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急転

 大地を揺るがし、空を引き裂くような轟音が辺りを埋めつくした。


 こわい。地鳴りと雷が同時に起こったって、こんなことにはならない。たまらずに両耳を押さえたけれど、それすら飛び越えて鼓膜がびりびりと震え、全身が粟立った。


 始まった時と同じように、その音は前触れもなく止んだ。不穏な沈黙に恐る恐る顔を上げた私の頬に、ひやりとした感触が落ちる。


「なに? なんなの? 」

「雪? まさか」


 唖然とした表情でつぶやいたリゲルにつられて周囲を見渡すと、細かな雪がちらちらと空から舞い降りている。突然、私の体がぶるりと震えた。寒い。まるで冬みたい。ほんのついさっきまで、辺りは心地よい夜風の吹く夏の夜だったのに。


「まずいな……。ミア、立てるか? 」


 辺りを警戒して目線を走らせながら、リゲルが手を引いて助け起こしてくれる。情けないことに、それでも私の足はふらついて思うように立つことができない。よろけたところを、リゲルに抱きとめられた。


「ご、ごめん」

「いや……、先に謝っとく、悪い! 」

「何が? え、きゃっ?! 」


 そういわれた矢先、両足が宙を掻き、慌てて私はリゲルにつかまった。軽々と私を横抱きしたまま、リゲルが本館に向かって走り出す。突然の出来事に、謎の轟音も季節外れの雪さえも頭から吹き飛んだ。だって、私、絶対おもい!!


「降ろして! リゲル! ねぇってば! 」

「腰抜けてんだから、こっちの方が早いだろ? 」


 そうだけど! そうだけど!!

 慌てふためく私に反して、リゲルの方は至って冷静だ。こんなやり取りをしつつも、目だけは周囲を鋭く見張っている。確かに、以前ヴァンデラーに襲われた時も、霧の出現という前触れがあったのだ。状況は異なるとはいえ、一刻も早く建物の中に戻るのが得策だ。


 ええい、ままよ! 少しでも重さを軽減できるよう彼の首に手を回してつかまると、一瞬リゲルの肩が強張った気がした。ごめん、リゲル。だけど、これ、女の子の夢である“お姫様だっこ”に安定感を持たせる、最も効果的な方法だってアンナが言ってたんだもの。


 白い息を吐き出して駆けながら、リゲルがジト目で私を睨む。


「お前さぁ、それで無自覚とか、ほんとふざけんなよ……」

「え? 何? 」

「いい。そのまま、しっかりつかまってろよ」


 それだけ言って、リゲルはさらに加速した。辺りはうっすらと雪が覆い始めており、かなり外気が冷えて耳が痛くなってきているのに、服越しに伝わるリゲルの体温のせいで私は寒さを感じるどころではなかった。


☆ ☆ ☆


 私たちが広間に駆け込むと(もちろん、扉の直前でリゲルは私をおろしてくれた。そのまま飛び込む単細胞ではなかったことを、心から感謝したい)、何かを中心に集まる冒険者たちが一斉に振り返った。


 よく見ると、母さんたちミザル・ブルクの従業員の顔も混ざっている。皆の困惑した表情から、さきほどの音で自然と広間に集まったのだと窺わせた。とりあえず、怪我をした人がいないのは良かった。


 と、輪の中心で、私たちに気が付いたハルさんが立ち上がった。その陰から、ソファの上で横たわる何者かの細い腕が垂れているのが見え、私は思わず叫び声をあげた。


「ルル?! 」

「う……ん……」


 ルルの整った顔が僅かに歪み、小さなうめき声が漏れた。見守る周囲がどよめき、それに呼応するようにルルの大きな瞳がゆっくりと開いた。慌てて駆け寄ると、ルルは目をこすりながら億劫そうに起き上がった。


「ルル、大丈夫? ハルさん、ルル、どうしちゃったんですか? 」

「音がしたと思ったら、急に倒れたんだ。ルルくん、気分はどう? 」

「……ねむい」


 あくびで涙をにじませるルルに、私はほっと胸をなでおろした。急に倒れたのは心配だけど、命に別状はなさそうだ。安堵した私の隣に身をかがめ、リゲルがルルの顔を覗き込む。ルルは少しだけ身を固くしたが、私も一緒にいるためか逃げはしなかった。


「お前、気持ち悪くなったりしてない? 」

「気持ち……? 」

「目が回ったり、頭が痛かったり、足がふらついたり、そういうのだ」


 リゲルが言った事をひとつひとつ確かめるように指を折って数えてから、ルルはこくりと頷いた。リゲルが振り返り、ハルさんと目配せする。


「やっぱり。こいつ、魔力酔いおこしてますよ 」

「あー、聞いたことあるぜ 」と、記憶を呼び起こそうと宙をにらみながらデニスさんが続ける。


「モンスターが強い魔力を一気に浴びると、魔力にあてられて一時的に目を回すってあれだろ? でも、なんでまた町中で」


 デニスさんの疑問は、遠くで荒々しく開いた扉の音で中断された。大股で廊下を横切る音が響き、次いで広間の扉が開け放たれ、アーサーさんが広間に姿を現した。走って宿まで戻ってきたのだろう、鼻の頭が赤くなったアーサーさんの肩には雪が乗っている。


アーサーさんは広間に集まる自分のギルドの面々の顔をぐるりと見渡し、誰もそこに欠けていないことを確かめてから、くいと指で外を差した。


「緊急招集だ。ミザルに滞在中のギルドは、衛兵駐屯所に集まれとよ。驚くなよ。さっきの音がしてから、偉大なるレグルス山がいかれちまった。山中の魔導石の力が高まっている。とんでもねぇ力の渦が出来上がっているぞ」


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