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囮作戦



「さて……、そろそろ頃合いかな」


 感情の収まりどころを無くして狼狽える私をしり目に、ハルさんは周囲を素早く確認して立ち上がった。そこをすかさず、カウンターの奥からアンナが駆け寄って引き留める。


「えぇ?! 帰っちゃうんですか? 私、ミアとまだ全然話せてないんですよぉ? 」

「団員と約束があるんだ。じゃあ、ミアちゃんは置いていくよ。一時間くらい経ったら迎えにくるから、それまでここにいてね」


 アンナもハルさんも笑顔だけど、よく見ると目が真剣だ。二人で頷きあってから、ハルさんは私の頭をぽんと一度叩き、出口へと向かっていく。その背中から目を離さないまま、カウンターから身を乗り出したアンナが私に耳打ちをする。


「ミア? 呆けているんじゃないわよ。ここからが本番なんだから」

「あ、うん。ごめん」


 アンナの言う通りだ。私は感情の急上昇、急降下で疲れ果てた身体に鞭打ち、姿勢を正した。ハルさんの背中が完全に出入り口の向こうに消えたのを確認して、アンナがきらりと目を光らせて声を張った。


「さぁて、教えて。ミザル・ブルクで預かっているっていう、人型をとる珍しいモンスターのことを! 」


☆ ☆ ☆


 アンナが私たちに教えてくれたのは、ルルについて嗅ぎまわっている穏やかでない集団についてだ。彼女がそれに気づいたのは、ザクの酒場に彼らが客を装って現れた時である。


 盗みの被害にあった後、静寂の盗人について客から質問されることは珍しくなかったため、始めはアンナもその集団を気に留めていなかったという。だが、ふとした瞬間、彼らの一人の鎖骨に青い百合の刺青を見つけ、考えを改めた。


 青い百合の刺青。それは隣国、アマルノ国を拠点とする傭兵ギルド『ボルガン』が掲げる紋様だ。


 アマルノ国と言えば王が病床に伏したことで時期王位を巡った王弟派と王太子派との対立が勃発、その余波が国内にまで広がっているともっぱらのウワサだ。不穏なことにそれぞれの派閥が傭兵を囲い込みだし、武力衝突でもやらかすつもりでなければいいがと、宿に泊まった冒険者がため息混じりにぼやいていた。


 当然、町一番の地獄耳であるアンナもアマルノ国の情勢は聞き及んでおり、不審に思って相手に悟られないよう注意を向けていた。すると、ボルガンの面々は静寂の盗人についてだけではなく、エーアガイツ団についても情報を集めていた。


「臭うな。怪しい臭いがぷんぷんするぜ」

「ただの野次馬根性で聞いていただけかもしれませんよ」

「いーや。傭兵がわざわざ俺たちの情報を集めておいて、興味があっただけですってのはないな。おまけにあちらの国の情勢。絶対、裏があるはずだ」


 アンナの報告を聞いたアーサーさんは、間違いないと大きく頷いた。


「どうすんだ、おっさん。衛兵に探らせるか? 」

「いーや。奴らはプロだ。正攻法で兵を向けても、姿をくらまして終わりだろう。何か、こっちからしかける必要があるなぁ」


 その結果取られたのが、囮作戦だ。

 作戦はこうだ。まず、私とエーアガイツ団の誰かがザクの酒場に客として訪れ、注目を集める。散々、私がミザル・ブルクの関係者であり、エーアガイツ団と親しい間柄であることを印象づけた上で、あえて一人になる。そこですかさず、アンナの質問責めだ。


「実際のとこ、どうなの? 静寂の盗人(シュティレ)なんでしょ? 怖くない? 」


 声を張る様はわざとらしいが、演技とは思えないほど目をキラキラ輝かせてアンナが私に詰め寄る。その様子に、ザクの酒場にいた他の客もノってきた。


「おぅ、それは俺たちも気になるぞ」

「ごめんなさい、口止めされているの」

「ちょっとだけだよ、ミアちゃん。おじさん、誰にも言わないからさ」


 ちらほらと見知った顔も混じり、たちまち私は四方八方を好奇心に顔をほころばせる客たちに囲まれた。


「えー、どうしようかな」


 適当に受け流しながら、悪意の欠片も感じられない楽しそうな顔を見回す。と、人だかりの中に、他の面々とは違う鋭い雰囲気を身にまとった男を見つけた。直感的にわかった。彼らで間違いない。


 見ると出入り口の所に若い男が立っており、騒ぎを受けて仲間を呼び込んだようだ。本当にザクの酒場に見張りを置いていたとは、アーサーさんたちの読みの正しさに脱帽だ。おかげで、こうして釣ることができたのだけど。


 人垣を割って近づいてこようとする彼らに向けて、アンナが鋭く叫んだ。


「あいつらよ! 」

「合点承知!! 」


 掛け声と共に厨房へ続く扉が跳ね開けられ、リゲルを先頭にエーアガイツ団が飛び込んだ。仰天した客たちで、店内が騒然となる。


「うぉお?! なんの騒ぎだ」

「ちっ」


 罠にはまったのだと気づいたボルガンの男たちは直ちに出入り口へ踵を返すが、すでにそこはハルさんが立ち塞がっていた。その隣にローブを深く被った小柄な人物を見つけ、私は驚いた。


「ルル?! 」


 小柄な人物は地面を蹴ると、ひとっ跳びにボルガンの一人に詰め寄った。間違いない。あの身のこなしはルルだ。


 一瞬で胸板の厚い屈強な男に接近したルルは、空中でぴたりと動きを止めた。フードの奥で瞳が青白く光り、ルルの頭部の周りにぱっと華咲くように何かが広がった。あれは、氷? 一瞬で掻き消えたそれは、雪の結晶にも見えた。ルルは顔をハルさんに向け、告げた。


「あと5人。場所も見えた」

「そっちは任せろ! 衛兵と仕留めてくるぜ。案内してくれ、チビちゃん」


 そう言ってデニスさんがひらりと窓の外に身を躍らせ、ルルも後を追って飛び出していく。残ったのは、机や柱に隠れながらも興味津々に顔をのぞかせるお客たちと、エーアガイツ団に囲まれて立ち往生する3人のボルガンだ。


 だんと音を響かせて、アーサーさんが彼らの前に仁王立ちした。こうしてみると、髭面、屈強な体、大剣を揃えたアーサーさんこそ、傭兵と言ってもおかしくない。


「よぉ、ボルガンさん。この中にリーダーはいるか? 」

「エーアガイツ団のアーサー……。嵌められた! 」


 先ほどルルに詰め寄られた屈強な男が、背負っていた槍を振り上げた。おぉ、クラシック。呑気に鑑賞していた私は、その切っ先が自分に向いているのに気が付き青ざめた。


「てめぇ! 」

「ミア坊、逃げろ! 」


 槍を投げようと男が腕を引くのと、ルゲルが遠くで駆けだすのと、アーサーさんが大剣を抜くのとが同時に見えた。あ、斬られる。すっと背筋が凍えた時、肉を打つ鈍い音がして男が倒れ伏した。


「大丈夫か?! 」

「う、うん……」


 足が震えよろけた私を、駆け寄ってきたリゲルが支えてくれる。怖かった。槍を向けられたからではない。あの瞬間、アーサーさんが男を切り伏せるつもりだとわかった。あの大剣で切られれば、人間などひとたまりもない。それを悟った時、震えが走ったのだ。


 そんな私のことを、感情を感じさせない瞳が一瞥した。


「すまねぇな、お嬢ちゃん。悪い奴じゃないんだが、少々血の気が多くてね」


 顔を横断する大きな傷跡。体は細見なのに、服の上からでも鍛え抜かれていると分かるその男は、自らが意識を刈り取った男をまたいでアーサーさんに手を差しだした。


「俺がボルガンのリーダー、アレクだ。うちの若いもんが失礼働いた」

「――あんたが止めてくれて、よかったぜ。もう少しで、ここに死体をひとつ作っちまうとこだった」

「そりゃあ、よかった。人殺しなんざ、しなくて済むなら一生せずに終わるに限る」


 何かを答えようとアーサーさんが口を開いたが、その言葉はデニスさんとルルが戻ってきたことで飲み込まれた。二人の様子から、無事全員を確保することができたらしい。アレクさんの方もそれを察したのか、肩を竦めた。


「互いに積もる話もあるだろうが、まずは場所をずらそうか。そうだな……、衛兵駐屯地なんてどうだ」

「ああ。俺も、そうするのがいいと考えていた」


 ようやく、大剣の柄から手を放したアーサーさんは、衛兵を酒場に招き入れた。


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