乙女
「すごく! ものすごーく、かっこよかったです!! 」
大きな瞳をきらめかせハルさんに詰め寄るのは、酒場の看板娘、アンナだ。きらきら度満載の友人の姿に、若干引きながらハルさんが手を振った。
「大熊さんのこと、二人の方に飛ばしちゃったね。驚いたでしょう? 」
「いえいえいえいえ。そこからのフォローがまた素晴らしかったというか。ずっきゅーんと、ハート射抜かれてしまったというかっ!」
「はいはい、そこまで」
暴走乙女モード展開中の友人に、ハルさんがますます引き気味になる。心優しいハルさんがこれ以上困らないように、私はアンナの首根っこを摑まえてひきはがした。
ハルさんの堂々勝利により、エーアガイツ団はベスト4に名乗りを上げた。対する第3王子ゼノ様率いるアークティカ団も着実に勝利を重ねており、ハルさんいわく、お互い順調にいけば決勝であたることになるそうだ。当然、決勝でアークティカ団が出してくるのは王子さまで。
「というわけだから、大会デビュー戦がいきなり決勝になるんだぞ。リゲル、そこんところ、ちゃんとわかってる? 」
「んふぅ? ふぁふふぁふぃふぃふぁふぃふぁ? 」
口にいっぱい食べ物を詰め込んだまま、リゲルがきょとんと首をかしげる。その手にはついさっき買いましたとばかりに、あらゆる出店で調達した食料が乗っている。
リゲルは合流してからずっとこの調子で、目のつく端から次々と食糧を買っては口にほうり込み、満足げにしていた。これで、今朝もいつも通りの量を食べてから出てきているのだから、末恐ろしい胃袋だ。
私の視線に気が付いたのか、ぱちくりと瞬きをした。
「お前も腹減ったの? これ、食う? 」
「いらないわ。あなた見ていたら、こっちまでおなかいっぱいよ……」
「俺は、この肉がうまかったな。あ、でも、お前甘いの好きだし、こっちの方がいいかな? 」
「人の話をきけ! 」
そもそも、これから大会に出る人がおなかを満たして大丈夫なのか。私だったら絶対途中でおなかが痛くなるか、目を回して気持ち悪くなっちゃう。
「ていうかさぁ」と、アンナが悪魔の笑みを浮かべる。とっても可愛らしいのに、角としっぽが見える気がするから不思議だ。
「食べかけのそれ、ミアにあげるの? それって、オトコの子としてマイナスだなぁ。それとも、ミアがそれ食べたら間接キッスしちゃうけど、リゲル君そっち狙い?? 」
「「間接キス? 」」
私とハルさんが同時に吹き出した。アンナが不満げに唇を尖らす。
「なによぅ、二人揃ってその反応。“思いがけないキスの予感に、どきどきの二人”。ロマンでしょう? 夢でしょう? 」
「だって、ねぇ……」
「たべもので間接キスだなんて、お子様じゃないんだから」
ハルさんと私は、笑いながら顔を見合わせた。
そりゃあ……、片思い初心者だった5歳の私は、ハルさんの食器を下げながらぽっと顔を染めたこともあった。だけど、その後はじゃぶじゃぶ洗うのだ。食器洗いの度にドキドキしていたら心臓も持たない。そんなわけで、すっかり耐性がついてしまった私なのだけど……。
「か……かん……? おれ、そういうつもりじゃ……」
リゲルは真っ赤になって震えていた。かちんこちんになってしまった彼は、耳まで赤く染まっていて。あまりに珍妙な光景にじっと見ていると、気づいたリゲルが手に持っていた食べ物をぱっと背中に隠した。
「や、やらねぇぞ! 食べたいなら買ってこい! 」
「いらないっつうの!」
お前は女子か?! 乙女なのか?! ていうか、その言い方だと私が振られたみたいじゃない!ハルさんとアンナも、声を殺して笑っていし……。
「……っ! そ、そんなことより、アーサーさん、決勝に出ないんですか? 」
「うん……そこは、やっぱりゼノ殿下との約束があるしね」
無理やり話題を変えると、ハルさんは涙を拭いながら頷いた。
過去5年間、アーサーさんは必ず決勝戦に選出メンバーとして出場し、大剣が繰り出す得意の大技決めにより優勝をかっさらってきた最強の冒険者だ。勝利の瞬間に上げる雄叫びは、もはやミザルの風物詩とまでも言われ、アーサーさんの活躍を楽しみに遠くの町からわざわざやってくる人もいるというのに。
「殿下との一件がなくとも、もともとアーサーは決勝にリゲルを出すつもりだったんだ」
「なんで? 団長さん、お祭りに向け張り切っていたんでしょう?」
「その方が、派手だからな」
「きゃっ?!」
ずい、とアーサーさんが私とアンナの間に顔を出し、私もアンナも飛び上がった。いつのまに傍にいたんだ。
「俺が出て、優勝するのも良かろう。うむ、よい眺めだ。だけど、観衆はどう思う? 大方、『また、ひげ面の大男が勝ちやがった。いい加減、強すぎて面白くないな』とか思う観客がいるかもしれない」
「自分でいっちゃうんですね」
「自分で言うなよ」
私とリゲルの声が重なる。そこ、アンナ、にやにやするのはやめなさい。
私たちの同時突っ込みは華麗にスルーして、アーサーさんが続ける。
「だが、リゲルが勝ったらどうだ。『これぞ、新星のごときスターの誕生! エーアガイツ団、上から下まで抜け目なし!』 湧き上がるのは、熱狂と歓声! つまり一言でいうと、めちゃくちゃかっこいいだろ? 」
お、おぉーと、ハルさん以外の3人の声がはもる。ひとり冷静に、ハルさんだけがアーサーさんの背中をぐいぐい押した。
「わかった、わかった。そろそろ、準決勝出場者は集合なんでしょ? もう行きなよ」
「おう! お前ら、俺の勇士をしかと見届けるのだぞ! 」
後ろ手にガッツポーズを決めて、アーサーさんの背中が勇ましく遠ざかっていった。集合場所で待つ、恐らくアーサーさんと対戦すると思われる冒険者の顔が、アーサーさんを見て引き攣った。
私は、相手の冒険者のために合掌をした。
大丈夫。あなたの勇士は、私がしかと見届けいたします。




