ふたりで紡ぐ、道の先には
「ったぁー、おわったーっ! 」
前を歩くリゲルが、聖堂を出た途端に大きく伸びをした。今しがたまで、中では一年を締めくくる建国式典が執り行われていた。その中で今年の功労者として表彰された私たちの胸には、それぞれ勲章が光を放っている。
「しっかし、儀式ってのは肩が凝るな。体が固まっちまう」
「覚悟はしていたけど、疲れたわね……」
さすがの私も、リゲルに同意して腕を伸ばした。
荘厳な聖堂の高い天井いっぱいに朗々とした祈りの声が響き、壁にはめられた魔導石が祈りに呼応して煌めく様は圧巻だった。そうした空間の美しさと儀式の物珍しさで退屈はしなかったものの、いかんせん長いのだ。
おかげさまですっかり凝り固まった体を伸ばすと、体の隅々に新しい血液と空気がめぐるのを感じた。力を抜いてほっと目を開ければ、式典を終えて家々に向かい歩いていく人々の頭上に、藍色と混じりあう茜色の空が広がっていた。
「今年も、これで終わっちゃうわね」
「ああ……。最後まで、どたばたした一年だったな」
夕焼けに染まる町を見下ろしながら、リゲルはそう言って笑った。
あの夜、リゲルとシリウスさんとなんとか外に辿り着いた後の記憶は、どこか曖昧だ。
覚えているのは、外で待ち受けていた多くの人たちにもみくちゃにされたこと。騒ぎを聞きつけた母さんとアーサーさんにはしこたま叱られるし、涙でぐちゃぐちゃになったユフィリアさんは縋り付いて離れてくれなかった。
そんな中、シリウスさんは騎士たちに連れられて、静かにリリア離宮を後にした。お互いに人に囲まれていたから言葉を交わすことは出来なかったけど、去り際にシリウスさんは、一つお辞儀をしていった。
嵐は過ぎ去り、誰もがすっかり疲れ果てていた。私も、意識を朦朧とさせながら、灰と汗でどろどろの体をなんとか清め、念のためにと王宮の談話室あつまった身近な人たちと、場所を分け合いながら泥のように眠りについた。
そうして、王都アルデバランの長い夜は終わりを告げた。
「ミア」
遠くから呼ぶ声に振り返ると、エーアガイツ団とその家族と一緒に、母さんが手を振るのが見えた。母さんは、ここ数日ですっかり奥さん方と仲良くなったらしい。ハルさんの奥さんなんか、「ノエルさんに会いに、ミザルに行く! 」と、今から宣言しているとか。
「わたしたちは王宮に向かい始めるけど、あんたたちはどうするんだい? 」
「あ、ええと」
たくさんの人たちの目で見つめられて、私は口ごもった。王宮は夕食を用意して待ってくれているだろうし、その後は王都で過ごす最後の夜をみんなでのんびり過ごしたい。それらを考えたら、あまりのんびりはしていられない。けれど。
「「もうすこし、」」
声が重なって、私とリゲルは顔を見合わせた。驚いたように私を見下ろすリゲルの顔は、夕日の光をうけて、うっすらと赤く染まって見えた。
「もうすこし、ここにいます。こいつと」
リゲルの声が耳を打ち、私は目線を指先に落とした。もうすこしだけ、一緒にいたい。彼も同じ気持ちでいてくれたのかもしれないと思うと、ほんのりと胸があたたかくなった。
「あんましがっつくんじゃねーぞ、リゲル」
「嬢ちゃん、身の危険を感じたら、すぐに俺たちを呼ぶんだぞ! 」
「うっせー!! さっさと行けっての! 」
冷やかしながら去っていく先輩冒険者たちに向けて、リゲルが吠えた。その背中が完全に遠くなった時、私がこらえきれずに吹き出すと、リゲルはむすりと唇を尖らせた。
☆ ☆ ☆
襲撃の傷跡が残る城郭に、沈んでいく斜陽が一層の輝きを放つ。並んでベンチに腰かけてそれを眺めていると、ほんの少し胸が痛んだ。
「なんだか、王都に来てからあっという間だったかな」
「厄介ごとのオンパレードだったからな……」
目を細めて、リゲルがぼやく。王都についてからの日々を思い出して、あっと思い出して私は声を上げた。
「ていうか、私、ユフィリアさんとのこと、リゲルの口から聞いてない! 」
「はぁ? 」何を今更と、リゲルが目を瞠った。「あれは、単なるユフィリアの暴走だった。お前だって、あいつから聞いて、十分すぎるくらい知っているだろ? 」
「それは、そうだけど……」
言いよどんでから、戸惑いの表情を浮かべるリゲルに詰め寄った。
「けど、ちゃんとリゲルからも聞きたかった。私、ちょっとだけ怖かったんだから」
「そうか。……そうだよな。ごめんな、嫌な思いさせちまって」
温かくて優しい手が、頬に添えられた。真剣な光を宿した琥珀色の瞳が、すぐ近くに迫る。キス、される。重なる柔らかな感触を予感して、私はぎゅっと目を閉じたが、直前でぴたりと彼の動きが止まる気配がした。
「そういえば、俺も、お前に聞くことがある」
「へ? 」
間抜けな返答をした私を、リゲルのジト目が睨んだ。
「お前さ、シリウスさんとは、何もなかったんだよな? 」
「シリウスさん??」
唐突に出てきた名前に、首を傾げる。
「何かって? 何が? 」
「だから、その……、シリウスさんと、特別な関係があったわけじゃないよな? 」
「はい?! 」
予想の斜め上をつく質問に、まじまじとリゲルを見てしまう。だが、気まずそうに目線を泳がすあたり、どうやら今の問いかけは冗談ではないらしい。
「なんで? 何をどうしたら、そんな疑問がでてくるの?」
「……自分の彼女が、火の中を飛び込んででも、助けようとしたんだ。ちょっとくらい、妬きもするっての」
決して強い口調ではないが、リゲルの内心が穏やかでないのは表情を見れば明らかだった。わざと上目遣いに意地悪く笑って見せれば、リゲルの顔の渋さが増した。眉根を寄せる額を、私は身を乗り出してぴんと人差し指で押した。
「バカ。あるわけないでしょ。ほんと、何を言い出すんだか」
「悪かったな」
拗ねたようにそっぽをむくリゲルの横顔がどうにも可愛くて、思わずくすりと笑みが漏れてしまう。王都に来てからは、ユフィリアさん絡みでずっとやきもきさせられてきたけれど、夕日に染まる横顔を見ていたら、それもチャラになってしまった。
「言葉が足りないのは、お互い様ね」
「そればっかりは、同感だ」
男の人らしい骨ばった手が伸びて、二人の手が重なった。その指が絡められて、熱が伝わる感触に顔を赤らめていると、ふと小さくて固い何かが手のひらに触れた。私が違和感の正体を確かめる前に、リゲルに両手で手を包まれてしまう。
「リゲル? 」
「この先も一緒に歩いていきたい、か」
橙色から藍色へと移り変わっていく空を風が駆け抜け、私たちの髪を揺らしていく。顔を上げると、まっすぐな琥珀色の瞳がすぐ近くにあった。
「決め台詞は言われちまった。だからこれは、いつの日かに向けた予約だ」
リゲルの手が、そっと離れていく。包まれていた手のひらがあらわになり、その上で小さな指輪がきらりと光を放った。
「これって……」
「左手、貸して」
穏やかながらも熱のこもる眼差しで、リゲルがそっと左手を掴んだ。とくとくと胸が鳴る私の指に、壊れ物を扱うかのような丁寧な手つきで、指輪が静かに通されていく。それは、あつらえたかのようにぴったりと、薬指へと収まった。
「よかった」
ほっとしたように、リゲルが微笑む。震える手を目の前に掲げると、優しく見守る彼の目の前で、指輪に嵌められた琥珀色の石がきらりと夕陽を受けてきらりと輝いた。その美しさに目を奪われてから、私ははっと我に返った。
「どうして?! いつ、用意したの?! 」
「アーカード家に乗り込んだ後だよ」
それを聞いて、はたと思い当たる。そういえば、リゲルはやけに祝賀パーティに顔を出すのが遅かった。ユフィリアさんの実家で直談判をしていたとはいえ、やけに戻りが遅かったのは、指輪を用意しに行っていたのか。
「ユフィリアとの一件で、俺なりに考えたんだ。俺は、この先ずっと、お前の隣にいたい。その誓いを、何か形にできないかって」
その時、一層の強い輝きを放ってから、ついに太陽は地平線の向こうに消えた。顔を上げてそれを見届けてから、リゲルは白い息を吐いて笑った。
「約束だ。一緒に歩こう。来年も、そのまた来年も、ずっと先の未来も」
手を差し出して、琥珀色の瞳が私を映した。
色んな『好き』のカタチを、この数日で知った。臆病な心がようやく扉を開いた、純粋な恋のカタチ。時を経ても薄れない、深く身に刻まれた愛のカタチ。
きっと、未来は楽しいことだけじゃない。だけど、だ。
「はい。……よろこんで」
一緒に走ったり、一緒に立ち止まったり。
一緒に泣いたり、一緒に笑ったり。
太陽が沈んで一日が終わっても、明日は新しい太陽が昇るように。
不器用で寄り道ばかりの私たちでも、ほんの少し前に進めたみたいに。
どんな未来がこの先に待っていようと、あなたとなら歩いていける。
ねぇ、リゲル。
あなたが思っている以上に、私はあなたを大好きなのよ。
「ミア、愛している」
指輪をはめた左手が、リゲルの指と絡まる。胸を打つ愛おしさに右手で彼の頬に触れれば、精悍な顔が甘く微笑んだ。そうして私たちは、引き寄せられるように唇を重ねたのだった。
fin.




