ざらつく違和感
リリア宮殿、迎賓の間。
さっきまで華やかなパーティが開かれていたこの部屋だけでなく、シェールブルン宮殿のあちこちが開放されて、避難してきた人たちでごったがえしていた。
その様子を、私は部屋の隅でなんとなしに眺めていた。私も、となりに座るユフィリアさんも、漠然とした不安が頭の中を占め、口数は少なかった。
今、外はどんな感じなのだろう。
避難してきた人たちに取り乱している様子はみられないから、少なくとも激しい戦闘が市街地で展開中、というわけではなさそうだ。
「ねぇ、ママ。これから、どうなるの? 」
「おうち、もう帰れないの? 」
近くで子供がぐずる声がして、目を向けると、ふたりの子供たちが泣きそうな顔で母親にすがりついていた。質素な服装に外套をはおっていることから、騒ぎが起きてから町より逃げてきた人たちだろう。
「大丈夫。ちゃんと、おうちに帰れるわ」
「いつ? はやく帰りたいよ」
それは……、と母親が言いよどむ。子供たちの目に、みるみる大きな涙粒がたまっていくのをみて、私はおもわず立ち上がっていた。
「心配しなくても、すぐ帰れるようになるわ」
突然、知らない(あやしくはないわよ)人に声をかけられて、子供たちがびっくりしたように目をぱちくりさせる。彼らをおびえさせないよう、私は身をかがめて、子供たちと目線をあわせて笑いかけた。
「みんながおうちに帰れるように、強くて、勇気があって、とってもかっこいい人たちががんばっているんだもの。すぐに、悪いモンスターなんていなくなるわ」
身を寄せ合う二人の子供たちは、戸惑いがちに互いの顔を見て、それから母親をみた。
その母親がうなずいたのを見て、姉と思われる女の子が恐る恐る口を開く。
「おねえさん、ほんとう?」
「もちろん。なんたって、あのエーアガイツ団も戦っているのよ」
「そうなの?! 」
目を輝かせたのは、弟くんの方だ。
「リゲルくんもいるの? 一緒にこの町で、戦っているの? 」
「ええ」
思わぬところで出てきた恋人の名前に驚きながら、それを飲み込んでうなずく。
「もしかして、リゲルのことが好きなの? 」
「うん! 」と、大きな目をきらきらさせる男の子。「リゲルくん、すっごく強いんだよ! ぼく、山神祭でリゲルくんがたたかっているの見たの! ヒーローみたいだった!」
力説した男の子は、「おねえちゃんも、そう思うでしょ? 」と嬉しそうに声を弾ませた。まるで自分のことを褒められたように、照れくさくて、誇らしい。
「ええ」顔が緩むのを自覚しながら、私は胸を張った。「私も、そう思うわ」
「わたくしからも、一言、お伝えいたしますの」
いつの間にか隣にきていたユフィリアさんが、並んでしゃがみこんだ。びっくりする二人の子供たちに、諭すように人差し指を掲げる。
「優秀なる剣士は、名馬と同じですの。それを乗りこなし、足し算ではなく掛け算で、何倍もの力を引き出すのが上に立つ者の役目。わかります?? 」
目を丸くして、子供たちは揃って首を振った。ユフィリアさんも、自分の言い回しが彼らには難しいのに気付いたのか、こほんと咳払いをして苦笑いした。
「つまり……、ゼノ王子が指揮を執る限り、この町は安全ですの。あの方ほど優秀で、この国の民を思っている騎士はいませんの。それを、忘れないでくださいな」
「わたし、ゼノ王子、好き! 」と、それまできょとんとしていたお姉ちゃんの方が、ぴょこんと跳ねた。男の子は、不満そうに小さな唇を尖らせる。
「えー。リゲルくんに負けちゃったじゃん。リゲルくんの方が、かっこいいもん」
「ゼノ王子だって、かっこいいもん! すっごく強いもん! 」
「ほらほら。喧嘩しないの」
すっかり元気になった子供たちが、(とってもかわいい)言い争いを始めた。そのネタが、わたしの恋人とユフィリアさんの想い人に関して、というのがあれだけど。
互いに照れて目を逸らす私たちに、お母さんはぺこりと頭を下げると、子供たちを連れて空いているほうへと移動していった。
「お嬢様! ユフィリアお嬢様!! 」
「ローゼン! 」
親子と入れ替わるように、人の波をぬって現れたのは、付き人として王宮に泊まっていたローゼンさんだ。汗をふきふき、すっかり疲れた様子のローゼンさんに、たちまちユフィリアさんは商会のお嬢様としてきりりと表情を引き結ぶ。
「あなたが、ここにいるということは、お母様とお父様は」
「はい。お二方とも、無事に避難されました。こちらはいっぱいでしたので、王宮の方に入られています。会長も奥様も、お嬢様の身をたいそう案じておいでです」
付き人にも関わらず、ローゼンさんの姿が見えなかったのは、ユフィリアさんのご両親を迎えに行っていたためということだ。ユフィリアさんにねぎらわれ、ローゼンさんは恐縮しつつもほっと息をついた。
「ところで、外の様子はどうですの? 」
「混乱は見られません。ですが」と、ローゼンさんは周囲を気にする様子をみせ、声のトーンを落とした。「モンスターの襲撃で、王都の大門が破られたと耳にしています」
「まさか!! 」
私とユフィリアさんは、驚いて顔を見合わせた。
「大門が……。あれほど分厚く、重い扉を破るなど、そんなことが」
「信じられませんが、確かです。宮殿の門のところで、前線からの伝令がそう報告するのを聞きました」
ローゼンさんが聞いた話によると、幾百ものモンスターが一斉に大門に押し寄せ、その姿はさながら、何者かが統制をとっているかのようであったという。それを聞いて、ユフィリアさんは考え込んだ。
「しかし、奇妙ですの。モンスターが王都周辺に大量発生するなど、前代未聞。そのうえ、大門を破って、彼らに何かメリットがあるとでも? 」
そこまで聞いたとき、頭の片隅で何かが引っ掛かった。
思い出されるのは、くったくのない笑顔をみせて消えていった、かわいい子竜。モンスターらしからぬ異常行動を取るといえば、犯罪の片棒を担がされていたルルがまさしくそれだ。
あれは制魔の輪が原因だったわけだけど、今回のモンスター襲撃も同じだとしたら。もちろん、「誰が」「なんのために」モンスターに王都を襲わせたのかという疑問はつきない。けれど、野生のモンスターの気まぐれと説明するよりは、ずっと説得力がある、気がする。
しかし、と、私は暴走する思考にブレーキをかけた。制魔の輪は万能じゃない。王宮についた夜、そんな話をしたではないか。同時に、制魔の輪の限界をうちやぶるほど、モンスターの扱いに長けた集団の話も。
「――調教師」
「はい? 」ユフィリアさんが、きょとんと首を傾げる。「ゼノ様がアマルノ絡みで追っているという集団の名ですの。それが、なにか? 」
返事はできなかった。ここ数日のことが、めまぐるしく瞼のうらを駆け巡ったからだ。
冒険者が危険を感じ、身構えるほどの暴れ馬を、一瞬で鎮めた旅人。
モンスターを知り尽くした、緻密な生態記録。
初めて調教師の話を聞いた時ですら、まっさきにその人の顔が浮かんだ。あの時は、偶然、似通った才能を持つ人に出会ったのだと思った。けれど、本当にただの偶然?
「ミア様? 」
「ユフィリアさん! 」
私が急に大声を出したことで、ユフィリアさんがびくりと肩を揺らした。申し訳ないとは思ったけれど、頭の中は、一刻も早く疑いを晴らしたいという気持ちでいっぱいだった。
「わたし、ちょっと人探ししてきます」
「この人数の中からですか? 」
調教師が絡んでいるとして、おそらく彼らは大門にいることだろう。逆に言えば、宮殿に避難する人の中に彼の姿を見つけることができれば、無関係だと断じることができる。
はやる気持ちもそのままに私が人混みに足をむけると、足早に追いついたユフィリアさんに通せんぼされた。
「一人では無理ですの。ローゼンも言っていた通り、王宮とこのリリア離宮、他にも複数の建物に避難者は分散しています」
「けど……! 」
「お手伝いします、と申し上げていますの」
言い返そうとした私を、ユフィリアさんが遮る。はっとして前を見れば、聡明な瞳にやる気をらんらんと輝かせ、頼もしく手を差し伸べる友人の姿があった。
「して、その方のお名前は? 背格好は? ああ、ローゼン。あなたも手伝える? 」
「は、はい。お嬢様が、そう仰るなら」
少し迷ってから、私はありがたく頷いた。これだけの人数の中から探すのだ。少しでも手が多いと助かる。
「ありがとうございます。では、その人の特徴ですけど……」
すらりと均整がとれた体付きに、柔和な面差しを思い浮かべたところで、ホールの反対側の方でどよめきが上がり、私は口を閉ざした。
「何の騒ぎですの? 」
「さぁ……。ちょっと、私が見て参りましょう」
顔をしかめたユフィリアさんに、ローゼンさんが声の上がった方に足を踏み出したところで、人混みの向こうでばたんと扉が開き、切羽詰まった声がホールに響いた。
「聞こえなかったのか!? 火事だ!! 逃げないと焼け死ぬぞ!! 」
え……?
一拍遅れて、開いた扉の向こうから焦げ臭い匂いが、声の正しさを証明した。わっと悲鳴があがり、ホールにいた人たちは一斉に出口に向かって駈けだした。
「お嬢様!! 早くこちらへ!! 」
「ええ。ミア様も急いで。火が回る前に!! 」
二人に急かされ、混乱し慌てる人々と共に、リリア離宮のきらびやかで大きな出口へと急いだ。けれども、胸の奥にざらつく違和感に、私は肩越しに、ホールの最奥でうすく煙を吐き出す扉を振り返る。
逃げろと呼びかけた人物の姿を、ついに私は見つけることが出来なかった。




