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大捕り物


「静寂の盗人(シュティレ)……? 」

「なに? 」


 呟いた私に、リゲルが弾かれたように振り返った。ちょうどその時、泥棒の細いシルエットが軽やかに身を踊らせ、窓が空いていた客室の一つに飛び込んだ。


「嘘でしょ?! 」


 私はリゲルの腕を抜け出すと、本館に向かって駆け出した。泥棒が入った部屋は記憶が正しければ今日は空室であり、すんなり彼の侵入を許してしまったことだろう。


 お金や備品なら、痛くはあるが損害で済む。だけど、冒険者の武器が取られでもしたら大変だ。


 私は勢いよく裏戸から厨房に転がり込むと、目を丸くする母さんたちの前で大きく息を吸い込み、叫んだ。


「どろぼーーーー!!!! 」


「なんだ、どうした?! 」

「今、お嬢様の悲鳴が! 」

「火事か?! 」


 狙い通り、ミザル・ブルクのあちこちで、バタバタと扉が開く音がした。これぞ必殺、「盗られる前に追い出せ」作戦。アンナから聞く限り、静寂の盗人に盗みを許してしまった場合、挽回の余地がない。だったら、そもそも盗めなくしてしまえばいいんだ。


「ミア、泥棒ってのは本当かい? 」

「静寂の盗人が中にいるの! 注意して! 」


 度肝を抜かれた様子だった母さんは、静寂の盗人の名を聞くと素早く表情を引き締めた。すぐに、一緒に仕込みをしていたマルコさんと厨房を出て行こうとする。


 その時、新たな叫び、いや、いっそ怒号と言った方がいい声がミザル・ブルクを震わせた。


「盗っ人てのは、てめぇのことかーーーーーー!! 」


 この熊みたいな吠え方は、アーサーさんだ。声のしたエントランスホールに急ぐと、エリゼさんたち従業員や、ハルさんたちエーアガイツ団の人が階段の上やら廊下やらから見守る中、鬼の如く仁王立ちするアーサーさんと、距離を取って警戒する静寂の盗人がホールの中心でにらみあっていた。


「おいおい、盗人くんよぉ。入る前に、ちょっと考えるべきだったなぁ。今夜ここにいるのは、泣く子も黙るエーアガイツ団だ。王立ギルドの名に懸けて、お前さんを衛兵に突き出さなくちゃなんねぇぞ? 」


 ひげ面いっぱいににたりと笑いながら、アーサーさんの巨体が迫力を増していく。ていうか、私はあくまで「盗られる前に、追い出せ」ちゃえば満足だったのに、アーサーさん捕り物する気満々だし。


 一方、静寂の盗人は退路を見つけようとしているのか、深く被ったフードの向こうで、忙しなく周囲に目を光らせている。


 私は初めて見る泥棒の姿に驚いた。だって、どう見たってまだ子供だ。たぶん、12歳くらいじゃないだろうか。ローブからのぞく細い手足から、相当に華奢な体つきなのがわかる。目付きだけが、体に似合わずぎらぎらと鋭い。


 その目が、私――正確には私の持つ籠でピタリと止まった。


「へ? 」

「――食い物っ!! 」


 細い足で地を蹴り、静寂の盗人の小柄な身体が私を目指して一直線に飛び掛かってきた。とっさのことに動けなかった私、もとい、仕込みのための野菜やら果物やらがたっぷり入った籠へと、その華奢な腕が伸びる。


 木がぶつかるような、乾いた音がフロアに響いた。


「リゲル! 」

「下がって、ろ! 」


 レイピアを鞘に納めたまま盾のように扱い、リゲルが私の前に立ちふさがっていた。その背中越しに、侵入者は華奢な体を翻して猛突撃を繰り返す。ところ構わず足場とする盗人のせいで、花瓶が倒れたり、机からクロスが吹き飛んだりと、上へ下への大騒ぎだ。


 ローブがめくれ、柔らかそうな栗色の毛があらわになる。階段の手すりが折れる音と共に、小さな体が飛び道具のように突進する。


「食い物……食い物……っ! 」

「どんだけ、腹ペコ、さんだよ! 同情、しちま、ったじゃねぇか! 」


 的確にあしらいながら、武器を持たない丸腰状態の相手に、リゲルは剣を抜くべきか否か決めかねているようだ。それは、周囲も同じなようで、すっかり臨戦態勢のアーサーさんさえ大剣を手に微妙な顔をしている。


 なんというか、切実なのだ。悪意や殺気とは無縁な、純粋に「お腹がすきました! 」と全身で訴えるような。これじゃまるで餌を前に興奮をおさえきれないペットのような……。


「待てッ! 」


 気がつくと、私はパンを掴みあげ、声高に叫んでいた。すると――静寂の盗人の動きがぴたりと止まり、忠犬よろしくその場に膝を抱えて座り込んだ。


「待て、だよー」

「…………」


 ハンカチを床に敷いて、その上にパンをそっと置くと、真剣な顔で少年の目がそれを追う。


 あふれる涎を飲み込もうと、少年の喉がゴクリと鳴るのが聞こえた。たっぷり間を置いて、私は審判を下す神官の面持ちで、厳かに告げた。


「食べて良し! 」

「……ッ!! 」


 途端、少年の体がパンに向かって一直線に跳ねた。歓喜の表情を浮かべ、むしゃむしゃと夢中でパンをむさぼる少年には、逃げるという選択肢が完全に欠落している。


 それにしても……、なんてかわいい顔をしているのだろう。くりっとした大きな瞳につんと尖った鼻、一瞬女の子と見紛う愛らしい容貌。10人が見たら10人がその美少年ぶりに思わずのけぞるに違いない。その美少年が、わっふわっふとパンを頬張っている。


 エントランスホールに、何とも言えない沈黙が流れた。


「えーっと、これ、捕まえる? 」

「これでも王国を騒がせてる泥棒だからね……ん? 」


 何かに気づいたらしいハルさんは音もなくするりと近寄ると、パンにご執心になっている盗人の首のあたりを撫でた。すると、男の子は目を見開いてびくんと体を仰け反らせると、糸の切れた操り人形のようにこてんと倒れた。


「な、なにしたんですか?! 」

「大丈夫、気を失っただけ」


 慌てる私に、ハルさんは少年の首を示してみせた。そこで始めて、盗人の首に細いベルトのようなものが回されているのに気づいた。


 なんだろう。黒革のそれには黒く渦巻く石がはめられている以外に切れ目も金具もなく、付け外しが容易に出来そうもない奇妙はデザインだ。さっぱり要領を得ない私にかわり、並んでのぞきこんでいたリゲルが驚きの声をあげた。


「これは、制魔の輪!」


 エーアガイツ団の人たちに驚きが広がるけれど、まったくわからない。置いてきぼり状態の私にハルさんが説明してくれる。


「制魔の輪っていうのはね、モンスターを人間の制御下に置く首輪なんだ。この、黒曜石がモンスターの自由を奪う役割を持っていて、これをはめたモンスターは人間の命令を破れなくなるし、魔力も弱くなる」

「俺の生まれた里では、狩りの人手が足りないのを捕まえたモンスターで補ったりしていて、そういう時にこの首輪を使うんだけど……」


 言いながら、リゲルの目に困惑がにじむ。そう、目の前の少年は、逆立ちしたってモンスターには見えない。リゲルの様子から推察するに、制魔の輪は人間には効かない。だけど現に、この子は私の“命令”に従ってしまっている。……単に、おなかがすいただけかもしれないけど。


 何はともあれ、静寂の盗人の正体が絶対遵守の首輪を付けられた少年とわかった。


 あれ? それってつまり。


「じゃあ、この子は誰かに命令されて、盗みを働いているってこと? 」

「おうよ、どっかで黒幕がこいつの帰りを待っているんだろうさ」


 待ちくたびれたように首をくいと曲げて、アーサーさんがハルさんをみる。


「で、その黒幕の居場所ってのも、わかったんだろうな」

「当然。僕を誰だと思っているの」


 さりげなく片目をつぶり、ハルさんが口角をあげて答える。アンナがここにいたら、キャーキャー騒いだことだろう。


「あちらさん、この子が帰ってこないんで探索石を使っているみたい。大方、首輪を目印にしているのかな。奴さん、あまり腕はよくないね。力の流れで向こうの居場所がただ漏れだ。すぐにでも顔合わせできるけど、どうする? 」

「おーし。その一言を待っていた」


 山賊顔負けの悪い顔で不敵に笑うと、階段で仁王立ちをするアーサーさんが肩に大剣を担ぎ上げた。


「散々盗んで懐を肥やした悪党連中だ。ここいらで正義の鉄槌が必要だろう」


 当然のように宣言するアーサーさんの頭には、衛兵を呼ぶという選択肢は一切ないようだ。ああ、黒幕さん。下手な抵抗をしないのが身のためですよ。


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