赤く染まる
調教師とは、貴様のことか。
ゼノ王子の冷えた声音にも、謎の襲撃者は動じるそぶりを見せなかった。むしろ驚いたのは、周囲にいた俺たちエーアガイツ団や、部下の騎士たちだ。
調教師。――それは、モンスターの扱いに卓越した能力を持つとされる密漁集団。かつてアマルノを拠点としていたときは、神のごとき存在である竜から、子を盗み出すという禁忌を犯し、人間全体を危険に揺るがした連中だ。
男は否定も肯定もせず、かわりに長い前髪からのぞく三半眼で、無造作に俺たちを取り囲むモンスターに視線を走らせた。
「っ!! 」
とっさにレイピアで身構えたのと、男の指が何か促すように動いたのとが同時だった。途端に、三四匹のコヨルガが牙をむき出しに飛びかかり、俺とゼノ王子は弾かれたようにそれらを切り伏せた。
「俺たちを探しているそうだな」
どさりと音をたてて地に落ちたコヨルガには目もくれず、男はくるりと剣を回して薄く笑った。その背後に新たなコヨルガが控え、俺たちに向けて牙をむきだすが、男の方はあくまで楽しげに言葉を続ける。
「アマルノに横やりを入れるだけで飽き足らず、勇敢なる王子殿下は調教師を追っていると。せっかくだから、こっちから会いにきてやった」
「モンスターを連れてきたのは、自己紹介代わりってか? 」
「ただ来ただけじゃ、つまらないだろう? 」
鼻で笑った俺に対し、男は芝居がかった仕草で周囲のコヨルガをぐるりと示した。それから、ことさら大げさに肩を竦めてみせた。
「そうだ、つまらない。あんた方は、せっかく俺たちが苦労して手に入れた子竜を“無事”帰し、おまけにアマルノの内紛も“無事”収めちまった。実に退屈だ」
「余計なこと言うと、自分の首を絞めることになるぜ」
言いながら、俺は剣を構えて飛び出した。当然のようにそれを男の剣が受け止め、軽く火花が散る。なるほど、王子と互角にわたっただけはある。数回、剣を打ち合わせて男の力量を確かめてから、俺は後ろにとびすさった。
「今の一言で、調教師が竜を盗んだと認めたも同然だ。そんな大罪人、このまま大人しく逃がすわけにいかねぇぞ」
「逃げないさ。言っただろう、会いにきたと」
心外だと言わんばかりに、男が首を振る。その仕草に、俺は思わず顔をしかめた。つくづく、目の前の男は油断がならない。おどけた軽い調子を保っているくせに、底知れぬ緊張感をこちらに与えてくる。
「俺は感服しているのさ、ゼノ殿下。あんたほど有能な男と戦うことは、きっと俺を楽しませてくれる。だからこそ、こうして最高のステージを用意した」
「これが、最高の場だと? 」
ゼノ王子の声に、一層の冷気がこもる。その目は、無残に破られた大門を映し、王都を蹂躙するモンスターを映し、傷つきながら戦う部下を映している。氷の皇帝の腹の中が煮えくり返っているのは、わざわざ語るまでもない。
だけど、青白く燃える瞳に射抜かれてなお、男は愉快そうに唇をゆがめるだけだ。
「これぞ、俺が見たかった景色そのものだ。怒り、恐怖、疲弊がないまぜになり、一瞬たりとも気が抜けない混沌の中、細い綱の上を渡るかのような緊張感が支配する世界」
満足気に両手を軽く広げて、男が深く息を吸い込む。次に息を吐きだした時、男のまとうオーラがゆっくり変わっていくのを感じた。
「この景色を見るために、子竜を盗み出した。アマルノの権力闘争にも加担した。すべて、無駄になってしまったが……。だが、今日ですべて報われた」
ぞわりと肌の表面が泡立ち、俺は剣を握りなおした。竜の怒りが人を滅ぼすほどの厄災を生むことを、アマルノに戦火が上ることを、この男は望んでいたと言ったのだ。
つまるところ、数々の混乱の種を撒いたのは、男にとって娯楽でしかない。胸糞の悪いことに、その娯楽のために、一歩間違えば多くの人間が死ぬところだった。
「なるほどな。てめえが、とんでもないクズってのは、よくわかったぜ」
湧き上がる侮蔑を込めて、俺は吐き捨てた。今のやり取りで、たとえ二対一だろうと、目の前の男に手加減する気は完全に失せていた。
「なぁ、王子サマ。俺も手出ししていいよな? こいつの話を聞いていたら、むかっぱらがたっちまった」
「いいだろう。俺も同感だ」
言うが早く、俺たちは同時に飛び出した。山神祭で対戦したおかげで、互いの戦闘スタイルはなんとなくわかっている。適度にタイミングを合わせながら、俺たちは男に対し猛攻撃を仕掛けた。
だが、男の方もたいしたものだ。連続で繰り出される剣、おまけに無数の氷の刃や守護の光を、軽やかな足取りで身をひるがえして受け流し、その合間に鋭い反撃を繰り出す。剣がぶつかる時に散る火花が、凶暴に笑う男の顔を照らした。
「そう、焦るな。せっかく、あと一つ仕掛けを残しているというのに」
「なに?! 」
合わさった剣の先で、薄い唇が三日月のように吊り上がる。次の瞬間、剣を煌かせ、男は後ろに飛びのいて距離を取った。さらに、剣を掲げて、俺たちの頭上を通り越した先を見るよう促してみせた。
「見ろ。準備が整ったようだ」
ちらりと後ろに目をやって、そこに見た光景に、俺は言葉をなくした。
遥か後方、王都の街並みの奥で、夜空の一部が赤く染まっていた。朝焼けなどではない。目を凝らせば、夜空を照らす赤い光は揺らめき、埃のようなものがちりちりと舞っている。
まさか、そんなわけがない。そう、首を振りたくなったとき、俺たちの反応を眺める男を見て、嫌でも俺は確信した。男を睨みつけ、震える声を絞り出した。
「――シャールブルン宮殿に、火を放ったのか」
「まぁな」こともなげに、男はうなずいた。「そのほうが、盛り上がるだろう? 」
城で待つようにと告げた時の、緊張したミアの面差しが蘇った。
彼女だけではない。あそこには、おかみさんやユフィリア、それ以外にも大勢の人が避難している。
「てめぇ……! 」
「総員、聞け!! 」
血相を変えた俺の隣で、ゼノ王子の声が鋭く空気を揺らした。ディートハルトら騎士の連中も、エーアガイツの面々も、襲撃者の男ですら、その声に動きを止めた。
氷の皇帝は、空気が凍てつくほどの怒気を隠そうともせず、けれども声だけは冷静に、まずは信頼する部下の名を呼んだ。
「ディートハルト! 騎士を全員連れ、いますぐに宮殿に引き返せ。火の手から、民を守ることを優先しろ。あちらでは、兄上がすでに指揮をとっているはずだ。その補佐をするのだ」
「御意! 」
「アーサー殿。貴殿らも、宮殿へ。ここまで、力を貸していただき感謝する。以後は、まず家族の安全を確かめ、不安に揺れる民と共にいて、心の支えとなって欲しい」
「了解だ」
てっきり、文句のひとつでも言うかと思えば、意外にもおっさんは素直に受け入れた。それどころか、ウィンクなんてもんを飛ばしてきやがった。
「見ろ、リゲル。お前らがバチバチやっている間に、きれいにコヨルガは片付けといたぞ。先輩は偉大だろ、そうだろう? 」
「――まじかよ」
慌てて周囲を見渡せば、さっきまでうようよいたはずのコヨルガが、その辺に転がっている死体をのぞけば、きれいさっぱりいなくなっている。驚く俺達に、ハルさんが犬や狼につけるような口輪を掲げてみせた。
「彼らの習性を利用したまでだよ。……コヨルガって、群れ意識が強いんだ。特に、子供を宿したメスを、何よりも大事にする。そんなメスを他のモンスターに殺されれば、大挙して押し寄せ、仇を取るらしい。リゲルも、噂ぐらいは聞いたことあるでしょ? 」
そこまで聞いて、男の眉がぴくりと動いた。構わず、ハルさんが続ける。
「考えたね。君は、身重なメスを攫い、王都の中に隠しておいたんだ。もちろん、騒がないよう口輪をはめて。意識も奪っていたのかもね。そうして、メスの匂いをたどって、コヨルガの群れが押し寄せた」
あとは群れの中に、よく躾けたコヨルガを紛れ込ませれば、仕込みは完璧だ。男の合図を受けて数匹が門に突進すれば、あとはなし崩し的に大門を破るまでだ。
「まさかと思って調べてみたら、案の定、メスが捕らえられていたよ。さすがの君も、殺すのは躊躇したみたいだね。放してやったら、群れと一緒に森へ帰っていった。元気にね」
「殺しちまったら、せっかく躾けたコヨルガまで、何も聞かなくなる恐れがあるんでな」
興が削がれたとばかりに、男がつまらなそうに答える。対して、ハルさんは整った顔に不敵な笑みを浮かべる。
「そういうわけだから、コヨルガの憂いはありません。……殿下、どうかご武運を」
「……つくづく、貴殿らには感謝する」
言いながら、ゼノ王子はロングソードを淡麗な顔の前に掲げた。それを見て、退屈そうにしていた男に笑みが戻る。
「リゲル殿、貴殿も宮殿にもどれ」
「馬鹿いうなよ、王子サマ。俺に指図するなって、最初にいったろ」
レイピアを構えた俺が意外だったのか、ゼノ王子は切れ長の目を見開いた。
「宮殿には、ミア殿もいるのだぞ!? 」
「ご丁寧に教えてくれて何だけど、んなこと知ってるつーの」
わざと、軽い調子で王子をあしらう。そうしていれば、少しは気が紛れる気がした。
本音を言えば、飛んで帰って恋人の無事を確かめたい。けれど俺は、目の前のクズに感じた怒りをないがしろにするわけにいかなかった。同時に、ミアが逆の立場なら、ルルを傷つけ、多くの人間を危険に晒したこの男を見逃すはずがない、そう確信していた。
心はとうに決っている。昔、ミアに誓ったのと同じだ。
「とっととこいつを片付けて、宮殿に凱旋と行こうか、王子サマ」
「……なるほど。閃光の騎士は、よほど欲張りな性格なのだな」
「今更知ったのかよ」
「いい目になった。――これは、いよいよ面白くなりそうだ」
軽口の応酬を続ける俺達を前に、満足そうに呟き、男は左手にもう一本の剣を引き抜いた。月の光を受けて、鋭利な双剣が白い光を放つ。
両者、腰を落として踏み込んだのが合図だった。
切り崩された大門の前で、今宵、最後のぶつかり合いが始まった。




