08 魔鏡
神社を出発してしばらく。
一行は再び、凪の部屋に戻ってきていた。
部屋の中央に敷かれた座布団の上に鎮座する鏡。
みんな体力的にはへとへとであるが、それ以上に気がかりなのはこの鏡の正体だ。
四人はその周囲に円を描くように座り、さっそく検証を始めた。
「意外とちっちゃいんだな……教科書の写真だと、もっと大きく見えたけど」
「でも持ったら重いよ? ほら!」
「これ多分……歴史的価値も高いんじゃないかな。未久、取り扱いには注意してね」
「はーい!」
改めて見ると、やはり銅鏡はかなりの年代物のようだった。
しかし不思議なのは緑青の浮いている裏面装飾部とは対照的に、表側の鏡面には曇りひとつないということだ。
石造りの地下室に長年放置されていたと考えるならばあまりにも不自然で、本当にこの鏡が何か神秘的な力を持っているのではないかという気がしてくる。
「これ、どう使うんだろ? ここに相手の顔とか映るのかな?」
未久が鏡を覗き込む。
当然ながら鏡は彼女の顔と周囲の風景を映すのみで、特におかしなものが映り込むようなことはない。
「特に仕掛けがあるような様子もなし、か……」
今度は悟が鏡を手に取り、裏側や縁の合わせ目を丁寧に確認する。
「ただの古い鏡、って感じだけど……」
「――それには何か書いてないの?」
紗名が机の上の帳面を指さした。
確かに凪もその全文は読んでいない。凪は早速帳面を手に取って読み返す。紗名がそれを隣からそっと覗き込んだ。
流れる沈黙。
それを破ったのは未久の素っ頓狂な声だった。
「……ね、あれ!!」
皆の視線が未久の指さす先に集まる。そこでは窓から入った西日が鏡に反射して壁の一部を照らしていた。
「何だよ、光が反射してるだけ……ん?」
よく見ると、光に濃淡がある。
「……字、なのか?」
角度と距離を調整すると、光の中に文字が浮かび上がった。
“ これを見た方は
紙に返事を書き
その文章を鏡に
映してください ”
「これって……」
「す……すげえ!!」
鏡の形そのままの丸い光の中に浮かび上がったもの。それは明らかに誰かからのメッセージだった。
「これ……魔鏡ってやつか」
悟が呟いた言葉に、紗名と未久が頷きで反応する。
どうやらピンと来ていないのは凪だけのようだ。
「――学校で習ったでしょ? 隠れキリシタンがマリア像の映る鏡を使って礼拝してた、とか」
一見真っ平らな鏡面であるが、光を反射させると文様などの陰影が映る。
これは魔鏡現象と呼ばれるもので、裏面に施された装飾などが影響して表面部分に肉眼では確認できないほどの凹凸が生まれることにより起こる現象である。
「文章を鏡に映すって、祭でもやってたよな!?」
確か――祝詞を読み上げた後、それが書かれた紙を鏡にあてていたはずだ。
「あと太陽反射させて、光に白いのバサバサーッってしてたよ!」
「うん。昔はあの光の出方で豊作とか、災害とか……そういうの、占ってたってお父さんが言ってた」
千守神社で行われていた、鏡送りの儀。ヒントはその中にあった。
その手順が、実は時を超えた『交信』を目的としていたのではないか――そう考えると、全ての辻褄が合ってくる。
「でもメッセージのやり取りなんて、聞いたことないよ?」
紗名の疑問に、悟が答える。
「千守神社で行われてるのは、たぶん形骸化した儀式だろうね。今に伝わってるのは『形』だけ……肝心の『交信』に必要な鏡は、ずっと地下室に眠ってたわけだし」
「――紙!! 紙!!!!」
凪がバタバタと机を漁り、書道用の半紙と油性ペンを引っ張り出した。
慌ただしく文字を書き、それを鏡に押し当てるようにして映す。
「……これでいいのか?」
メッセージによればこれが『返信』の手順ということになるだろう。それに対する返事はまた、光の中に現れるのだろうか。
凪はさっそく鏡に光を反射させてみるのだが――
“ はじめまして
鏡を見てお返事しました ”
映し出されたのは凪がたった今書いたばかりのメッセージだった。
「あれ!? 俺が書いたやつ……?」
『魔鏡』とは言っても、そのメカニズムは単なる物理現象であり、映し出す内容がそう簡単に変化するようなものではない。
しかし今、それは目の前で更新された。
つまりはこの時点で相当な怪現象に遭遇していることになるのだが――四人はこの出来事をすんなりと受け入れ、大いに盛り上がった。
「すげえ! 返事は来てないけど、これだけでも十分すげえ!」
「なあ凪、こっちの場所と、あと年号とか入れたらいいんじゃないか?」
悟の提案に、凪は頷く。
“ はじめまして
鏡を見てお返事しました
こちらは平成29年
場所は中津町天原です ”
メッセージを書き足し、再度鏡にあてる。光を反射させてみると、映し出される内容も変化していた。
「これでよし、と。あとはメッセージを書いた誰かがこれに気付いてくれれば……」
凪たちは期待に胸を膨らませながら数分おきに光を反射させてみる。
だが、いつまでたっても映し出される内容には変化が見られなかった。
「これ、ここに相手のメッセージが出るってことで合ってるよな?」
「まあ、相手だっていつも鏡の前にいるとは限らないし……」
「通知機能とか、既読とか、そういうのあったらいいのにねー」
「そもそも」
悟が静かに口を開いた。
「これが別の時代に送られてるという証拠は、まだ何もないよな」
確かにそうだ。
今ここで鏡のメッセージが更新されていたとしても、それが未来か過去の鏡に届いているのかは定かではない。
納屋で見つけた記録、廃神社の地下室、謎の銅鏡。
そこに現れた『誰か』のメッセージと、『映す』ことで内容が変わる自分たちの返信。
だが、すべてが本物であると証明するには、相手からの返事が必要だった。
「今日はもう……ここまでか」
山の稜線に太陽が沈み、部屋を夕闇が包み始める。
結局この日はこれ以上の進展は見られず、凪たちは返事を確認できないまま解散の時を迎えることとなった。




