決勝(1)
いよいよ決勝の顔ぶれが決定し、街の外れに設置された円形闘技場も、見逃せない一戦への期待に胸をふくらませた観客が押し寄せている。
決勝に進出するギルドは二つ。まず一つ目は、王立軍の中枢を担う騎士らで組織されたアークティカ団。実力はトップクラスに関わらず、今まではリーダーのゼノが数名と見物に来ていたのみで、大会への参加は今回が初めてだ。
そして対するは、新生ギルド、エーアガイツ団。エーアガイツ団としての出場は初めてだが、団員は大会で上位を占める常連ばかりであり、多くの者にとって決勝進出は驚くに値しないことであった。
問題は、其々が選出した冒険者だ。準決勝では、壇上に登ったエーアガイツ団リーダーのアーサーの姿に、観客は驚いた。てっきり、アーサーを決勝戦で使うものだと、殆どの者が思っていたからだ。当然、大会の王者として君臨し続けたアーサーが準決勝如きで遅れを取るわけもなく、結果は圧勝。圧倒的な強さは健在だった。
そのアーサーの代わりに決勝という舞台を飾るのは、若き冒険者リゲル。
対するは、アークティカ団リーダーにして、氷の皇帝の異名を持つ第3王子ゼノ。
その二人が闘技場に同時に姿を現したことで、広間に歓声が巻き起こった。
観衆の熱と関係なく、リゲルの正面で涼しい顔を浮かべるゼノからは、興奮の欠片も感じ取れない。ただ、冷静にリゲルの力量を測るためここにいる。王子にとって、この大会はそれ以上でも、それ以下でもないのかもしれない。
その王子が、口角を緩やかに吊り上げる。
「決勝に我ら二人、か。約束は果たされた。嬉しく思うぞ」
「またまた。決勝に残れないなら、価値を見限るだけ。王子サマはそういう方針だろ? 」
「当然だ。だが、お前の仲間は俺を失望させなかった。それが重要だ」
四方から、観客たちから声援が聞こえる。その中に、聞き覚えのある声が混じり、ついリゲルは振り返った。観衆らの顔が並ぶ中を探し、そして見つけた。
エーアガイツ団の面々、そしてミアだ。波打つ銀髪、意思の強そうな瞳と美貌、この観衆らの中にあっても彼女の容姿は人目を引く。そのミアが、リゲルの視線に気づいたのか少年のように拳を突き出し、遠目にわかるようにゆっくり口を動かした。
「“絶対、負けるな”と言っているな」
ミアのメッセージに思わず頬が緩みかけたリゲルは、ゼノの言葉に我に返った。みると、ゼノはくつくつと笑いを漏らしていた。リゲルの中に、おさまったはずの苛立ちが湧き上がる。そう、市場でゼノがミアに詰め寄っているのを見た時のような。
「お前達はずいぶん仲がいいようだ」
「……王子サマには関係ないことだろ」
苦々しく吐き捨てると、それすらも予想通りの反応であったのか、ゼノに笑みが広がる。感情の一切を感じさせない、冷たい皇帝の微笑み。対峙した敵を委縮させる威圧感を放ちながら、ゼノが口にしたのは。
「あの娘を好いているのだな」
「はい?」
素っ頓狂な声を上げたリゲルに、ゼノが不思議そうに首を傾ける。
「何を驚いている。俺は、何か間違いを犯したのか? 」
「ちげーよ! てか、どういう思考回路していたら、ここでそういう話を振んだよ! 」
「そうか、 間違いであったか。ちなみに、俺はあの娘が気に入ったぞ」
「……………は? 」
思わず思考が止まり、リゲルはぽかんと口をあけた。
とてもじゃないが聞き流せない発言をぶっぱなした氷の皇帝、もとい、空気のよめなさも氷点下の王子サマは、ますます不思議そうに片方の眉を吊り上げた。
「動揺しているな。やはり、お前はあの娘を好いているのだろう? 」
「そ、そうじゃねーし。あんたが変なこと言うから 」
「では聞くが、お前にとって、あの娘はなんだ? 」
「俺にとって……? 」
「ねぇ、あの二人、何話してるの?? 」
「さぁ……、何か慌ててるっぽいけど」
アンナに耳打ちされ、私は首をかしげた。円形闘技場に上ったのに一向に剣を構える気配のないゼノ様とリゲルに、審判の人がおろおろとしている。一体何を話し込んでいるのやら、ここからじゃさっぱり聞こえやしない。
と、頭を抱えていたリゲルが勢いよく剣を抜いた。なぜだかやけっぱちな様子で、構えは冒険者のそれなのに、顔が真っ赤だからしまらない。
一方、平静にしか見えないゼノ様の方も、ようやく鞘から剣を抜き、音もなく構えた。
口々に叫んでいた観客が一瞬にして黙り、会場に静けさが訪れた。
「始まるわよ!」
「リゲル!」
ほっとした様子で、審判が試合の開始を告げる旗を掲げる。その旗が、思い切り振られた。私は、胸の前で両手を握りしめた。
「がんばって……!」
合図と共に、リゲルは地を蹴って踏み出した。それは、相手も同じだった。同時に仕掛けた二人がぶつかるのは、円形闘技場の中央。金属がぶつかり合う激しい音と共に、リゲルとゼノは空中で衝突した。
なんて重い一撃だ。リゲルは全身で堪えながらも、顔をしかめた。ゼノもまた、美しく整った顔を歪めている。力は完全に互角、軋む剣は互いに一歩も譲らない。
「レグルスの神よ」押し負けまいと剣に力を込めながら、リゲルは声を絞りだす。
「俺に、力を貸せ!!! 」
途端、レイピアが目のくらむほどの光を放ち、握る剣の柄に熱が生まれた。
白き石は、守護の石。その白き石で鍛えられた剣は所有者を守り、如何なるものをも跳ね返し、受け流し、打ち消す。究極の守りの剣。
「とぅりゃぁぁぁあっ!!! 」
その“守り”を、ゼノに向けて勢いよく揮う。守りの力は凶暴な刃と化して第3王子を襲い、為すすべもなく彼を闘技場から引きずり落とすはずだった。
「――剣よ、力を喰らえ! 」
ザンッという腹に響く音と共に、巨大な氷の壁が出現した。一瞬にして剣の「守護」を霧散させた氷壁に、リゲルは目を瞠った。
氷の皇帝との異名は、心の奥底まで凍りついたような、彼が放つ絶対零度の鋭さによるものだけではない。冒険者として、王国最年少の司令として、ゼノの剣は氷を自在に操り全てを凍てつかせ、無残に砕く。それぞ彼の真骨頂であり、名前の由来なのだ。
「こんなものか、閃光の剣士」
クリスタルのように透き通る氷の向こうで、ゼノが退屈そうに目を細めた。低めの声が氷に反響し、ひやりと会場に染み渡るように響く。
「こんなものでは足りない。もっとだ。もっと、」
俺を満足させてみろ。
ゼノの言葉を頭で理解するより早く、リゲルの体は動いていた。それは直感。本能か野性の勘か、冒険者としての根本が焚き付けられたかのような。
レイピアに切り裂かれた無数の氷の欠片が、二人を取り囲むよう漂い、勝手気ままに光を反射する。無数の欠片に映るゼノの鋭い眼差しを、同じく無数のリゲルの影が迎え撃つ。
「俺も、まだ足りない」
挑戦的な笑みが浮かぶのを自覚しながら、リゲルは剣を構えた。
「もっと楽しもうぜ、王子サマ!! 」




