益徳さんは、とてもとても孔明さんを心配しています。※
「……なぁ……本当に良かったのか? 」
龐家に姉や甥姪のことを良く良く頼み、屋敷を辞した孔明の背中に益徳は問いかける。
「……姉は、破天荒ですが、頭の良い人ですから大丈夫です。ご心配戴いてありがとうございます」
振り返り微笑む孔明に、益徳はムッとした顔で、
「違う!! 自分を追い詰めてるんじゃねえか、そう思っただけだ!! 」
「……そうしなければ……殿の妄執と、季常の野望を退けられません……。益徳どのには、申し訳ありませんが、殿を信用出来ないのです」
「……!? 」
「琉璃の実の父親だと解っています。ですが、琉璃にした仕打ちに、琉璃を見捨てただけでなく呼び戻した事といい……信用できないのです。均は自分は良いと……ついてくると言ってくれたけれど……それでも、信じなければいけないと解っていますが……」
顔を背ける。
益徳は、しばし考え込むと口を開く。
「兄ぃ……は、元々あんな性格じゃなかった……もっと穏やかで優しい人だった……。でも変わっていったような気がしたのは……麗月姉貴が逝った後からだ」
振り返る、孔明。
「麗月どの……? 」
「琉璃の母親。兄ぃが、初めて愛した女。西の道を通ってきた舞姫だ。琉璃は母親似だ」
少し遠い目をする。
「兄ぃが、酔っぱらいに絡まれてた麗月姉貴を助けた。で、親しくなり時々会うようになっていた。琉璃は淡い青の瞳はたれ目で幼い印象だが、麗月姉貴はキリッとした涼しげな眼差しに瞳は冷たい冬の空の色だ。美しく神々しい、人を超えたような女だった」
「……」
「あぁ、彩霞姉貴は迫力がある美女だが、凄絶でそれでいて壊れそうな儚さ、脆さが危うい感じでな……。兄ぃは、その矛盾した麗月姉貴を愛した。彩霞姉貴と麗月姉貴はとても仲良しで……相次いで身籠って嬉しそうだった。その頃、気の良い兄ぃが助けたのが甘の姉貴……甘絳樹。兄ぃに一目惚れして追っかけ回して、兄ぃが麗月姉貴がいると断ったら……甘の姉貴は兄ぃを手に入れたいと、自分が小さいが馬商人の娘であると明かした上で、父親が馬を提供する代わりにと。貧乏部隊だったしな……借金してた、その上俺は家を飛び出していたし、あの髭は塩の密輸に、元直と同じで恩のある人を殺され復讐した。兄ぃは小さい頃に親父どのを亡くしていて、母一人子一人で育てて貰った。これ以上苦労させたくなかったんだろう。結婚。麗月姉貴は妾になって……イビられてな……。最後は琉璃を生んで殺された……イビったのは……解るだろ? 」
「……」
言葉を失うというよりも、発言を控える。
……一度、勝利の挨拶に伺った玄徳の夫人たちの琉璃に対する態度に……。
「……琉璃は助かったが、絳樹姉貴は、母親に瓜二つの妾の子を忌み嫌い……兄ぃは何も言わず、そのまま放置……で、そうなった」
「奥方が、原因だから赦してやってくれと……言うのですか? そうして、琉璃は全てを棄てて軍に戻ったと言うのですか? その為に……その為に……失うのですか!! 私たちは幸せだった日常を!! 」
孔明の声に、気迫に益徳は圧倒される。
「大事な、大事な女性なら!! 守ればいいんじゃないんですか!? 違いますか!! 私はそうすると決めて、琉璃を妻として娶り、愛し、慈しんできました。琉璃は最初人に怯えて、少しずつ笑うように、私たちが敵ではないと解ってくれるようになりました!! それなのに、全てを捨てるように強要したのは殿だ!! その殿を赦せと!? 私に言い、それを琉璃に伝えろと!? 」
「……済まない、そうだったな……」
素直に頭を下げる益徳に、孔明は目を反らす。
「……済みません……決めた時に棄てた感情なのに……」
「いいや、構わない。聖人君子の主君が居ないように、完全に清廉潔白な人間はいないさ。……俺がその代表だ……。兄ぃの暴走を止めなかったのは……止めるだけの知識を、考え方を学ばなかった俺が悪い。責めるのは間違っていない。だから、もぐら……棄てないでくれ。……家族を……友を、心を!! 頼む!! もぐらは、無表情を保っているつもりだろうが、もぐらは一人一人に挨拶をする度に、表情が暗く陰っていく。……寂しそうに、哀しそうに、笑顔を浮かべ頭を下げると、花が一片一片、散っていくように感情を置き去りにして行く……。その痛々しい眼差しが……兄ぃの……麗月姉貴を失ったときの顔を……思い出す。思い出すんだ!! 」
益徳は目を伏せると、しばらくして顔をあげ苦笑する。
「……すまん……俺のエゴだ。過去を取り戻したかっただけかも知れねえ……」
「済みません……感情的になりました。そして、益徳どのを責めても仕方がないと解っているのです。……でも……一度空を駆けた竜は何処で休めば良いのです……? それを教えてくれる筈の存在が……そんな人間だったと知らされても、困惑しか……そして、そんな人間が私の手綱を牽く……それが許せると思われますか!? 妻を息子を、家族を友を……人質に……そして、ここに来る以外になかった琉璃は? 私は!? 誰に許しを乞えば!! 息子ですか!? 生まれたばかりの娘にですか!? 」
孔明の訴えるような声に、益徳は頭を下げる。
「……済まない……俺は許されたいんだ……きっと。許してくれと、そう言えば許されると思いたいんだ。……済まない……済まない!! これ以外、言えない!! 言えないんだ!! 」
「益徳どののことは赦しています。赦せないのは……解りますよね!? 殿を、雲長どのを、関平どのを……私は赦しません!! きっとずっと!! それだけは……益徳どのには、伝えておきます……では、行きましょう……自宅です」
二人は馬に乗り歩く。
臥竜崗に……。




