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孤高の彼女  作者: 赤虎
38/45

農学部ブランドピザ

1


「えっ!この界隈で20年近く生きていて、未だ生稲亭に行ったことないの?」

「あのお店、私が中学に入った頃から流行り出して、待ち時間が何時も30分以上じゃないですか?1度食べてみたいんですけど、私、行列が大っ嫌いなんです」

「紗希が一緒なら行列無視して入れるよ」

「えっ、どうしてですか?」

「あそこはね、常連さん専用の秘密の部屋があるんだ。お父さんは30年以上通っているし、私も合算すれば15年以上通っているから」

「合算?」

「前の紗希と私との合算ってこと」

「前の紗希って誰です?」

「以前、体操と新体操のジュニアで活躍した選手がいたでしょ?シニアを目前にした15歳で引退して、18歳で夭折した・・・」

「・・・はい、いました!」

「彼女が前の紗希ってこと」

「じゃ、体操選手の菊地紗希も菊地教授の娘さんだったんですか?」

「そうだよ」

「何か凄いですね、菊地教授って・・・あれ、あそこにいるの教授じゃないですか?何故農学部のキャンパスにいるんだろ?」

「あっ、ホントだ」

「お父さん!何してんの!」


紗希がいきなり大声を出した。行きかう学生達は何事かと皆振り返る。


「3人揃って、昼飯かい?」

「お父さんこそ何してんの?」

「反射炉の基礎工事の監督だよ。桜木学部長直々の頼みだから仕方ない」

「すみません、父がまた勝手なことを・・・」

「この大学には土木工学科と建築学科がないからね。だから専門外の誰かが引っ張り出されることになるんだ。まぁ、ホント、仕方ないよ」


10月中旬、学祭まで後1月となった時点で、獣医学科の旧解剖・臨床実習棟の1階に反射炉を設置するための基礎工事が始まった。桜木学部長は以前から根回しをしていたので教授会の承認をすんなり得たものの、予算面で事務方との交渉が難航し、10月になってようやく工事を発注することができたそうだ。で、その工事の現場監督として反射炉を設計し自ら造った菊地教授が引っ張り出されたとのこと。


「また雑用が増えたね・・・そうそう、今日は3人で生稲亭に行くから、晩御飯はお父さん1人で食べてね」

「そうなの?じゃ、僕も行くよ。1人で晩飯食べても面白くないから」

「でも、秘密の部屋、6人席でしょ?4人で行って大丈夫かな?」

「早めに行けば大丈夫さ。6時に生稲亭の近くで集合しよう」

「OK!」


こうしてこの日は4人でラーメンを食べに出かけた。


2


11月上旬、2基の反射炉が完成し、その反射炉でピザを焼く20歳代のピザ職人も2人決まった。学祭までの期間、この2人が試験的に反射炉でピザを焼き学生と職員に提供することになった。初めのうちは反射炉を使いこなせず悪戦苦闘していたが、慣れてくるとどのコンテストに出しても必ず入賞できるレベルのピザが焼けるようになり、学生や職員からも高い評価を得るようになった。その間、事務所も農学部と正式に契約し、私と紗希は学祭の3日間売り子として勤務することになった。当然、如月エリカと草壁ひとみとして。


「何処で化けようか?事務所で化けてから大学に行く?」

「それより、桜町駅にあるビジネスホテルがいいよ。あのビジネスホテルの裏口、都合のいい場所にあって、そこから出入りすればまず見つからないから」

「都合のいい場所って?」

「あのホテルの裏口は搬入搬出口と全く別の場所にあって、狭い道を隔てたその正面が青木サイクルの勝手口なんだ。つまり、裏口から出て青木サイクルに入って、店先から何食わぬ顔して出ていけば、まずバレない。心配なら私達が移動する時だけ裏口の界隈を見張っていれば大丈夫だよ」

「なるほど・・・明日下見をしてくる。安全が確認出来たら、そのホテルの1~2室を3日間借り切って、そこで化けよう」


曽根さんが入念な下見をした結果、紗希の案が一番安全だという結論に至った。青木サイクルとの調整もできた。青木のおじさんは紗希が通るのならまだしも、何故私も一緒に通るのかと聞いていたそうだけど、曽根さんは友達が一緒にいた方が安全だから、で押し通したそうだ。青木のおじさんにとっても通行料という臨時収入を得ることができたのでそれ以上の悶着はなかったそうで・・・


「先輩達、学祭の期間は何するんですか?」

「3日間バイトだよ」

「私も」

「何だ、つまらないな・・・じゃ、私はエリカ様を1日中拝んでいますから!」


ヤバいな・・・下手に声出したらバレるぞ・・・あっ、日曜日は奈那が青木サイクルでバイトだ!これはマズい!


「それ?手は打ってあるよ」

「何をしたの?」

「その日、キュウはバイトお休み」

「えっ?」

「青木のおじさんに来なくっていいって言ってもらった」

「じゃ、大丈夫か・・・」

「そゆこと」


一連の下準備が全て終わり、後は当日を待つだけになった。


3


学祭1日目の朝。2人のピザ職人は例の藤村9号改4Ver5.3を使用した600人分の生地を6時から作っていた。既にこの小麦粉の特性と反射炉の使用方法を熟知している2人は真剣に、それでも余裕をもって準備していた。ピザは11時から販売を開始するので、ビジネスホテルで待機していた私達は10時半に車で出発、11時前に生協の脇に着いたのだが・・・何だ、この群衆は!


「10時の段階で1,000人以上並んでいたそうだ。先着600名に整理券を渡した結果、今は10人も並んでいないけど、此処を取り囲んでいる連中は全てエリカとひとみ目当てだから」

「一体何人いるんだ?」

「1,000人は下らないね・・・」


周囲を見渡すと・・・奈那がいる!


「繰り返すけど、サインも握手も会話も厳禁だと周知してある。ルールを無視する輩は警備員が即座に排除する手筈になっているから、安心していいよ。2人はピザをお客さんに渡すだけ。それだけでいいから」

「了解!始めましょうか!」


11時、遂に開店となった。焼き立てを味わって欲しいから作り置きは一切なし。2台の反射炉をフル稼働させ5分で8枚のペースでピザが焼き上がる。そのピザを箱に詰めてお客さんに渡すのが私達の役目。作業自体は単純だけど、これを休み無しで6時間続けるのだから結構辛い。ピザを焼いている2人はもっと大変だろうけど・・・


一方、桜木学部長は菊地教授、藤村教授と一緒になってプレスやお偉いさん等々の対応をしている。菊地教授は自分の研究室で改良された医療ロボットの説明をすべきなのに、それは准教授に任せて農学部に出向いている。またストレスが溜まるな、これじゃ・・・


何時間経っただろう・・・時間感覚が麻痺し始めた頃、奈那がピザの受け取りに来た。やはり奈那は如月エリカしか眼中にない。私が渡そうとしても無視して紗希の顔を穴の開くほど凝視しながらピザを受け取った。後でどうしてくれようか・・・


5時前に品切れで閉店。準備した600人分の材料は全て使い切った。疲れたしお腹減ったよぅ!ピザ食べたい!


「あの・・・」


ピザ職人の2人が声を掛けてきた。今気付いたけど、2人共女性だ。しかも、年齢も私達と変わらないんじゃないかな?


「これにサインして欲しんですけど・・・」

「此処じゃできないから、それ、預かってもいいですか?サインして、明日の朝お返しします。だけど、サインしたこと、誰にも話さないで下さいね」

「はい!ありがとうございます!それと・・・これ、召し上がって下さい。最後の火で焼きました」


曽根さんが間に入ってくれた。そして、出来立てのピザが3枚。ホント、嬉しかった。


「ハチはいいよね・・・」


ビジネスホテルに着き、部屋に戻ってピザを頬張っている私と曽根さんに紗希は不貞腐れながら言う。そうだった!紗希はこのピザを食べることができない!


「それ食ったら帰るよ!今日の当番はハチだからね!」


4


2日目も3日目も同じように時間が流れた。ピザハウスは他の出店の客をそれほど奪わなかったのに対し、ミスコンやコンサートの観衆を大いに奪ったので主催者側の反発は物凄かった。とは言え、工学部を含めた圧倒的多数の学生はピザハウスを支持している。農学部、広く言えば大学で作られた食材を使いこれだけ高レベルなピザが誕生したことを皆喜んでいた。桜木学部長の思惑は成功し、ピザハウスは大学が直営する独立採算の事業所として再スタートすることになった。その結果、藤村9号改4Ver5.3を受託生産する農家が増え、大学はそこで生産された小麦粉を全国各地のピザハウスに卸すようになる。


「菊地君、今回はありがとう。来年度は藤村9号改4Ver5.3で海外進出するから、協力を頼むよ!」

「えっ?」

「君とは家族的な付き合いをしている仲ではないか」

「えっ?」

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