おあずけ
もう大分見慣れたミザルの街並みに、懐かしさにも似た感情が沸き起こる。レグルス山麓の宿場町、ミザル。ついひと月前に離れた時は、町を挙げての祭りの片付けに、町全体が忙しなかったっけ。
「その角を曲がったら、ミザル・ブルクだぞ」
前を歩いていたおっさんが、振り返ってにやにやと笑った。
「知ってるっつうの。何回目だと思ってんだ」
「待ち遠しいか? 待ち焦がれたか? うん? 」
でかい手でうりうりと頬をつついてくるが、巨体のおっさんにやられてもちっとも嬉しくない。とはいえ、図星の部分もあり、俺は目を逸らすしかない。
「……さ、さぁ」
「あーあ。ガキが色づきやがって。春だなぁ、はーるーだーなーぁ」
「ちょ!デニスさん、ストップ! 」
大声でわめきだしたデニスさんの口を、慌てて塞ごうとする。気が付くと、他の先輩たちにやにやとした笑みを俺に向けている。もちろん、その理由は今更聞きたくもない。
山神祭で開催された冒険者腕自慢大会、その優勝を見事勝ち取った俺は、同時に、先輩たちにこの上ない娯楽を提供してしまった。おまけに、うっかり自分の気持ちなんかに気づいてしまったせいで、俺は今、先輩たちのいいおもちゃだ。
と、俺の右肩に手が置かれた。何気ない置き方なのに、手の方向から凄まじい冷気が伝わってくる。俺がかくかくと震えながら振り向くと、にっこりと口角を上げるハルさんの顔があった。
「リゲル、わかっているよね? 」
笑顔なのにすさまじい威圧感を放ったまま、ハルさんが続ける。はっきりいって、めちゃくちゃ怖い。肩に載せられた手の重みが、どんどん増している気がするし。
「あの子は、僕の大切な妹みたいなものなんだ。リゲルも大切な後輩だから応援してあげたいけど、ぜひそこは節度ある行動を約束してほしいんだよね」
「します! 全身全霊、誠心誠意に節度を保たせてもらうっす! 」
引き攣った顔で、何度も頷きながらやっとのことでこたえると、一瞬真顔になってから、すっとハルさんは離れていった。ドン引きする俺たちに向けて、ハルさんはいつも通りの柔和な笑みを湛えて、前方を優雅に示した。
「さぁ、到着したよ」
ハルさんの手の先にあるのは、レンガ造りの古風な、それでいて小綺麗な宿屋。その入口に、おっさん風に言うなら“待ち焦がれた“人物の姿をみつけ、つい頬が緩んでしまう。
「ミア! 」
思わず列を飛び出した俺は、ミアの元へ走っていった。先輩たちが愉快気に目配せしているが、この際関係ない。邪魔にならないためにか、今の彼女は輝く銀髪を一つにまとめており、その見慣れない姿すら気分が高まる理由となる。
俺の姿に気が付いたミアは、形の良い唇をついと上げて、にこりと微笑んだ。
「いらっしゃい、リゲル」
「よぉ。今回も、よろしくな! 」
親指を立てながら、一か月ぶりのミアの姿に心臓が忙しないことになっている。この一か月、記憶の中の彼女が何度となく蘇ってはいたが、目の前の彼女はそれよりもずっと魅力的だ。だめだ、この内心の動揺をミアに悟られでもしたら、格好悪いことこの上ない。
俺はなんとか、務めて平静を装いつつ、口を開こうとするが。
「もちろんよ。皆さんも、よろしくお願いしますね。じゃあ、お部屋案内するので、私についてきてくださーい」
宿屋の案内人らしく、片手を掲げてにこやかに告げると、ミアはさっさとミザル・ブルクの中へ入っていってしまった。後に残されたのは、無駄に高まった胸中に反し、急におあずけを食らって呆けた俺。
おあずけ状態は、それだけに留まらなかった。
食事の時も、作戦会議までの短い時間の中でも、俺はミアに声をかけようと必死だった。だが、ことごとく上手くいかない。ミアは給仕するので忙しそうだし、食後は食後で当然片付けがある。むしろ、今までどうやって話していたのか疑問が生じるほどだ。
冷静に思い返してみれば、意図してミアに話しかけるなど、リーベの花咲く丘以来だ。ミザル・ブルクに来れば彼女はいつもいたし、その場の成り行きで、くだらない言い合いが始まっていた。
「ミ……っ 」
数えるのも億劫な何度目かのトライで、彼女に伸ばしかけた手がぴたりと止まった。
ミアを引き止めたところで、俺は一体何を話せばいい?
気張れば気張るほど、話のネタなんてさっぱり浮かばないぞ?
背中を嫌な汗がつーっと流れ落ちる。そうこうするうちに、役目を終えたミアはぺこりと礼をすると、広間を静々と出て行ってしまった。
「あ、待って」
「おーし、明日からの流れ確認するぞー。集まれー」
がたんっ。
団長の無常な一言に、俺は文字通り無様に地に伏した。完敗だ。何にだ。何かにだ。
項垂れる俺の頭に、一つの嫌な可能性が浮上した。いや、目を逸らしていただけで、薄々に予感はしていたのだが。
すなわち、ミアが俺を避けているという可能性。
いくらなんでも、ここまですれ違うのは不自然だ。それも、ミアの意図的なものと仮定すれば、すんなりと筋が通ってしまう。
でも、なんで? 俺、何かしたっけ?
考えれば考えるほど、へこむ。
項垂れたまま動けなくなった俺の背中を、先輩の誰かが慰めるようにぽんと叩いてくれた。




