ひと息ついて
ひと悶着が終わり、ボルガンの取り調べに立ち会うため衛兵駐屯所へ向かったアーサーさん以外のメンバーは、ミザル・ブルクに戻って一息つくことになった。そんな私たちを、母さんとエリゼさんがティーセットとお皿いっぱいに盛り付けたクッキーで迎えてくれた。
「リーベのハーブティーだよ。疲れた時は、これがぴったりさ」
「ありがたく頂戴します。ほら、みんな運んで」
「いいですよ、ハルさん。母さん、それ貸して」
ティーカップを受け取ろうとすると、それをハルさんに制止された。戸惑う私に、トレーを手に取りながらハルさんが微笑んでくれる。
「ミアちゃんが一番がんばってくれたから、休んでいて? 」
「いえ! 私なんて、見ていただけで」
「お言葉に甘えたらどうだい。今日は目をつむっておくよ」
母さんにまでそういわれて、すごすごと椅子に座らせてもらう。冒険者に交じって座るのは変な気分だけど、こうしてみると緊張からくる疲れが浮き彫りになって全身が気だるく、お茶の準備が整うのをおとなしく見守った。
「ミア、これ」
零さないように恐る恐るの手つきで、ルルがティーカップを差し出してくれた。薄い琥珀色のハーブティーからはリーベらしい爽やかな香りがして、ほっと心が落ち着く。力が抜けたのを感じ取ったのか、ルルが私の膝にしっかとしがみついた。
「怪我ない? 怖い、なかった? 」
「大丈夫よ。ルルこそ、来ると思わなかったから驚いたわ」
「ミア、危ない、やだ。ついていく、頼んだ」
ルルの言葉に驚いてハルさんを見ると、ハルさんは苦笑した。
「ミアちゃんが囮だと知ったら聞かなくて。せっかくだから、彼らを一毛打尽にするお手伝いをしてもらうことにしたんだ」
「そうだったの……。ありがとう、ルル。だけど、ルルも危険なことはしちゃだめよ」
「うん。約束」
柔らかい栗色の髪を撫でると、嬉しそうにルルは身じろぎをして私の膝に顔を埋めた。ああ、かわゆい。なんだ、このかわいい生物。ルルのふわふわとした髪質を楽しみながら、ふと、ルルの頭から雪の結晶のようなものが舞ったのを思い出した。
「ねぇ、ルル? さっき、ボルガンが隠れている場所を突き止めたでしょ。あれ、どうやったの? 」
「えっと……気合? がんばったら、できた」
気合って。あまりにざっくりした説明に言葉を継げない私に代わって、ハルさんが解説してくれる。
「恐らく、探索魔法を使ったんだね。首輪がついているのに、あれだけ広範囲を探れるんだから大したもんだ。ボルガンを一人掴まえられれば上出来だったのに、ルルのおかげで予想以上の収穫だったよ」
ハルさんはさらりと言ったけど、攻撃以外に魔法を使えるモンスターはなかなかいない。さすがは高位種族。とはいえ、本人も首を傾げている辺り、どういう仕組みでできたのかルルもわかっていないみたい。そういうところは、やっぱりまだ子供だ。
「で? この後、ボルガンをどーするつもりだ、副団長? 」
クッキーを口にほうり込みながら、デニスさんがハルさんに問いかける。ハルさんは頷き、静かにティーカップを机に置いた。
「ここからは衛兵の領域だけど、ルルについて落ち着くまでボルガンは拘留させてもらう。それについては、アレクも了承したよ」
「よく頷いたな。ガキや俺らについて嗅ぎまわってはいたが、それだけだろ? 」
「どちらの派閥かわからないけど、彼らの雇主はアマルノの次期国王候補だ。下手に騒ぎをたてて事を大きくするのは得策じゃないと判断したんだろう」
アンナも、そんなことを言っていた。
ただでさえ内政が不安定なアマルノは、他国と問題を起すのを望まない。おまけに傭兵は忠誠を示すことはないが、信頼を売りにビジネスとして契約する分、雇主に損になることは絶対しない。ならば、例えルルを諦めることになっても、アマルノが無理にボルガンを釈放するよう求めはしないだろうと。
「しっぽを出すまで泳がせておくのも手だったけど、優先順位はルルの安全を確保する方が上だからね。それに、ゼノ殿下がこちらに向かっているらしくてね。きっと、何か掴んだんじゃないかな」
「さすが……」
ほとんど手さぐり状態の捜査だったはずなのに、この短期間で結果を出すなんて王国最年少の司令の手腕のたまものだろう。
でも、ルルを家族の下に帰してあげられると安堵する一方、ルルとのお別れが近づいているのはちょっぴり寂しい。こんなことを言うとまたリゲルに怒られてしまうかもしれないが、なんだかここ数日は弟ができたみたいで楽しかったのだ。
そんな風に考えて、ふと、この中にリゲルがいないことに気が付いた。甘いものに目がないリゲルのことだ。いつもなら、大喜びでクッキーを食べているはずなのに。
「ハルさん、リゲルを見ませんでしたか? 」
「おや、いないね。戻ってくるときは一緒にいたんだけどな」
気になる? と、いたずらっぽく尋ねるハルさんのせいで、ザクの酒場での会話が思い出されて顔が熱くなった。
「……ちょっと、風に当たってきます」
完璧な美貌でにっこりとほほ笑むハルさんの視線から逃れるため、残りのハーブティーを飲み干し、私はそそくさと広間を抜け出した。




