ルル
それから一時間も経たないうちに、町の外れの簡易宿に身を潜めていた泥棒集団はすべからくお縄になった。生き生きと乗り込んでいったアーサーさんを筆頭にエーアガイツ団がたっぷりお灸をすえたのち、意気消沈しきった泥棒たちが衛兵に引き渡されたとかなんとか。
驚いたことに泥棒集団は、表向き行商ギルドとしてまともな商品を扱う傍ら、裏では盗品を各地で売りさばいていたという。だから静寂の盗人は一定期間をすぎると別の町へうつっていたんだと、それを聞いて妙に納得した。
そんな中、私はひとり、まだ目を覚まさない男の子に付添っていた。あのまま気を失った子供を床に転がしておくのもいかがなものかとなり、母さんに相談して、開いていた客室のひとつに運び込んだのだ。
ちなみに男の子の手は、食べかけのパンをしっかと握ったままだ。どんなに引っ張っても離さないため仕方なくそのままにしているのだけど、シュールな光景なのにちくりと胸が痛む。だって、この子の首には、黒い首輪がついたままだから。
詳しくは調査中だけど、泥棒集団はリゲルたちが制魔の輪と呼ぶこの首輪で男の子から自由を奪い、盗みの手足としてこき使っていたらしい。
本当はそんな忌まわしい道具、すぐにでも取り去ってあげたいが、この子自身がまだ得体が知れない以上それはできないと衛兵に却下されたのが心苦しい。
「うぅ……ん」
男の子が呻いて、小さく身動ぎした。泥棒集団の人でなし具合に怒りを燃やし、会ったこともない相手を脳内でぎったんめったんにしていた私は、そのか細い声に慌てて椅子から立ち上がって男の子の顔をのぞきこんだ。
「目が覚めたのね! 良かった! 気分はどう? 」
「ここ……? 」
まだ体を起すのはつらいのか、体を横たえたまま少年のおおきな瞳が不思議そうにうろうろと彷徨う。その目が、自分の手が握るパンではたと止まった。
「僕、命令の最中……」
「大丈夫、命令はもういいの。まだ起きるのはつらいでしょ? そうだ、後で食事を持ってくるわ。それまで、ここで休んでいて」
私が安心させるようと男の子に笑いかけると、むしろ男の子は戸惑ったようだった。男の子は私の顔とパンを交互に見比べてから、枕に頭をのせたまま首を傾げた。
「それが、新しい命令? 」
命令。くらりと襲った眩暈を、笑顔でぐっと飲み込む。
――ミアちゃん。あの子、外見上はほんの子供だけど只者じゃないのは確かだよ。理由はわからないけど、モンスターにしか効かないはずの制魔の輪があの子には有効だ。あの子が安全とわかるまでは、卑怯でも利用すべきだ。
捕り物へ行く前に、ハルさんが私に言った言葉が頭に蘇る。ハルさんは伊達や酔狂でそんなことを言うはずがないし、それだけ事態が複雑なのだろうと私でもわかる。わけるけれど。
私はにっこりほほ笑むと、人差し指を立てた。
「命令じゃないわ。ただの約束よ」
「約束? 」
「そう、約束。守ってくれたら、温かいスープを持ってくるわ」
まだ寝ぼけ眼が抜けない少年の目に、一瞬光が宿った。狙い通り、一度気を失っていたって食い意地は健在のようだ。
さっそく約束を守る意思を示そうとしているのか、男の子は羽毛ふとんを引き上げ顔の上半分だけちょこんとのぞかせる。「おとなしく寝ています」と全身で訴えてくる男の子の愛らしさに別の意味で眩暈を感じながら、私は今更に名乗った。
「私はミアよ。この宿屋の娘なの。あなた、名前は? 」
「僕は」少し逡巡する様子を見せて、男の子は口を開いた。「ルル。それが名前」
☆ ☆ ☆
ルルが寝付いたのを見届けてから私が広間に戻ると、見慣れた顔が一同に揃い待ちわびたように振り返った。そろそろ夜もふけようという頃合いなのに、宿屋の人間もエーアガイツの皆さんも誰一人と眠ることはなかったみたいだ。
「どうだ、ミア坊。坊主は落ち着いたか? 」
「ぐっすり寝てますよ。まだ本調子じゃないみたい」
「たぶん、あれのせいだな」
そう言いながら、リゲルが自分の首を指さす。
「制魔の輪――あの首輪についている魔導石が、ハルさんが触れたのに反応してあいつの魔力を急速に奪ったんだ。黒曜石にはそういう性質がある。完全に魔力が戻るまでは、人間で言う貧血状態と同じだろうよ」
「それじゃあ、ルル……あの子は」
「ああ」頷いて、アーサーさんが後を引き継いだ。「あれは、人間じゃねえ」
エリゼさんやマルコさんたち従業員を含めて私意外の全員が、その言葉に動揺することなく冷静に受け止める。たぶん、私がルルのそばについている間に、ひと通りの話しがついているのだろう。
「人型を持つモンスター、正確には、外見を別の生物に似せることができるモンスターというところだろうね」
「もちろん、そんな芸当ができるのは高次元のモンスター、神と崇められるクラスの化け物だ。そんじょそこらの雑魚連中とは訳がちげぇ」
腕組みをして顔をしかめるのはデニスさん。まるでお伽話みたいだ。このレグルス山ですら、一時的に人を化かすほどの力はあっても、ルルほど完璧に人として振る舞うことが出来るモンスターはいない。
「でも、そんな凄い存在が、どうして泥棒の手先なんかに? 」
「それが、衛兵たちも手を焼いている部分でな」
肩を竦めて、アーサーさんが説明してくれる。
人型を見ればわかるように、ルルはまだ子供だ。おそらく何らかの理由で親とはぐれたところを人に捕まり、裏ルートで売られ泥棒たちの手に渡ったと考えるのが自然だ。
「ちなみに連中にルルを売りつけた奴らも、なんのモンスターかは言わなかったそうでな。首輪を取るのだけは止めろとしか忠告しなかったらしい」
つくづく使えない連中だ、とアーサーさんが苦笑する。
経緯がなんであれ、神のごとき存在に手を出してしまった以上、人間としてはそれを安全に元の種族に戻さなければ非常にまずい。幸運なことに、まだ種の子供が人間に奪われたとわかってないから騒ぎが起きていないが、仮に知れれば災害クラスの報復は免れない。
要は、スープを飲みたいがために布団をかぶる良い子のルルは、報せを聞いた王都の幹部クラスがショックのあまり揃って寝込んでも無理はないほどの、とんでもない珍客だということだ。
「それでね、ここからが厄介な話しなのだけど、あの少年、いや、モンスターかな? の身柄は一時的にエーアガイツ団で預かることになった。俺としては、不本意だけどね」
こめかみを抑えて、ハルさんが息をつく。アーサーさんが弁明するように太い腕を大きく広げた。
「ちまちま言うなよ。衛兵に泣きつかれたんだ。そんな重要案件、扱いきれねぇって。これでも王国最強ギルドの名前背負ってるんだから、俺達が預かったほうが良からぬ連中も手を出せねぇだろ?? 」
「だーかーらー、それはわかるぜ、おっさん。けど、俺達が預かるってことは、ミザル・ブルクに置いてもらうってことだろ?! 」
珍しく渋い顔でリゲルが反論する。ああ、なるほど。私はこの場に、ミザル・ブルク側の人間が1人も欠けずに出席している理由を初めて理解した。
「母さん! ルルをここに置いてあげて」
ミザル・ブルクで最も発言権のある人物――口を挟むことなく事態の成り行きを見守っていた母さんは、真意を探るようにじっと私を見た。
「わかっているんだろうね。あの子を預かるというのは、エーアガイツ団にとっても、ミザル・ブルクにとってもリスクの高い話だよ」
「わかっているわ」
ぐっと顎を引いて、私は母さんを見据えた。
「けど、父さんが生きていたら、ルルをここに置くはずだわ。例えモンスターだって、ルルは攫われてきた子供よ。それを投げ出せなんて、絶対に言わない」
「同感だね」
嬉しそうに母さんは目を細めた。見ると、母さんの隣で従業員のみんなも力強く頷いてくれる。マルコさんが、鼻を擦りながら笑った。
「違いねぇ。ここで根をあげたら、アルノルトの旦那が化けて出てきちまう」
「お嬢様……立派になられて」
なぜか涙ぐむエリゼさん。そんな私たちの様子に、アーサーさんは得意気ににんまりと笑った。
「ほらな、言ったろ。ミザル・ブルクなら、絶対うんと言ってくれるってな」
「「そんなことわかってたよ(っつーの)」」
リゲルとハルさんが同時にぼやく。なにはともあれ、ルルの身の安全が少しでも保証されたのはとても喜ばしいことだった。




