自覚
現在、私たちは大会が行われていた広場を抜け、ミザルの町中を流れる川辺に座っている。出店が立ち並ぶメイン通りから離れているためか、人影はまばらだ。今更だけど、そんな中でリゲルと二人っきりというのは、今だけは少し気まずい。
アンナは含み顔でどっか行っちゃうし、エーアガイツ団のみなさんも気が付いたらいなくなっちゃうし……。何故だろう、意図的に二人きりにされた気がする。
一体どうしたものかと考えていると、聞き慣れた深い声で呼ばれた。
「ここにいたのか。探したぞ、閃光の剣士」
「ゼノ様? 」
川沿いの煉瓦道に、ゼノ様がディートハルトさんを従えて立っていた。濃紺のマントに身を包んだゼノ様の胸には、王家の紋章が刻まれている。毎回のことだけど、いくらゼノ様自身が凄腕といえ、少しは身分を隠した方がいいのではないかと心配になる。
悠然と歩んできたゼノ様は、リゲルにすっと手を差しだした。それを見て、リゲルと私は顔を見合わせた。
「ええと、今度は何? 」
「数々の非礼を詫びたい。これはその証だ」
「ゼノ様……!そのように 詫びるなど」
抗議の声を上げたディートハルトさんを片手で制すと、ゼノ様はちらりと私をみた。
「その娘の言う通り、私はお前を過小評価していた。国を想う者として、この間違いを嬉しく思う。王立ギルドに名に恥じぬ力を、お前は証明してみせた」
リゲルは、ゼノ様の青い瞳と差し出された手を交互に見て、口角を吊り上げた。
「言いたいことはそれだけ? 」
すると、ゼノ様も表情を緩めた。国を背負う王族としてではなく、冒険者として、秘密を共有する友のようににやりと笑う。
「お前との戦いは楽しかったぞ。次は必ず勝つ。覚悟しておけ」
「上等だ! 」
ぱんと小気味いい音がして、二人の手が合わさった。固く手を握り合う二人は、ずっと前からの友人同士みたいだ。
私はほっと息をついた。氷の皇帝なんて呼ばれているけど、ゼノ様は全然悪い人なんかじゃない。胸に熱い闘志を燃やす国想いの騎士で、高みを夢見る冒険者なんだ。
そうそう、と立ち去ろうとしていたゼノ様は、足をとめて振り返った。濃紺のマントが風にはためき、ゼノ様の黒く艶やかな髪がふわりと流れた。なぜか、ゼノ様と私の視線が交わる。え、なに?
「少々、妬けたぞ。せっかくだ、このままものにしてしまえ」
「はい? 」
「お節介王子! さっさと行け! 」
よく聞こえなかった私のかわりに、リゲルがぎゃーと叫んだ。忠犬よろしく控えるディートハルトさんが「王子になんてことを! 」と表情を歪めたけれど、一方のゼノ様は愉快そうに笑い声を立てると、軽く手をあげて、今度こそ大通りに向かって歩いていった。
「ったく、いくら王族だからって、あいつ発言が自由すぎるだろ」
ゼノ様の背中を見送りながら、リゲルが呆れたようにぼやく。その様がおかしくて、私が吹き出してしまうと、リゲルが不満気にこちらを見た。
「なんだよ。俺、変なこと言った? 」
「だって、あなたたち、すっかり仲良くなっているんだもの」
「ああ……、まぁ、悪いやつじゃなかったな」
俺も楽しかったし、と付け足すリゲルの顔は、とても晴れやかだった。そんなこんなで、いつの間にか私達の間に流れていたぎくしゃくした空気は、すっかりどこかへ行ってしまった。それを嬉しく思いながら、「ねぇ」と私はリゲルに提案をした。
☆ ☆ ☆
この俺、リゲルという人間は、どうも様子が変だ。
こういうと、自分のことなのだから責任を持てと思うかもしれないが、自分で自分をコントロール出来ないのだから仕方ない。恐らく、こうなってしまった要因は、隣の娘――ミアのせいだ。
ミアはそんな俺の気も知らず、ごきげんに出店に並ぶ物珍しい雑貨に夢中になっている。
ギルドの先輩たちに含み顔で置き去りにされた時は天をお仰ぎかけたが、幸い、ミアの方はいつもの調子を取り戻したようだ。おかげで俺が時たま不自然な態度をとってしまうことを、彼女に気付かれずにすんでいる。
今、俺はミアが出店を見て回りたいというから付き合っているわけだけど、何かを見つける度にぱっと笑顔が花開く様を見ているのは楽しい。
だが、同時に、笑顔を向けられると胸がざわつくのだ。ざわつくと言っても、レグルス山でモンスターに出くわした時に感じるような嫌な感じではない。もっと、こう、顔を逸らしたくなるような。
「見て! ここから覗くと、すごく綺麗なのよ! ……リゲル? 」
俺が物思いにふけっていると、ミアが訝しげに整った眉を寄せて俺をのぞきこんできた。光り輝く銀の髪と、陶器のように透き通った肌、意思の強さを伺わせる緋色の瞳。人形のように整った美しい顔が間近に迫り、俺は飛び退きそうになった。
否、実際飛び退いた。
「ちょっと、何? 」
「あ、いや……、お、これ覗けばいいのか! 」
慌ててミアの手からひったくるように筒を受け取り、それを覗きこむ。あぶない、あぶない。ミアは腑に落ちない顔をしていたが、すぐに俺が奪った筒に感心がうつったようだ。
「ね、綺麗でしょ。ほら、こうして回すの」
ちょっと待て! せっかく取り繕ったのに、俺は再び心臓が跳ね上がった。なぜならミアが、触れてしまいそうなほど至近距離に体を寄せ、筒を握る俺に手を重ねてきたからだ。
花のように芳しい香りに、目の前がクラクラしてくる。おまけに耳の側で囁かれて、俺は全身がぞわりと逆立った。
「お、おおお!! きれーだな!! ありがとな!! 」
「はぁ? リゲルちゃんと見たの?? 」
「見た見た、すんげー見た。もー胸いっぱいだ」
ミアの手に筒を押し付け、俺はミアから素早く距離をとった。有難いことに、ミアは少し首を傾げただけで、筒に覗きこむのに夢中になっている。
俺はバクバクと主張する心臓をなだめようと、大きく息をついた。まったく、どうしちまったんだ、俺は。
実ははじめの頃、ミアへの印象はあまりよくなかった。
彼女はギルドの先輩であるハルさんに夢中な時期で、初対面の俺が辟易するほど恋する乙女全開だった。ハルさんは外見があんなだから騒がれることは多かったし、ミーハーな女の一人か、くらいにしか思っていなかったんだ。
だけどミアは、ちゃんと冒険者を見ていた。
仕事に誇りを持って、俺たちを支えてくれた。
恋にふわふわと浮かれるミアと、選んだ道の上で凛々しく夢を語るミア。両方が彼女の持つ顔だと知った時、俺がミアに対して持っていた感情はがらりと変わった。
気付くと、ミザル・ブルクで彼女と話すのを、楽しみにしている自分がいた。
あーいえば、こういう。俺達のやりとりは、大半がくだらない小競り合いだ。けど、そのくだらなさが、俺には心地よかった。
『お前にとって、あの娘はなんだ? 』
ゼノ王子の言葉が蘇り、俺の目は他にも商品を物色しはじめたミアを追った。
俺にとって、ミアはなんだ?
彼女に翻弄される感情に名前をつけるなら、それは何だ?
「見てよ、これ。何に使うのかしらね? 」
呼びかけられた俺の目に、置物だか人形だかを掲げるミアの腕に光る、青い石のブレスレットが飛び込んできた。それを見とめた瞬間、ぎゅっと心臓がわし掴みされたように痛み、俺はミアの腕を掴んでいた。
「いった……っ」
「悪い! 」
思わず力が入ってしまい、俺は焦った。だが、ミアの腕の細さに力をゆるめながらも、どうしてもその手を離す気にはなれない。彼女もさすがに変だと思ったのか、気遣うような顔で俺を見上げている。
「どうかしたの? 」
「それ」
「どれ? 」
「そのブレスレット! 」
「え、これ? 」
ミアがきょとんと首を傾げる。
「……俺、あんま好きじゃない」
「は?? 」
ミアの形のよい口から、間抜けな声が漏れる。そんな受け答えでも、ようやく自分の気持ちに自覚した俺には、顔が火照るには十分で。
ああ、ほんと、どうかしている。
俺、こいつのこと好きになっちまったみたいだ。




