孔明さんは次々と順調に味方を得ているようです。※
火の手が上がるのを確認すると、元直は部隊を動かす。
普段なら、嬉々として戦場に出掛ける益徳だが、前方を見、眉を潜める。
「何だ? おかしいぞ? もぐら……孔明はもっとゆっくり静かに進むのを確認して、罠にかかったらと言うようにしていた筈だ」
「そうですね……」
二人の呟きに、一人の伝令が走りよってくる。
「張将軍!! 徐参謀!! 囮部隊の不始末に、我が軍の竜軍師が動きました。その為、指示を竜将軍がする、共に出陣すると!! 竜将軍は懐妊中です!! 如何すれば!! 」
「何だと!? 孔明が勝手に動いた!? どういう事だ!! 」
「囮役の関平どのが、敵を引き付けて草原の奥に引き込む筈が、敵の方向に走り伏兵の存在がいることを敵に!! 」
「なっ!? そんな大事なことを、何故。解りきった作戦だ。どうしてそんな馬鹿な真似をさせたんだ!! 囮部隊の参謀、季常に幼常は何をしていた!! 」
益徳の声に、伝令は、
「季常参謀は馬に乗れません!! 幼常副参謀が追いかけましたが、馬が追い付かず、竜軍師が!! そして、夏侯元譲と一騎討ちをし、そのまま草原に自ら誘い込んだとか!! それよりも、竜将軍が!! 出陣すると聞きません!! 」
「益徳将軍。ここは私にお任せ下さい。大丈夫です!! 」
元直は益徳を見る。
「お願いします!! 中間の部隊が混乱をきたすと、共倒れです!! 」
「解った!! では、頼んだ」
益徳は伝令と共に中間部に移動する。
「離して!! 戦いは好機を逃してはいけない!! 竜軍師の策略を成功させるのです!! 」
琉璃は、光華を走らせようとするが、数人の兵が取り囲む。
「なりません!! 竜将軍は、竜軍師の命令で我々がお守りすると誓っております!! 」
「でも!! 」
「おい!! 琉……子竜!! お前何をやってんだ!! 」
益徳は周囲に聞こえるように怒鳴る。
「妊婦が戦場に出掛ける、出すような下の下の策略を、お前のところの参謀が嬉々として出したのか!? おい、お前、言ってみろ」
近くにいた兵士に問いかける。
「い、いいえ!! 竜軍師は言っておりません!! 」
「なら、お前は出るな!! 軍略を練ったのはお前のところの参謀。動いたのは策を成功させる為!! 成功を信じ、待て!! ついでに、お前ら!! 俺が参謀が戻るまで共に戦ってやる!! お前らの竜軍師とやらの実力を曹孟徳に知らしめろ!! 行くぞ!! 」
「おぉ!! 」
益徳の一言に混乱しかけた一軍は纏まり、動き出した。
「おい、琉璃。亭主を信じて待っていろ、いいな? 」
益徳は囁き、そして戦場に出ていった。
怒号、地響き、そして金属のぶつかり合う音が、響く。
孔明は傷を仮に血止めし、そして本来の自分の部隊のいる場所に戻ろうと急ぐ。
「……お、お前は、何をしたぁ!!!? 」
怒鳴り声と共に何かを殴り付け、地に倒れる音がする。
「お前が、お前があんなことを!! もし負けたら何とするつもりだったのだ!! 今ですら五分五分だと言うのに!! お前は、お前はやはりあの娼婦の娘!! こんな者を娘と誰が思うか!! 出ていけ……出ていけ!! お前が脱走したと言えば、私には罪は及ばぬ!! そして、お前はそのままこの戦場で死んでしまえ!! 」
孔明が月花から降り、音をなるべく立てないように近づくと、雲長は両腕ではなく、両足で自分の娘を蹴りつけている。
琉璃を傷つけた親子であり、関平は先程の暴走と良い、琉璃を傷つけてきた件といい、好きになれないが、それ以上に雲長の、自分の仕出かした悪行を元妻であるあの彩霞に押し付ける小物ぶりに呆れ返り、口を開く。
「いい加減嘘八百並べ立てるのは、自分の恥をさらし見せつけるようなものですよ。ついでに、失策をした部下を軍略懲戒会議に立てずに追い出す権限が貴方にあるのですか? 」
娘を踏みつけたままの雲長は振り返る。
「そなた……」
「そして私的に罰を与えるような軍でしょうか!? あぁ、そうでしたね。この軍がそう言う軍だったと、先程一騎討ちをさせて戴いた夏侯元譲どのは言っておられました。そこまで軍規をないがしろにするとなると……武将は策略を侮り、策略を練る者も献策したくもなくなるでしょう… まぁ?)その影に隠れている敬弟は献策しようにも、その策が尽きてますからね……残念ですが」
皮肉った孔明は、自分にすがろうと見上げる関平を見下ろすと、冷たい口調で告げる。
「貴方は私の献策を、遂行できない役立たずです。貴方だけでなく、軍の主将である関将軍、参謀の馬季常、幼常兄弟も、献策を壊す部下を止めることもせず、放置、そして別部隊を率いる筈のこの私が動かねばならなくなった……人を侮るのもいい加減にしろ!! 」
孔明の怒鳴り声に4人はピシリッと凍りつく。
「役立たずの上に、自分が傷つけた元嫁の罵詈雑言しか言えない最低の将軍が!! 見てみろ!! お前たちを見る、部隊の人間の眼差しを!! 尊敬? 出来る筈はないだろう!! 関将軍は、糟糠の妻である彩霞様を何の不手際どころか、金遣いが荒く気位が高い夫の為に、自分の装飾や実家の財産を売り払い、そして、曹孟徳に仕えていた時に貰った物は置いていくと言う見栄を張った夫のお陰で、ほぼ無一文!! 彩霞様が自分の財産を使い家屋敷に家具、従者に侍女を揃え、暮らしていたと言うのに、側室を迎え子供が生まれたら、ころっと態度を変え、彩霞様を妾にし、離れに監禁。正妻に繰り上がった嫁は彩霞様の食事に毒を盛り、この将軍は彩霞様の財産で豪遊した‼ 」
ざわつく周囲に雲長は首を振る。
「私は、していない!! 」
「嘘をつくな!! そして屋敷を逃げ出し、益徳将軍の屋敷に助けを求めた彩霞様を強引に連れ戻そうとし、できないと解ると、こちらにも嘘を吹き込んだ娘の関平殿を連れ、義弟の益徳将軍の屋敷に再度侵入し、将軍の妻子に暴力を振るい、それでも足りないと、りゅ……子竜将軍の首を絞め殺そうとした。その様子に、彩霞様は貴方を身限った。そして、ここにはいられないと出ていったんだ!! 自分の過去を清算する為に、家屋敷を売って。買い取ったのは子竜将軍の養父殿の黄承彦殿。調度はそちらに引き渡しましたよね? 家屋敷は私と子竜将軍が住んでいますよ」
腕を組む。
「そう言えば、将軍の腕を折ったのは私ですよ。えぇ、身ごもっていて、心身共に疲れていた小さく華奢な子竜将軍の首を絞めて殺そうとしてましたよね? 引き剥がし、両方の腕を私がねじり折ったんですよ。何でしたら、次は首の骨折りましょうか? 簡単ですよ? 一瞬でいけます。嘘つきですからね。本当でしたら、それ位当然の行為をやったんですよ、貴方は。それともその髭剃ります? 良いですねぇ……髭のない美髯公素晴らしいですよ」
次々と暴露される主将の行いに、士気はみるみる下がる。
と、
「何をしている!! 戦放棄する気か!? 諸葛孔明!! 」
その声に振り返りにっこりと笑う。
「いえ。元々の部隊のいる戦場に戻ろうとしていましたら、関将軍が、軍議にかけていない失策を犯した部下を私的に暴行し、その上逃走を唆しておりましたので、止めておりました。それと共に、失策を止められなかった敬弟とその弟を叱責していたのです。軍も、この方々が次の指示を出さないと混乱しているようです。殿、如何すれば宜しいでしょう? 」
孔明の一言の裏を返せば、
『てめぇの義兄弟とはいえ、部下が勝手をやっている。それを許すのか? そうすれば、ここにいる兵や他の部下の士気も下がるし、信用も失うよなぁ? てめぇはどうする? 』(士元の口調風)
と言うことだ。
もし、義弟を庇えば、士気に信用までがた落ち。
義弟を庇わなかった場合は、義弟がもう一人減ってしまう……。
最近、末弟益徳は玄徳に近寄らない。
自分の傍には雲長がおり、顔を見たくないと、来たとしても引き返してしまうのだと言う。
これ以上は、避けたい、しかし……。
「解った。お前達、この4人を捕らえ新谷に引っ立てろ。戦闘が終わり、新谷に戻って軍議を行う。いいな? 孔明」
「畏まりました。では、縄を打て!! そして、一人につき5人付くように。特に雲長将軍、関平殿は厳重に。頼みますよ」
「はっ! 」
返事が揃う。
「では、残った者は、逃げ惑う敵兵をますます混乱させ戦意を喪失させ、投降させよ!! そうして、逃げる者を取り囲むのではなく退路を一部分残し、窮鼠のようにならないよう注意せよ!! 」
「かしこまりました。『臥竜』様!! 」
戦場に戻る兵を見ながら、苦々しげに玄徳が呟く。
「……きっちりしつけたではないか、短期間で……」
「殿と雲長殿のお陰です。では、私も戦場に戻りますが、皆の者、殿の護衛と罪人の逃亡防止に重点を置くように!! 何かされては戦に支障が出ます。頼みますよ」
「はっ! 解っております!! 」
「では殿、お気をつけて」
ひらっと愛馬に乗り走り去る孔明を睨め付けていた玄徳は振り返り、4人に腹立たしげに、
「では、戻るぞ!! そのままでだ!! 」
と、孔明に向ける筈だった怒りをぶつけ、怒鳴り散らしたのだった。




