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孤高の彼女  作者: 赤虎
29/45

新たな年

1


「これ、持って帰りなさい」

「持って帰れないよ、こんなに沢山!」


テーブルの上には何時集めたのか、地酒、地元産の蕎麦の乾麺、小麦粉等々が山のように積まれていた。私が日常的に餃子や肉まんを作っていると言ったからだろう、小麦粉は上州産の特級品だ。


「じゃ、鞄に入るだけ持って帰りなさい。残りは宅配便で送るから」

「分かった。そうするよ」


年末年始の休みは3日残っているのだが、私は元旦から続く酒宴に付き合わされて辟易していたし、それを察してか母親も早く帰れと言う。で、昨日紗希に連絡して、今日帰ると伝えた。ただ、時間は伝えていなかった・・・


2


「ただいま!」


御昼過ぎ、私は荷物を抱えて菊地宅に帰ってきた。だけど、何も反応が無い。紗希も菊地教授も出かけたのかな?まぁ、いいや。私は私物の鞄を玄関に置くと、御土産を抱えて居間に入った・・・見てはいけないものを見てしまった!


「ヤバい・・・」


紗希と教授が炬燵から頭だけ出して並んで寝ている。2人共本を読んでいて寝落ちしたようだ。私は忍び足で玄関に戻ると、荷物を持って家を出た。駅前のスタバで時間を潰して夕方に帰ろう。その頃にはいい加減起きているだろうから・・・


スタバに入り本を読み始めたものの、さっきの情景が目に焼き付いていてなかなか集中できない。2~3行読んでは、あれは何だったんだと考えてしまう。紗希の好きな人は教授に間違いない。動物病院も家の近くに造りたいって以前言っていたし、それってあの家から出るつもりはないってことだ。教授が死ぬまで一緒にいたい、絶対に教授から離れないか・・・教授も紗希の思いを受け入れている・・・いや、そうだったら、やっぱ2人だけで暮らした方がいいじゃないか。そうすれば人知れずいろんなことができるんだから。それなのに紗希は私を下宿させ教授も私を歓迎してくれた。2人だけの暮らしをあえて自ら壊したりするか?であれば、教授は紗希を娘としか考えていない、紗希の一方的な思いに過ぎないってこと?あれは紗希が教授の直ぐ近くにいたかっただけで、教授は紗希のことを何ら意識せずに炬燵に入って本を読んでいただけ・・・そうかもしれない・・・一緒にいたいということは、恋愛関係になることと同義じゃない。私だって紗希と一緒にいたいんだから。紗希のことが好きなんだから。あれ?じゃ、私を下宿させたってことは、紗希は自分の思いが教授に届かないって分かってたってこと?それって、凄く悲しいじゃない・・・受け入れられないことが分かっていても慕い続ける。私にはできないな・・・紗希って・・・


「八屋先輩!」

「・・・」

「八屋先輩!」

「えっ?」

「何考え込んでいるんですか?」

「奈那・・・何時からいたの?」

「今来ました。深刻そうですね?」

「ちょっと考え事をね・・・元気になったみたいだね。足利から帰る時はまるで失恋女子だったけど」

「・・・」

「織姫神社がどういう場所か、地元民が知らないはずないでしょ」

「ひょっとしてバレてました?」

「バレバレだよ。紗希と愛の鐘を鳴らしたかったんでしょ?」

「・・・そうです・・・」

「紗希のことは・・・ところで、桜木動物総合病院って、株式会社だよね?」

「そうですよ。私も株持ってますし」

「株は公開しているの?」

「してますよ。定期的に増資しています」

「増資って?」

「病院と道路に挟まれた畑がありますよね?」

「ああ、あるね。以前から不思議に思ってたんだけど」

「あの畑、おじいちゃんの土地なんです。あの病院の敷地、元々は全部おじいちゃんの畑だったんです。最初は小さな動物病院から初めて、規模を拡大する度に畑を潰していったんですよ。だから、まだまだ病院は拡大できるんです。拡大する度に増資をして資金調達しているんですよ」


なるほど。公開しているのか・・・だったら、紗希と私のバイト代を併せれば・・・


「それより、明日初詣行きませんか?3人で」

「何処に行くの?」

「天神社」

「病院の近くの?」

「そうですよ。分社でも学問の神様ですから!」


奈那は知らないんだ・・・あの天神社が私達にとって曰く付きだということを・・・


「それに、エリカ様とひとみが連続猫殺傷事件の犯人を捕まえた聖地じゃないですか!」


ああ、そんなこともあったっけ・・・


「紗希次第だね・・・帰ったら聞いてみるよ」

「お願いします!・・・あっ、もうこんな時間だ。すみません、私、帰りますね」

「じゃ、今晩連絡するね」

「分かりました!」


もう3時間経っているのか・・・もういいかな・・・


3


「ただいま!」

「御帰り、八屋君」


居間から教授の声がする。ということは、もう大丈夫だろう・・・私は玄関に私物を置いて、御土産を抱えて居間に入った。


「なっ!」


未だ紗希と菊地教授は2人で炬燵の中に入っている。紗希は寝ているけど・・・絶句している私に教授が何事も起きていないかの如く話しかけた。


「早かったね。未だ休みは残っているのに」

「・・・あの・・・」

「ああ、これ?前の紗希が炬燵好きでね、その影響で僕も炬燵という悪魔に魂を売ったんだ。今の紗希も保護した年の冬に僕の真似をするようになったんだけど、炬燵は1つしかないからね」

「そうなんですか・・・あっ、これ、御土産です」

「わざわざありがとう。とりあえずテーブルの上に置いといて。紗希が起きたら3人で整理しよう」

「御飯の支度は?」

「ビーフシチューを作ってある。飯ももうじき炊けるだろうから大丈夫だよ」


そうなんだ。やはり教授は紗希のことを何ら意識していない・・・


「・・・何か煩いな・・・ハチ、帰ってたの?」

「ただいま!ああ、そうだ、奈那がね、明日初詣しないかって言ってたよ」

「私はいいよ・・・2人で行けば?」

「何で?」

「寒いから」


ホントに奈那の気持ち分かってんのかな?


「じゃ、2人で行くけど、初詣が終わったら奈那を此処に連れてくるよ」

「いいよ」

「多分、枕持参で」

「えっ?何それ?」

「冗談だよ。でも奈那はやりかねないからね!」

「そう言えば、今月の当番決めてなかったな」


菊地教授はアミダを作った。3人で選んだ結果・・・


「八屋君、明日はお願いね」

「はい、初詣の帰りに買い出しします」


午前中に奈那と初詣を済ませて、午後は餃子と肉まんを大量に作ろうかな。小麦粉は腐るほどあるし・・・


4


天神社は地元の小さな神社だけど、境内は初詣客で結構賑わっている。9時、私が鳥居の脇で待っていると少し遅れて奈那が来た。


「奈那、その袋は?」

「菊地教授の家に泊まるって言ったら、父がワインを2本持って行けって」


やはり泊まる気だ・・・ってか、誰も聞いていないぞ、そんなこと!あれ、着信だ。


「はい、八屋です」

《菊地だけど、さっき桜木学部長から電話があって、桜木君が今日泊まるからって言ってたんだけど》

「そうらしいです。奈那も言ってました」

《八屋君は今日何を作る予定?》

「水餃子ですけど」

《人数が増えるから、ローストチキン作ろうよ。若鶏を丸ごと2羽買ってきて。後で清算するから》

「はい、分かりました」

《それとシチュー用牛肉を1kgとトマトを大量に買ってきて。折角の機会だから、余熱でシチュー作るから》

「分かりました」

《じゃ、お願いね!》


「どうしたんですか?」

「今日の晩御飯は若鳥のローストだって」

「例の反射炉を使ってですね!」

「だから、参拝が終わったら買物するから」

「分かりました!」


5


参拝し、買物も終えて奈那と一緒に家に着いた。


「菊地先輩、これ見てください!」


奈那はスマホに保存された写真を紗希に見せた


「何?・・・へぇ、可愛いじゃん!誰?」

「酷いなぁ、私ですよ!」

「ああ、よく見れば確かにキュウだ。晴着着て髪型変えるだけでこうも違うのか・・・」

「私にも見せて・・・うん、確かに可愛い!」

「でしょ!」


奈那は紗希が初詣に来るのであれば、晴着を着てくるつもりだったんだろうな・・・それができなくなったから急に泊まるとか言い出したんだ、きっと・・・今後、今日が前例になって頻繁に泊まりに来るかもな・・・


「御昼食べたら鶏肉をローストしよう」


薪の準備をしていた菊地教授が居間に戻ってきた


「そうですね、とりあえず御昼御飯を・・・」

「御飯が足りないよ」

「えっ、じゃ御蕎麦でいいですか?乾麺がありますけど」

「それでいいよ。飯は冷凍保存して、何時か炒飯に使おう。」


乾麺を茹でるだけだから簡単だ15分で御昼御飯が出来上がった。その間、教授は反射炉に薪をくべて炉の温度を上げていた。


御昼御飯が終わると、下拵えが始まる。私は反射炉の脇に簡易テーブルも持ってきて、調味料を揃えた。


「じゃ、下拵えをしようか」

「私には足を3本ちょうだい」

「OK!それ以外を下拵えするよ」

「私も手伝います!」

「えっ!」


3人が同時に振り向いた。


「全部親指が何しようっての!」

「桜木君、服汚すから離れた場所、できれば居間で見ていてくれないか?」

「そう、奈那は何もしなくていいから」

「でも・・・」


正直、不器用な奈那が加わると何回もやり直しが生じて余計時間が掛かってしまう。だけど完全無視はできないので・・・


「桜木君、コーヒー淹れてくれないか?淹れ上がる頃には下拵えが終わるから、一服しよう。豆は冷蔵庫の中にあるから適当なのを使って。ミルは食器棚に入っているから」

「分かりました!」


役割を与えられた奈那は、スマホで淹れ方を確認しながら嬉々として作業を始めた。


下拵えはそれほど時間が掛からなかった。炉の温度は100℃。この温度で90分ローストした後、250℃まで上げて今度は10分。こうすれば表面はパリパリで中はしっとりのローストチキンができる・・・はず!鶏を炉に入れ終わると、タイミングよくコーヒーも淹れ終わった。


「さて、一服だ。一服したらビーフシチューの準備だ」

「私と紗希は肉まんと餃子を作りますね」

「御味は・・・うん、飲めるじゃない、これ」


紗希も素直に美味しいと言えばいいのに、何処までも毒舌なんだから・・・


「奈那、美味しいよ、これ」

「家で練習したのかい?」

「スマホで淹れ方調べて、そのとおりにしたんです」

「なるほど。まぁ、うまく淹れられれば何を参照してもいいわけだから」

「ああ、忘れていました。これ、父が渡してくれって」


奈那は例の紙袋を教授に渡した。


「何?・・・ワインだ・・・でも僕1人で飲んでもな・・・」

「私達も御正月くらいいいでしょ、紗希?」

「1人未成年がいるよ」

「・・・桜木君・・・悪いけど烏龍茶でいいかい?」

「はい・・・」

「さて、飲み終わったし、肉まんと餃子作ろうか?」

「OK!」


しかし、これが魔の酒宴の始まりとは誰も気付いていなかった・・・

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