偶然、ふたたび
意気揚々と歩いていくアーサーさんを見送っている時だった。
「でも、なんでリゲル君、王子さまに目をつけられているの? おかしくない?」
「知らねーよ。あいつが勝手に喧嘩ふっかけてきたんだ」
「相席しちゃったのが運のつきね。お互いに売り言葉に買い言葉してるんだから」
「いや、そもそもの話でさ」
アンナが頬に手を当てて首をかしげた。なんともあざとい仕草だが、本人は意識せずやっているのだから、たちが悪い。
「エーアガイツ団って、王都が招集したギルドでしょ。つまり、王様から直々に拝命しているわけで、その団員に息子の王子さまがケチつけるのも、変じゃない? 」
「あぁ、なるほど」
「まさかあいつ、自分が選ばれなかった腹いせとかじゃないだろうなー」
じと目になったリゲルに、ハルさんが首を振る。
「それはないよ。殿下をはじめ、アークティカ団の方々が選ばれなかったのは、王国軍としての役目があるからだし、殿下の側近や友人で固められたアークティカ団は、誰一人として欠くわけにはいかないという殿下のご意向からだよ」
「だったら余計、エーアガイツ団に文句つける必要はないのに……」
私が食い下がると、ハルさんは苦笑した。
「殿下は王国きっての実力主義なんだ。最年少で司令に就いたのも殿下自身の実力によるもので、相手の力を見極め、もっともそれが発揮される場所に配置する天才なんだよ。例え父王の命を受けたギルドであっても、この目で見極めるまでは信じない。あの方らしい考えだと思うな」
そういえばザクの酒場でも、その腕を証明してみせろと言っていた。リゲルはエーアガイツ団の最若手、言ってみれば一番の未知数だ。今回の腕自慢大会は、その未知数を自ら確かめる格好の機会だったということだろう。
だとしても、あんな挑発するような物言いしなくてもいいのに。リゲルでなくたって、あれでは腹を立てるというものだ。
アーサーさんの試合が始まるまで時間があったので、酒場でのやり取りを思い出しながら出店の周りをふらふらしていると、そのゼノ様とばったり出くわしてしまった。
というか、一応側近の人らしい、いかにも騎士団ですといった風貌のセクシーな男性を連れているとはいえ、仮にも王子さまが出店なぞ出歩かないでいただきたい。
「お前は、あの時の……」
どうやら、ゼノ様も私を覚えていたらしく、側近の方を片手で一歩下がらせた。
「ミザル・ブルクの娘だそうだな。宿屋の方はいいのか?」
「おかげさまで、なんとか片付きましたので」
「奴に声援を送りにきたのか。あの者にその価値があるかは不明だが、健気なことだ」
ゼノ様の言い方に、カチンとくる。この方はものすごく美形なのだけど、皮肉というか、突き放した物言いだけはなんとかならないものか。
「当然です。あの日申し上げた通り、ああ見えてリゲルは立派な冒険者ですから」
そう。例え食い意地がはっていて、真っ先に浮かぶのがリスのように頬張る姿であったって、リゲルは気高く勇気溢れる冒険者であって、私の恩人なんだ。
この際だから、言ってやる。ただでさえあの日を思い出してぶりぶりしていた私は、本人を前に青い瞳をまっすぐ見据え、宣言してやった。
「ご自身のポリシーを貫くのも立派ですが、よくも知らずに彼を見くびるのはやめて下さい。あなたが痛い目をみることになるわ」
「お前! 殿下になんという……」
「かまわん」
ゼノ様に止められた騎士団長さん(だと思う)は、音がしそうなほど私のことを睨みつけてきた。さすが騎士団長、その気迫に押し負けそうになるが、ここで負けては女が廃るというものだ。どんなに睨まれようが、私は間違っていないのだから。
セクシーな騎士団長と町の小娘、在りえない組み合わせで睨めっこ状態に陥った私たちを、ゼノ様は興味深げに見守っていた。と、ふと笑いを漏らした。
「ゼノ様……?」
ゼノ様は鋭く研ぎ澄まされた冷たい表情ではなく、純粋にこの場を楽しんでいるような、穏やかな笑みを浮かべていたからだ。
呆気にとられた私をそのままに、ゼノ様は騎士団長さんの肩に手を置いた。
「その辺りで引け、ディートハルト。娘をそう睨むな」
「しかし、殿下」
「お前の言葉を借りるなら、“大人げない”ぞ」
ゼノ様の言葉に、ディートハルトさんは頬を染め、口をつぐんだ。どう見たってゼノ様の方が年下なのにしゅんとしてしまったディートハルトさんを見て、彼が本当に主君としてゼノ様を慕っているのだと分かった。
「娘」目を細め、ゼノ様が私を見た。
「お前はこの後の勝負、あの冒険者が勝つと思うか」
「勝ちますわ。あの人は強いから」
「それは、俺よりも、か? 」
とん、と背中が壁にあたった。いつの間にか、私は壁際に追い詰められていた。触れてしまうほど間近に、ゼノ様の美しい顔があった。その瞳は深い青を称えていて、囚われたように私は動けなくなった。
「わかりません」声が震えそうになるのを抑え、私は答えた。
「私が知っているのは、彼が強い、とても強いということだけ。それだけで十分だわ」
光の洪水の中、私を庇う背中は大きくて。
恐怖に包まれていたはずの私が、あなたがいてくれたら大丈夫だと思えた。
それが、私の確信。私だけの根拠。
私を覗き込むゼノ様の唇が動いた。
「……え? 」
聞き返そうとした私の耳に、ばたばたと走る音と、聞き慣れた声が飛び込んできた。
「てめぇ!! 何してやがるーーーーー!!! 」
何事かと人々が道をあけるなか一直線に走ってきたリゲルは、こちらが止める間もなく勢いそのままゼノ様に飛び蹴りをした。
「リゲル?!」
「殿下! お下がりください!!」
さすがというべきか、少し後ろで控えていたはずのディートハルトさんが瞬く間に割って入り、リゲルの蹴りを受け止めた。止められたリゲルは、くるりと宙で回転すると、見事に着地してみせた。リゲルの顔を見て、私は驚いた。挑戦的に笑いながら、彼の目に怒りが滲んでいたからだ。
「おい、王子サマ。あんたが用あるのは俺だろ? そいつにちょっかい出す必要はないんじゃねーの? 」
「ほぉ……。猿ほどに身軽だが、思考回路も猿並とみえる」
ゼノ様は私から体を話してリゲルに向き直ると、氷の皇帝の笑みを浮かべた。
「何を勘ぐっているかわからぬが、俺はこの娘と“お話”していただけだ」
「待って! ゼノ様の言うことは本当よ。だから、落ち着いて」
なにやら穏やかでない雰囲気を醸し出すリゲルに、私の方が慌てた。もし、リゲルが掴みかかりでもしたら、ディートハルトさんが黙っていないはずだ。
リゲルは私たちを交互に見ていたかと思うと、唐突に近づいてきて私の腕を掴んだ。
「じゃ、“お話”終わったみたいだし、こいつ連れて帰るんで。後でまた、王子サマ! 」
「ちょ、ちょっと! 」
「ああ……。楽しみにしているぞ、――閃光の剣士」
リゲルに引きずられながら振り返ると、ゼノ様が満足げに微笑みながらディートハルトさんを連れて人ごみに紛れるところだった。濃紺のマントが完全に見えなくなるのを見送りながら、私はゼノ様の言葉を思い返していた。
「面白い娘だ」と、私を覗き込みながら、ゼノ様は言った。
「決勝でお前の目に俺がどう映るか、ぜひ教えてもらいたいものだ」とも。
第3王子でありながら、王国軍で頭角を現す若き天才軍師。
油断も甘えも許さない氷の皇帝は、きっと頂点に君臨すべく生まれてきた。
「リゲル……、聞こえている? リゲル? 」
「……聞こえてる」
私を引く背中に呼びかけると、やや遅れてぶっきらぼうな返事が戻ってきた。決勝前にゼノ様と会ったことで、ナーバスになっているのだろうか?ならば、なおさら伝えなきゃ。
「絶対、勝ちなさいよ」
例えお祭りの余興であったって、一度対峙すればそこは冒険者の世界。そこに立ちはだかるのがレグルス山だろうと王子さまだろうと、冒険者は挑み続け、宿屋はそんな彼らを支えるまでだ。私は、前をいくリゲルの背中をぽんと叩いた。
「勝って、今晩は盛大に祝杯あげるわよ!! 」
「……おう!あったりめーだ!」
戻ってきたのは、少年らしさの残る無邪気な笑顔。ぐっと親指を突き立てるリゲルに、なぜか彼に守られた時のように、胸を温かいものが満たしていくのを感じる。
ああ、そうだ。リゲルの笑顔は眩しいんだ。その真っ直ぐさに、思わずどきりとしてしまうほど。
願わくば、勝利の祝宴の中心に、あなたの笑顔がありますように。




