再出発
1
その日の晩御飯、私も紗希も一言も話さなかった。違和感を覚えたであろう菊地教授は何かと話を振ってきたが、私は何一つ反応することはなかった。紗希も黙ったまま食事を終えると、食器を片付け2階の自室に籠ってしまった。
「八屋君、コーヒー飲むかい?」
「はい・・・」
私は力なく答えた。教授はコーヒーを淹れ終わると私に話しかけた。
「去年の今頃、八屋君が大学の敷地で子猫を拾ったから飼いたいと僕に電話したこと、覚えているかい?」
「はい・・・」
「あの時僕は猫を家に連れてきてくれと言ったけど、あの理由が分かるかい?」
「紗希かいなくなって寂しかったからだと・・・」
「違う・・・僕は紗希が帰ってくると確信したんだ」
「えっ!」
「実際、紗希は帰ってきただろ?」
「はい・・・」
「あの猫は、僕が拾って家まで連れてきても良かったはずだ。でも、八屋君がその役割を担ったのは何故だと思う?」
「・・・分かりません・・・」
「紗希は八屋君と一緒に家に帰りたかった。そして、自分が家に帰ってきたことを紗希は誰よりも先に八屋君に知らせたかったんじゃないかな?」
「えっ!」
「3年前、紗希は僕のためだけに帰ってきた。だけど、今度は僕と八屋君のためだ。紗希は自分の命を犠牲にして八屋君を守ったんだから、十分あり得ることだ」
菊地教授は、私と紗希のわだかまりの原因が分かるのか?
「怪訝な顔しているね。さっき、紗希からメールが来たんだよ。八屋君に本当のこと話したって。フォローしてくれとね」
「紗希は・・・」
「八屋君が紗希の話をにわかに信じられないのは分かるよ。当然だ。でも、僕達にとって必要なのは、紗希を信じることだ。違うかい?」
「・・・」
「紗希に八屋君の気持を伝えて欲しい」
私の眼に涙が溢れた。私は無言で居間を去ると、紗希に部屋に直行した。そしてノックもせず部屋に入ると紗希に抱き付いた。
「紗希・・・紗希が猫でも構わない!紗希は紗希なんだから!何時までも紗希と一緒にいたい!離れたくない!」
「・・・ハチ・・・私も同じだよ・・・」
紗希は私を抱きしめてくれた。紗希の涙が私の頬を伝う。これでいいんだ・・・誰が何言おうが、私は紗希を信じる。同じ道を歩む。
2
自室に戻った私は、壁にもたれながら考えていた。紗希が学問に執着するのは、失った18年分の記憶領域を埋めるためじゃなかった。身勝手な人間達の犠牲なる動物達を無くすためだ・・・幼い時、身勝手な人間に捨てられ、どれほど辛かっただろうか・・・母親から引き離されて捨てられ、悲しくて、怖くて、ひもじくて、たまたま菊地教授に拾われたから良かったものの、そうでなければどうなっていたか分からない。その経験を原動力に紗希は人間に対する復讐ではなく、動物達を身勝手な人間達から解放する道を選んだ。私と前提が違い過ぎる・・・もうじき前期が始まる。3年生の必須単位は計画どおり8割取得した。統括教授からは成績優秀な学生を6年未満で卒業させ獣医師国家試験の受験資格を与える特例措置の検討が現在進行中だと聞いている。私と紗希はその第1号になる可能性があるということも・・・やろう・・・とにかくやるだけやって、最短で獣医師免許を取得して、少しでも早く動き出さないと・・・




