地で休憩しても10時に帰ってこれるじゃん」

「とにかく行こうよ。ここで時間潰すのもったいないし」


パリの宝石1台と桜町のママチャリ2台のグループは桜町駅を北上し、浄水場と村山貯水池を結ぶ直線のサイクリングロードに出た。サイクリングロードと言っても歩行者混在なのでスピードが出せない。だから、ママチャリにとってちょうどいい速さで走れるが、奈那はママチャリの速度に合わせるためにギアをシフトダウンして忙しくペダルを漕いでいた。残暑も終わり、暑くもなく寒くもなく、ちょうどいい気温で今日は晴天。これは気分がいい。初夏の頃なら新緑が綺麗なんだろうな・・・来年の初夏に再度走ってみよう。新たな発見があるかもしれないし・・・


「ちょっと待った!」


先頭を走っていた紗希が突然止まってしまった。


「どうしたの?」

「パンクした」

「ちょっといいですか?」


奈那は自転車を降りるとすぐさま紗希の自転車のタイヤを剥がしチューブを出した。その状態で空気を入れ、パンクした個所を探している。


「あった、此処か・・・」


奈那はパンク個所を確認すると修理キットを取り出し、瞬く間に直してしまった。


「全部親指が・・・」

「ホント、1年間の修行の成果・・・」


私と紗希はただただ感心していた。不器用でも、練習を重ねればできる子なんだ・・・


「直りましたよ」

「ありがとう」

「じゃ、行きましょうか?まだ半分も走ってませんから」


そして最後の難関・・・何なんだ、このダラダラ坂は!紗希は100mも耐え切れず自転車から降りて転がし始めた。私も途中でダウンしやはり自転車を転がす。変速機のある奈那だけが余裕綽綽で登り切った。私が登り切ってから5分後、紗希が到着。私達は自転車を置いて堤防まで歩いていく。


「いい眺めだ!」

「奈那は来たことあるの?」

「高校の時、部活で何回か来ました」

「キュウに感謝しないとね。これだけ見晴らしのいい場所を教えてくれたんだから」

「そうだね。家からそんなに遠くないからね、此処は」

「さて、今8時15分だけどどうする?」


紗希は時計やスマホを見ずに時間を言っている。


「えっ、ホントだ・・・菊地先輩、何故分かったんですか?」

「腹時計だよ。で、どうする、リーダー」


えっ、紗希が奈那にリーダーですと!


「堤防の向こうまで行ってみませんか?」

「そうだね。少し散歩しよう。御昼御飯の前に帰ればいいんだから、時間は十分あるし」

「じゃ、寄り道しませんか?この近くに国宝の建築物があるんですよ」

「えっ?」

「何処にあるの、それ?」

「ここから東に2km程度行ったとこです」

「行ってみよう。折角ここまで来たんだから」


私達は自転車を転がしながら堤防を歩いた。いいもんだな、こういう時間も・・・

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