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孤高の彼女  作者: 赤虎
30/45

告白

1


酒宴は散々な結果に終わった。私は何回も吐き、紗希は泥酔して意識を失った。菊地教授は深刻な事態に陥らなかったものの、こっそり飲んでいた奈那は真っ先に寝てしまった。


「何故ビールの空き缶や地酒の瓶が転がっているの?」

「ワインだけじゃ足りなくなって、手あたり次第に酒を飲み始めたんだよ」

「頭痛い・・・」

「・・・こうなったら!」


紗希はスーパーのチラシの裏側に”全面禁酒”とマジックペンで書くと、それを居間の一番目立つ場所に貼った。


「今日から、この家での飲酒は厳禁します!いいですね!」

「・・・はい」

「意義ありません・・・」

「昨日で正月は終わり!後期試験も近いんだから、今日から通常モードに移行するよ!」

「紗希・・・でも、もう御昼だよ・・・」


私達は4人揃って11時過ぎまで寝ていた。こんなこと初めてだ・・・


「だから何?だらけるのはもうお終い!」


こうして私達の御正月は終わった・・・


2


やっと後期試験が終わった。うまくいけば3年生の必修単位が8割取得できる。飛び級までもう一歩だ。


そうして訪れた春休み。去年は交通事故で棒に振ってしまったが、今年は気を引き締めてバイトに取り組もう。去年の夏休みの実績や大学の臨床実習を踏まえて、今回のバイトはオペの手伝いをする機会が増えた。そんなある日のこと・・・


「院長先生!輸血用の血液がありません!」

「ドナーは!」

「AB型のドナーはいません!」

「他の病院に協力を要請して!早く!」


交通事故で大怪我をした猫が搬送されてきた。出血が酷く輸血しないと危険な状態だ。だけど、この子の血液型はAB型。国内の在来種でAB型は殆どいない・・・あれ、紗希の様子が変だ。一歩下がったとこで、深刻な目をして立ちすくんでいる。あんな目をした紗希は初めてだ。暫くすると、何を思ったのか腕をめくり自己採血を始めた。


「君、何しているんだ!」


山崎先生が叫ぶ。紗希はその声を無視して採血した血液を血液自動分析装置にかけた。


「勝手なことをするな!」

「煩い!黙ってろ!」


紗希の剣幕に山崎先生はたじろぐ。分析結果は直ぐ出た。紗希は一瞬安堵の表情をすると直ぐ院長に検査結果シートを見せた。


「これは・・・」

「輸血できます。今直ぐ私の血をこの子に!」

「ビデオを止めて!」

「えっ!」

「いいから早く止めて!」

「皆さん!これからこのオペ室で実施することは一切他言無用です!違反した者は内規に従い処分します!」


紗希の血が輸血可能?そんなバカな!院長は紗希が手渡した検査結果シートをポケットに入れるとオペ室にいた全員に指示を出した。


「これから菊地さんの血液をこの子に輸血します!大至急準備を!」

「院長先生!正気ですか!」

「一刻を争うのです!私の指示に従いなさい!」

「しかし・・・」

「指示に従わないのであれば、此処から出ていきなさい!」

「・・・」


山崎先生は渋々指示に従った。大急ぎで輸血の準備を整え、輸血が始まった。


「こんなことをして・・・」


山崎先生は不満で仕方ないようだ。だけど、それまで危険な状態だった猫のバイタルサインは輸血開始後安定してきた。


「これでオペができる・・・これからオペを始めます!」


オペ自体は難易度の高い物ではなかった。オペ終了後も猫のバイタルサインは安定している。オペは成功した。


「何故こんなことが・・・」

「条件が整えば異種間輸血は可能です。非常に稀なケースですが、菊地さんの血液はこの子に輸血可能でした。ただし、今回の処置はあくまでも緊急避難的なものです。記録に残さないで下さい」


ベッドに横たわった紗希は涙を流しながら手術台の上で寝ている猫を見守っていた。だけど、私の頭は今迄の疑問で沸騰していた。そして、思わず叫んでしまった。


「紗希、貴方は何者なの!」


3


「ハチ、座って」


家に帰り居間に入ると、紗希は改まって私に話しかけた。


「ハチにだけは本当のこと言うよ・・・私はさき。お父さんに拾われた猫・・・」

「えっ?」

「私は生後3ヶ月の時に捨てられた。人に懐かず狂暴だという理由でね・・・住宅街を1人で彷徨っていた私はある家の庭に入った。そこでお父さんに拾われた・・・お父さんは人に懐かず狂暴なはずの私を大切に育ててくれた。私はそんなお父さんが大好きだった・・・私が4歳の時、あの事故が起きて詩織が死んだ、いや、正確には殺されたんだよね・・・私は1人残され嘆き悲しむお父さんを見ていられなかった。何かしてあげたかった。そんなある日、詩織の声が聞こえたんだ。一緒になってお父さんを助けようって。だから、私は筑波の蚕影山神社まで言って、蚕影様にお願いしたんだ。人間の女の子になりたいと・・・」


そんなことがあり得るのか?でも、私は紗希の話を黙って聞いていた。


「何故筑波なの?」

「猫はね、養蚕家にとって、鼠から蚕を守る神様だったんだよ。蚕影様は養蚕の神様。だから所縁があるんだ」

「・・・」

「蚕影様にお願いした結果、私は詩織の魂を取り込み、人間になる能力を得た。そして詩織の知的能力も得た。だから、私は詩織の、人間の知的能力と猫の身体能力を併せ持つことになったんだ。私の容姿も詩織とさきが融合したもの・・・これで体操選手の菊地紗希に関する謎が解けたでしょ?」

「あの超人的な身体能力・・・卓越した跳躍力、柔軟性そしてバランス感覚は猫の身体能力そのもの・・・猫の身体だったから18歳で寿命が・・・」

「そう。15歳で引退した時、容姿は15歳の少女だったけど、私の臓器は15歳の猫のものだった。人間だと70歳代半ば・・・限界だったんだよ」

「じゃ、何故生き返ったの?」

「菊地紗希が死んだ直後に身体を離れた私の魂は、生まれたての猫の身体を借りて実体化した。その猫が生まれた場所が天神社。境内にいた三毛猫は私のお母さん・・・そうそう、18歳までの記憶が無いって嘘ついて御免ね。私には生まれた時からの記憶がちゃんとある。全生活史健忘を装ったのは再度お父さんの養子になるための方便だったんだ」

「菊地教授はこのことを知っているの?」

「知っているよ。再会したときに話したから・・・」

「あっ・・・じゃ、クロスボウで撃たれそうになった子猫達は・・・」

「私の妹と弟・・・」


だから、紗希は憎悪の塊になって犯人を半殺しにしたのか・・・妹と弟が殺されかければ当然か・・・紗希Ⅰと紗希Ⅱが瓜二つなのも、だけど血液型が異なるのも納得できる。再度人間になる時に紗希Ⅰの容姿を完全にコピーした・・・だけど、別の猫の身体を使えば血液型が異なることもあり得る・・・そして紗希Ⅱの身体能力も猫のもの・・・あの聴力も猫のものだ・・・


「じゃ、天神社の境内で死んでいた猫は・・・」

「私だよ・・・あの時、ハチを助けようとしたけど、タイミングが悪すぎた。あと1秒早く気付いていればハチを抱えて飛び上がることができたのに、ハチを突き飛ばすのが精一杯だった。それで、致命傷を負ってしまった私は偶然近くにあった天神社に行ったんだ。お母さんに看取ってもらうためにね・・・」


そうか・・・だから紗希の搬送記録がなく、天神社の境内に遺留品があったのか・・・菊地教授が血で服が汚れることを厭わず猫を抱きかかえ家に連れて帰ったのも、亡骸を荼毘に付して遺灰を小さな骨壺に入れて仏壇に置いたのも、あの時死んだ猫が紗希だと分かっていたからだ・・・しかも、紗希は私を助けるために死んだ・・・蘇ったとはいえ、あの時死んだことに違いはない・・・


「私のために紗希は・・・」

「そんに思い詰める必要はないよ。私はこうして、今此処にいるんだから」

「でも・・・」

「天神社の境内で死んだ猫から離れた私の魂は、今度は大学の部室棟で生まれた猫の身体を借りて実体化した。それが今の私」

「じゃ、あのキジトラは・・・」

「彼女も私のお母さん」


だから、腹部の傷跡もなく、4月下旬に乳歯が抜け始め、8月上旬には永久歯が生え揃ったのか・・・2月上旬に生まれた猫の発育過程と同じだ・・・塩辛い物が食べられないのも、病院で暴れていた猫が大人しくなるのも、紗希が猫だからだ・・・紗希の血液が猫に輸血できたのも、紗希の身体には猫の血が流れているんだから当然か・・・


「これで疑問だったことが全て解消したでしょ?」

「それじゃ、紗希は後十数年しか生きることができないってこと?40歳になる手前で死んじゃうってこと?」

「その時はまた蘇るよ。お父さんが生きている限り、何回でも」

「紗希・・・」

「何?」

「菊地教授が紗希を本当の娘のように扱うのは何故?紗希のような女性が常に身近にいれば普通は・・・」

「お父さんは私の中に詩織がいることが分かるんだよ。だから、お父さんにとって私はさきでも紗希でもない・・・詩織そのものなんだ」

「本当の親子ってこと?」

「そうだよ。私達は本当の親子なんだよ」

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