決勝(2)
きらきらした氷の欠片が舞う中、リゲルとゼノ様がにらみ合う。ううん、そうじゃない。剣と剣を交える真剣勝負の最中なのに、二人の目に灯るのは子供のように無邪気な光で。
「リゲル、すごく楽しいんだ」
「え? 」
思わずつぶやいた私に、アンナが不思議そうに首をかしげた。
駆け出した足の軽さも、突き出す剣の鮮やかさも、見ていればすぐにわかる。きっと、一緒に観ているハルさんにも、アーサーさんにも伝わっているだろう。
「行け!そこだ押し出すんだ! 」
「負けるなチビすけ! 」
「ゼノ様―!! 」
エーアガイツの人だけじゃない。ある冒険者は拳を振り上げ、ある商店の婦人はハンカチを振り回している。地位も、名誉も、肩書も関係ない、剣と剣だけの純粋な試合だからこそ、みんな惹きこまれてしまうんだ。
目にもとまらぬ速さで、何度も繰り返しリゲルとゼノ様が衝突する。その度に、氷の結晶が舞上がり、光の乱反射が二人を包み込む。光の中に幾重にも虹が浮かび上がり、こんな時なのに、私はその美しさに目を奪われてしまった。
あの時と同じだ。
私を助けてくれた時も、彼の生み出す光の洪水に圧倒されたんだ。
飛びのいたゼノ様が、剣を突き出す。すると、巨大な氷の塊がいくつも空中に現れた。それらが、一斉にリゲルに襲いかかる。
「押し返せぇぇぇ!! 逃げんじゃねーぞ!!! 」
「そんな無茶な! 」
叫んだアーサーさんに、呆れた声で突っ込むハルさん。リゲルはというと、守護の力で氷の軌道を捻じ曲げながら、間一髪で氷の嵐を避けきった。だが。
「――っ?!」
リゲルが息をのむ声が、ここまで聞こえてくるようだ。
氷の嵐を避けるため、リゲルが注意を逸らした一瞬の隙に、ゼノ様がリゲルの背後に回り込んでいた。無数の氷を隠れ蓑にしたのか、わたしも全然気がつかなかった。
「いつの間に……!」
「リゲル、あぶない!」
ゼノ様が向けた剣の切っ先は、まっすぐにリゲルを指している。そこに無駄などなく、避ける余地も逃げる隙も残されてなく、勝負はついたのだと誰もが思ったことだろう。
おそろく、リゲルをのぞいて。
鋭利な刃物が空間を切り裂くように、一筋の光が駆け抜けた。そして、ゼノ様の手元から剣が跳ね上げられた。それは驚きを隠そうともせず固まったままのゼノ様をおきざりに、放物線を描いて地に突き刺さった。
「続ける? 王子サマに任せるよ」
ゼノ様の喉に剣を添えながら、明るく人懐っこい普段の彼からは想像もできない冷えた声音で、リゲルが問う。小さな体が、一つの鋭い刀みたいだ。リゲルの目が、全身が、後に引くことも前に出ることを許さず、ゼノ様をその場に縫い付けている。
観客が、アークティカ団が、そしてわたしたちが固唾を呑んで見守る中、ゼノ様がゆっくり息を吐き、肩を竦めた。
それを合図に、審判の旗がふられた。
「勝者、エーアガイツ団、リゲル! よって、本大会優勝チームはエーアガイツ団とする! 」
「いよっしゃぁぁぁぁぁぁああああああ!!!! 」
アーサーさんの渾身の雄叫びを皮切りに、歓声が沸きあがった。勝利の条件は、相手を円形闘技場の外に足を付かせること。だが、特例として、相手が戦意を喪失し負けを認めた場合も、勝敗が決したと認められる。
エーアガイツ団の人達が壇上によじ登り、次々にリゲルに駆け寄った。もちろん、最初にリゲルにたどり着いたのはアーサーさんだ。
「よくやった! よくやったぞー! 」
「でかしたぜ、チビちゃん! 大したもんだぜ!! 」
「痛い、頭かきまぜんなおっさん! それと誰すかチビっつった人! デニスさんだな、ちくしょう! 」
やった、勝ったんだ。
嬉しくて、みんなに揉みくちゃにされながら時折のぞくリゲルの笑顔がまぶしくて、きゅっと胸が締め付けられる気がした。
「ミアも行けばいいのにー? 」
いたずらっぽくアンナが言う。
「行くわけないじゃない。宿屋は冒険者を影から見守るものよ」
「泣いてるくせに、よく言うー」
にまにまと微笑むアンナから、慌てて顔を逸らす。ちょっとくらい、感動して目頭が熱くなったっていいじゃない。本当にめざといんだから、この女。
と、そっぽを向いた私に、上から声が降ってきた。
「ミア!! 」
見ると、アーサーさんたちに担がれた姿勢で、リゲルが満面の笑みでこちらに手を伸ばしていた。一体どうしろというのだろう? リゲルの手と顔を交互に見比べて首を傾げていると、焦れたようにリゲルがぐいと手を突き出した。
「来いよ! 祝杯、一緒にあげんだろ? 」
その時の私は、きっと間抜けな顔を浮かべていただろう。だって、得意げに歯をみせるリゲルにときめくなんて、私らしくないじゃない。
これはきっと魔法。
閃光の騎士が魅せた、一時の夢。
敢えて魔法にかかってみるのは、もっと馬鹿かしら?
誘われるまま円形闘技場に登った私は、リゲルの手を取って軽く引き、前に屈んだ彼の首にふわりと腕を回した。
「おめでとう、リゲル」
……あれ?
後でアンナに聞いたのだけど、会場はさっきとは違った種類の歓声でたいそう盛り上がっていたそうだ。そんなことも気がつかず、抱きしめたまま我に返った私は、耳まで真っ赤なリゲルと共に壇上で固まっていた。
やっちまった。
羞恥と自己嫌悪と諸々でぐちゃぐちゃになった私は、隣の人物をみることも出来ず頭を抱えた。一体、なんてことを仕出かしたのだろう。それも、大衆の面前で!
「……あ、あのさ」
「申し訳ございませんでした!! 」
躊躇いがちに口を開いた人物に、私は間髪入れずに頭を下げた。リゲルが困ったように、オロオロとしているのが見なくてもわかる。
己の羞恥なぞ、彼が受けた羞恥に比べたら如何に矮小であろう。
ていうか、自分でもなぜあのような暴挙に出てしまったのかわからない。強いて言うなら、無邪気に喜ぶリゲルに胸がいっぱいになったのだが、それが理由などとは口がさけてもいえない。
というか、笑顔が眩しくてつい抱きしめちゃいましたとか、どこのプレイボーイの言い訳だ。間違っても16歳女子の台詞じゃない。
「ミ、ミア? 」
そもそも、ときめいたってなんだ。私の初恋の人、ハルさんは永遠の王子様というか、リゲルとは全然違うタイプだ。伊達に長年片思いしてたわけじゃない、自分のトキメキのツボは自分でわかってる。なのに。
「おーい……」
そこまで考えて、私は恐ろしい可能性に思い当たってしまった。
リゲルは、嫌だったのではないか?
いくら猿で食いしん坊でも、リゲルは今をときめく駆け出し冒険者だ。そんな彼に密かに想いを寄せる女性もいるだろうし、逆にリゲルが好きな子もいるかもしれない。
それなのに、好きでもなければ、口を開けば小さな口喧嘩ばかりの私に抱き締められても、迷惑どころか不快だろう。
あ、なんか悲しくなってきた。
「おい、ミアってば……」
「嫌だったわよね」
は?と、精悍な顔に訝しげな色が浮かぶ。肯定されるのが辛くて、私は再びうつむいてしまった。
「リゲルに好きな子とかいたらさ、ちゃんと私説明するから。迷惑かけて、ごめんね」
「何言ってんだ、お前」
言いながら泣きそうになっていた私は、少し怒ったような声音に顔を上げた。実際、リゲルの意思の強い瞳には怒りが滲んでみえる。
「別に説明しなきゃならねー相手とかいないし、お前にそんな変な気を回される謂れもねーよ」
「だって、嫌だったでしょ? 」
「嫌なわけないだろ! そりゃ、驚いたけど、どっちかっつーと……」
そこまで言ったリゲルはなぜか尻窄みに言い淀み、みるみるうちに頬が赤くなった。え、なに? 気になる。
「あぁぁぁぁーーーー!!!! 王子サマが変なこというからぁぁぁーーーー!!! 」
唐突にリゲルが頭を抱えて叫びだし、挙動不審な彼の言葉を待っていた私はびくりと体を強張らせる羽目になった。私が悪かったから、頼むから暴れないで欲しい。
「とにかく! 」と、脅える私にリゲルが鼻息荒く言う。
「怒ってないから、お前もこれ以上気にするな」
「ほんとに……?」
「ほんとに、ほんと!! この話はおしまい! いいな! 」
そう畳み掛けると、リゲルは片手で顔を覆って、ぐったりと体の力を抜いた。そこには、腕自慢大会で見せたような鋭さも、全身から沸き立つ凄みも感じられない。いつもの、人懐っこくて甘い物が大好きなリゲルだ。
ちょっと可愛いかも、などとは決して思ってない。
……一体わたし、どうしちゃったのだろう。




