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孤高の彼女  作者: 赤虎
32/45

大学ピザ

1


3年生の前期が始まった。だけど、今日の4コマは臨時休講になった。でも、まだ5コマと6コマが残っているので、私と紗希は広場のベンチでノートの整理をしていた。紗希はこの広場が好きだ。特に春から初夏の時期、温かい日差しが差し込み爽やかな風が吹き抜けるこの広場が農学部キャンパスの中で一番のお気に入りだ。


「・・・ハチ、右後ろにキュウがいるでしょ?」


私は右後ろを振り向いた。確かに、此処から50m程先に奈那が混ざった4~5人の集団がいる。あっ、奈那が急に立ち上がって何か言いながら去っていった。怒っているみたいだけど何が起きた?


「野郎の1人が、北朝鮮や中国に先制攻撃すべきとか言ったんだよ。それに対してキュウは如何なる戦争にも私は反対するってさ。戦争は人間だけでなく動物も殺す。殺されなくても多くの動物が飢えて死に、怪我をしても病気になっても誰にも助けてもらえず死んでいく。そんな戦争を肯定するなんて、お前は獣医学科の学生か、ってさ」


聞こえるんだ・・・


「捨て台詞が凄いよ。そんなに戦争したければ、お前が真っ先に戦場行って、さっさと死ね、って」

「へぇ、奈那も一端のこと言うようになったじゃん」

「1年前、あんなヘタレだったのにね・・・人は変わるもんだ。成長したね」

「確かに・・・あっ、奈那から着信だ・・・今授業中ですか?、だって」

「前言撤回。未だに頭のネジが緩んでるな、あいつ・・・授業中だと推定しているのであればLINEするな!」

「まぁ、いいじゃない。私達は此処にいるんだから」


私は何時もの場所にいる、とだけ返事をした。近くまで来ていたのか、奈那は間髪入れず現れた。


「先輩達!聞いてくださいよ!」

「聞いていたよ。先制攻撃がどうこうって」

「聞こえていたんですか、此処まで!」

「あれだけ大声で喚き散らせばね」


私には殆ど聞こえなかったけど・・・奈那は赤面した。


「恥ずかしい・・・」

「でも、よく言った。キュウの言うとおりだ」

「捨て台詞は余計だったかもね。奈那、浮いてるでしょ?」

「まぁ・・・部活してないし、女子会にも合コンにも出ませんからね、私・・・でも、いいんですよ。先輩達と一緒にいる方が遥かに刺激的で有意義ですから!」


そりゃ紗希と一緒にいれば刺激的な一生を送れるよ。


「そう言えば、昨日、父が菊地教授の家に行かなきゃとか言ってましたよ」

「何それ?」

「近大マグロって有名じゃないですか?あれみたいな農学部ブランドを創りたいって父は前から言ってたんですけどね、去年、20年程前から品種改良してきた小麦が生産段階に入ったんです。藤村教授が院生時代から手掛けてきて、遂にイタリア産の小麦に決して負けない、ってか、データ的にはそれ以上の物が作れたそうなんです。これを使って何かできないかなって父が考えていたとこに、たまたま私が菊地教授の反射炉とピザの話をしたもんですから・・・」

「そういうことか・・・」

「でもさ、一つ先の駅に結構有名な石窯のピザハウスがあったよね?そこと提携すれば済む話じゃないの?何故お父さんの反射炉なの?」


あっ、そうか!これは奈那のお泊り作戦の一環だ!


「小麦だけならそうなんですけどね、そうしたら父は農学部キャンパスに石窯造って学祭で試験的に全て農学部産の材料を使ったピザを販売するって言い出したんですよ。薪も演習林の間伐材にして。だから、菊地教授の協力が必要だと・・・」


あれ?お泊り作戦じゃなかったの?


「何処に造るのよ、反射炉?」

「生協の隣に獣医学科の旧解剖・臨床実習棟があるじゃないですか?あれ、比較的新しいので未だ取り壊せないから、学祭で一定の成果が出れば必要な改修をしてピザハウスにするつもりなんです」

「学祭の時は?」

「1階だけなら現状のまま使用しても大丈夫だと建築士が言っていたそうです。だから、1階に反射炉を造るつもりじゃないですか?」


なるほど・・・でも用心しないとな・・・下手すると駆り出されるのは私達だ・・・


2


「菊地君はいるかな?」

「桜木学部長、連絡していただければこちらから・・・」

「いいんだ、用があるのは私だからね」

「その御用件は?」

「藤村君の成果は知っているね?」

「はい、イタリア産の小麦を超える国産小麦の開発に成功したとか」

「そうだ。藤村君が院生の時から20年以上続けてきた研究がようやく日の目を見ることになった。その藤村9号改4Ver5.3を使ったピザを君の石窯で焼いて欲しいんだ」

「藤村9号改4Ver5.3って何ですか?」

「細かいことは気にするな。さて、どうかな、GW辺りに。当日、必要な材料は全て届けるから」

「ピザの生地は最低でも2時間寝かす必要があります。ですので、昼に焼くとすれば、8時までに全ての材料が欲しいですね」

「分かった。8時までに君の家に材料を届けよう。必要な材料のリストを後でメールしてくれ。私は12時頃に御邪魔すればいいかな?」

「はい、それで大丈夫です」

「それじゃ・・・4月29日でどうかな?」

「はい、大丈夫です」

「楽しみにしているよ」


3


「何だって!29日に学部長が来るって!」

「学部長の趣旨は理解できる。拒否する理由はない」

「教授、そうじゃなくて、おまけが付いて来るでしょ?」

「あっ・・・学部長の手前、無下にはできないよな・・・でも、桜木君が作業に入ったらどうなるか・・・」

「奈那にはコーヒー当番とか、できる限り台所や居間でできる作業に特化させて・・・」

「それしかないな・・・」


当日朝8時・・・


「おはようございます!桜木学部長から御届け物です!」


ついに来た・・・院生と学部生を使っての配送だ・・・私達は大量の小麦、トマト、バジル、チーズを受け取った。


「何十枚作らせる気だ?」

「余ったら我が家で使おう」

「とにかく、始めましょう」


私達はピザの生地を作った。と言っても5人分でいい。小さ目なピザ5枚分を準備すれば十分だ。


11時半頃、桜木学部長と奈那が来た。


「菊地君、娘同伴でも良かったかな?」

「大丈夫ですよ。ピザの準備はできていますから、お嬢さんにコーヒーを淹れてもらっていいですか?」

「構わないよ。奈那、いいかい?」

「じゃ、私、コーヒー淹れますね!」

「菊地君、これは変わった石窯だね?」

「反射炉を参考にしました」

「反射炉って、韮山にある・・・」

「そうです。ベッセマー転炉が開発されるまで製鉄を担っていた反射炉です」

「何故反射炉を?」

「通常の石窯だと食材の直ぐ近くに薪や炭の燃えカスが生じてしまいます。それが嫌だったんで、燃焼室と加熱室が分離できる反射炉の形式にしました。結果的に、長時間連続してピザやパンを焼くことができるようになりました」

「なるほど・・・この水槽は?」

「ピザを焼くには加熱室を500℃にする必要があります。しかし、2~3枚程度のピザを焼くためにそれなりの薪を消費するだけでは効率が悪すぎます。だから、余熱を使って発電できるようにしました。この反射炉の床面には30本以上の鉄パイプが埋まっています。この鉄パイプを使って水を循環させ、水蒸気を発生させてタービンを回して発電し蓄電池に蓄電します」

「では、ピザを焼きながら発電できると?」

「それも可能です」

「素晴らしい!設計図を提供してくれないか」

「いいですよ」

「教授、焼き始めますか?」

「始めよう」


4


「これは美味い!」

「美味しい・・・」

「以前より美味しくなっている・・・」


確かに上州産の特級小麦粉より美味しい。イタリア産の小麦粉を超えたというのは単なるデータに基づくものではなく、実感として確かにある。


「失礼な言い方だが・・・素人が焼いたピザがこれだけ美味しんだ。プロが焼いたら更に美味しくなるはずだ」

「そうですね。当然です」

「私はね・・・若者の夢を叶えたいんだ・・・若くて優秀なピザ職人でも、資金が調達できなければ独立することができない。だから、学祭で農学部ブランドのピザが成功したら、農学部キャンパスにピザハウスを造って若い優秀なピザ職人にピザを焼いてもらおうと考えてる。当然、学生だけじゃく広く開放してね。材料も薪も全て農学部産だ。農学部が育てた食材を使い若い優秀なピザ職人が焼く。私はそれがしたいんだ」

「学部長、協力します。僕も同じ考えですから」

「ありがとう」


へぇ、桜木学部長、結構まともなこと言ってるじゃん・・・紗希は・・・あっ、あの悪魔の微笑み・・・


「ハチ・・・やるよ・・・」

「やるって何を?」

「最大の宣伝効果があるイベント・・・」


まさか・・・


5


「ホントですか!」

「ホントだよ。学部長の計画を友達のスタイリストに話したら、どういう経路か分からないけど如月エリカと草壁ひとみに伝わって、彼女等が学部長の趣旨に賛同して反射炉でピザ焼いて売るってさ」

「桜木学部長から事務所に連絡して欲しいって」

「分かりました!必ず連絡させます!」


いいのかな・・・如月エリカと草壁ひとみがピザ焼くって、その時私と紗希はいないことになるんだよ。下手したら奈那にバレるじゃん・・・紗希は


「大丈夫だよ。学祭の期間中バイトするって言えば。それにさ、今年からミスコンのルールが変わって優勝は2回までになったでしょ?ハチはもう参加できないんだし」


とか呑気に言っていたけど・・・そんなことしたら、ミスコンもコンサートも閑古鳥になるじゃん・・・ホントにいいのかな・・・

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