モデルデビュー?
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「おじさん、こんにちは!」
日曜日の夕方、商店街に買い出しに行くと青木のおじさんが店先で暇そうにしていたので声をかけてみた。
「よう!嬢ちゃん!買物かい?」
「晩御飯の買物です。そう言えば、以前から聞きたかったんですけど・・・」
「何だい?」
「この商店街の皆さんって、紗希がモデルしていること知ってますよね?でも、未だに如月エリカが紗希だって特定されてないのが不思議なんですけど。そもそも、何処で知ったんですか?紗希がモデルデビューすること」
「それね・・・ちょっとこっちに・・・」
おじさんは私を店の中に入れた。
「菊地の旦那はね、随分前から商店街振興組合の相談役なんだよ。まぁ、実態は飲み友達みたいなもんだけどさ。今年の春、会合後の飲み会で酔っ払った菊地の旦那が口滑らしちまったんだ」
「・・・」
「でもね、前の紗希ちゃんの時に大勢のマスコミが押し寄せて商売の邪魔までしやがったから、今回は一切口にしないと皆で誓約書も作ったんだ。だから、ガキにも話していない。ただ、嫁さんは同席していたから知っているけどね」
「そうだったんですか・・・」
「学校はどう?」
「それが、紗希の普段の格好から如月エリカを想像できないみたいで、誰も知りません」
「まぁ、紗希ちゃんの普段着はね・・・この前なんか」
「おじさん!これ見て!エレガントっていう意味なんだよ!」
「とか言ってさ、Tシャツにはでかでかと象って」
「エレファント?」
「そう、いきなり紗希ちゃんがボケ役するから、突っ込んでいいのか悩んだぜ」
「紗希はその手のTシャツ、沢山持ってますから。台所とか意味不明な・・・」
「あれは一種の自己防衛かもしれねぇな。紗希ちゃんがまともな格好したら、周囲が騒いで煩いからね」
「そうですね・・・あっ、すみません、ちょっと・・・」
紗希から電話だ。何だろう?
《ハチ、次の土曜日の午後空いてる?》
「予定ないけど、急にどうしたの?」
《事務所の人から聞いたんだけど、次の撮影、公開でするんだって。先着5名だそうだけど、ハチも来ない?》
「行く!絶対に行く!」
《分かった。登録しておくよ。詳細は明日にでも。じゃね》
「急にはしゃいでどうしたんだい?」
「紗希の次の撮影、公開でするんだそうですよ!だから、絶対に行くって!」
「そりゃよかったな!でも」
「何です?」
「ジャージは止めとけよ」
2
「何?何故まともな格好してるの?」
「さすがにジャージじゃまずいから・・・」
私は桜町駅の改札で紗希と合流した。電車で都内の某ハウススタジオに向かう。
ハウススタジオ着くと、紗希は別室で着替えヘアメイクを始めた。私は邪魔にならないようにスタジオの隅から見学する。暫くすると、着飾った紗希が出てきてスタッフと合流する。だけど、何やら揉めているような・・・好奇心から私は何気なく近付いていった。
「・・・急に倒れたそうで・・・事務所には今空いている子がいません」
「どうするんだよ!今日撮影しないと間に合わないぞ!曽根さん、あんたのとこは?」
「確認します。ちょっと待ってください」
「何なんだよ!所属モデルの体調管理、できてねぇだろ!」
「すみません・・・」
「伊藤さん、残念ですがうちも御協力できそうにありません・・・」
「畜生!何か手はねぇのか!」
「・・・エリカ、あの子は?」
「今日招待した友達だけど、何か?」
何か皆で私のことジロジロ見ている。気持ち悪いな・・・
「身長がそこそこあるから長身のエリカとのバランスが何とかなる。スタイルも良さそうだし顔はメイクで何とかなる」
「そうですね。賭けてみますか?どうでしょう、伊藤さん?」
「いい絵が撮れりゃ何でもいいよ!とにかく撮影してくれ!」
「分かりました。ちょっと君!」
私のことか?顔がどうこうと聞き捨てならないこと言いやがったけど。
「急で申し訳ないんだけど、エリカの相手役してくれないか。当然、報酬を払うから」
「相手役って、何ですか?」
「今日は20歳の友達の休日、ってコンセプトで撮影する予定だったんだけど、エリカの相手役が倒れちゃってね、君にその役目をお願いしたいんだ。実際、君はエリカの友達だろ?問題なくできると思うけど、どうかな?」
何で急に・・・紗希は・・・
「自然体で大丈夫だよ。ハチは可愛いんだから、自信持ちな」
「そう言われても・・・」
「曽根さん、ハチのギャラや個人情報保護等々は今直ぐ三島弁護士と相談して。緊急事態対応なんだから安くないよ」
「了解!伊藤さん、宜しくお願いしますよ」
「分かったよ!金は何とかするから早く撮影始めてくれ!」
何時ものことだけど、紗希が仕切っている・・・無敵だな・・・
「それじゃ・・・ハチ、化けようか」
2
休憩を含めて4時間・・・指示どおりに動いただけなのに疲れた・・・
「お疲れ様、はい、これ」
曽根さんは野菜ジュースを渡してくれた。何故野菜ジュース?しかも冷えていないし。
「これ?エリカは何時もこれだから・・・ところでハチさん・・・」
「八屋です!」
「あっ、ごめんなさい・・・八屋さん、先程三島弁護士と話がついてね、個人情報等の対応はエリカと同様、ギャラは緊急事態対応を考慮して、エリカの8割でどう?」
「具体的に幾らなんですか?」
「これは内緒にして欲しんだけど、20万の8割で16万・・・」
「えっ!」
じゃ、紗希は毎月幾ら稼いでいるんだ?撮影が週3回として月12回、240万ですと!年間だと・・・2,880万!これ、ホントですか?研究室に入ったらさすがにバイトは無理だろうから、それまでの3年間で・・・8,640万!・・・授業サボってまでバイトしている連中が心底情けなく思えてきた・・・
「それとね、名前はさっき考えたんだけど、草壁ひとみでどうかな?」
「いいも悪いも判断できませんから、お任せします」
「よし、決まりだ。今後分からないこととかあったら三島弁護士経由で連絡してね。ホント、今日はお疲れ様!」
「あっ、雑誌は何時頃店頭に並ぶんですか?」
「6週間後だよ。楽しみにしてね!」
やっと終わった・・・後はメイクを落として帰るだけだ・・・
3
6週間後の発売日、私はその雑誌をコンビニで立ち読みしていた。自分とは思えない程良く撮れている。これじゃ写真と言えないな・・・写嘘と言った方が正確だ。少し離れた場所で女子高校生3人組が同じ雑誌を見てはしゃいでいる。
「エリカ様、いつ見ても綺麗だよね・・・」
「この草壁ひとみって新人?聞いたことないけど」
「結構可愛いよね。エリカ様といい雰囲気作っているし」
それ、私だよ!私は此処にいるんですけど!私はその会話が気になって彼女達をちらちら見ていた。
「あのさ・・・あのジャージの女、さっきからこっちチラ見してんだけど・・・」
「何かキモイね・・・これ買って早く出よ」
「さっき変な女が入って来たし、このコンビニ、ヤバいよ」
何ですと!あっ、雑誌抱えて逃げた!
「おい、そこのジャージの女!」
後ろから紗希の声がした。変な女って・・・
「キモイとか、えらい言われ様じゃない?」
「紗希も変な女じゃないの!」
「まぁこんなもんだよ。私達は虚構の世界を作りだして、夢を売っている。決して実現しない夢をね・・・それ買いに来たんでしょ?続きは家で見ればいいじゃん。帰ろ」
家に帰る途中、青木のおじさんに出くわした。
「また紗希が載っている雑誌買ったんですか?」
「そうだよ。そうそう、この草壁何とかって言う新人、可愛いねぇ。紗希ちゃんより俺の好みだな!嬢ちゃんも何時もジャージばかり着ていないで、少しは参考にしたらどうだい?この草壁何とかって言う子をさ」
それ、私なんですけど・・・




