↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/56

42 破壊と再生

 山道を抜け、鳥居の前に立ったその瞬間――空気が変わった。


 湿った冷気が肌にまとわりつき、背筋を這い上がるような寒さが全身を包む。

 それまで感じていた森の匂いは唐突に途切れ、代わりに何かが腐ったような不快な臭気が鼻を突いた。


「……うわ」


 目の前に広がる光景に、未久《みく》が思わず声を漏らす。

 その声は静まり返った境内にやけに大きく響いた。


 石畳はひび割れ、石灯籠が横倒しになっている。

 社殿の梁《はり》からは千切れた注連縄《しめなわ》が垂れ下がり、崩れ落ちた瓦があたりに散乱している。


「井戸はっ……!」


 参道の脇に目を向けると、そこには吹き飛ばされた石蓋と、ぽっかりと口を開けた闇があった。


「何が起きたら、こんな……」


 悟《さとる》が低く呟く。


「……中、空っぽ?」


 未久《みく》が恐る恐る井戸に視線を送る。

 内部には不気味な闇が広がっているが、そこに邪悪な気配は感じられない。


「みっこ、ちょっと周り警戒しといてくれ」


「わかった!!」


 凪《なぎ》と悟《さとる》は視線を交わし、井戸の内部へと足を踏み入れた。

 階段を降りた先には、見覚えのある石室が広がっている。


「……鏡、無事か?」


 後ろから悟《さとる》が尋ねる。

 凪《なぎ》は数歩進んだところで立ち止まり、呻くように答えた。


「あっ……たけど……」


 言葉が、続かない。


 そこにあったのは鏡の“残骸”だった。

 美しい円形だったはずの鏡は無残に歪み、折れ曲がっている。


 黄泉《よみ》の属性に縛られ、本来なら触れることすら叶わないはずの鏡。

 それをイザナミは――自らの身体を代償にして、ここまで破壊したのだ。


 その執念が石室内の壁や床にもべっとりと染みついているような気がして、息が詰まりそうになる。


 身震いしながら周囲を見渡す凪《なぎ》だったが――

 ここにあるのは、壊された鏡と、怨念のような激情の残滓《ざんし》だけだった。


「他は……何もない――か」


 数秒の沈黙を挟んで悟《さとる》が発した言葉に、凪《なぎ》は小さく頷く。


「……戻ろう」


 胸の奥に重苦しい感覚を抱えたまま、壊れた鏡を手に階段を上る。

 地上へ戻った凪《なぎ》たちを待っていたのは、変わらぬ静寂だった。



「鏡、だめだった……」


 凪《なぎ》は皆に見えるよう、壊れた鏡を差し出した。


 明るい場所で見ると、その損傷がよりはっきりと分かる。

 鏡は変形しているだけでなく、その表面は曇り、かつて宿っていたはずの神秘的な輝きは完全に失われていた。


「……酷いな」


 悟《さとる》がそう呟き、鏡を受け取ったその瞬間――手のひらから、温かく柔らかな光が溢れ出した。


「悟《さとる》――お前、それ……!」


 凪《なぎ》が思わず声を上げる。

 それは、未久《みく》が力を使う時に放つ光とよく似ていた。

 だが胸に迫る感覚は異なり、その光は深く静かな落ち着きを感じさせる。


「え……なに、これ……?」


 一番驚いているのは悟《さとる》本人だった。

 光は手から腕、肩、そして全身へと巡り、壊れた鏡を覆うように広がっていく。


 瞬くように揺らぐ光の中で、鏡は徐々に変化していった。

 歪みが消え、亀裂は塞がれ、曇っていた表面に澄んだ光が戻る。


 光が消えた時、そこには元の姿を取り戻した鏡があった。



「……直っ……た?」


「え? え? どうなってんの!?」


 未久《みく》が裏返った声を上げる。


「わか……らない」


 悟《さとる》は自分の手を見つめ、何度か握ったり開いたりするが――もう光は現れなかった。

 やがて静かに顔を上げ、凪《なぎ》を見る。


「でも、これで……飛べるんじゃないか」


 凪《なぎ》たちの心に、希望が灯る。


 鏡は戻った。少なくとも、そう見える。

 ならばここで立ち止まっている時間は、ない。


「よし、急いで家に戻って――」


「……ちょっと待って」


 悟《さとる》はリュックを開け、中から鏡を取り出した。


「え!? なんで持ってきてんの!?」


「井戸が開いたって聞いて、嫌な予感がしたんだ。家に置いたままだと危ないだろ」


 封印が破られた今、いつどこからイザナミが現れてもおかしくない。

 もし鏡が家に置かれたままだったら――取りに戻る余裕はなかった。

 悟《さとる》の行動は直感的なものであったが、結果的にこの状況ではそれが唯一の正解だった。


「よし、今回も井戸の中で飛ぼう。外は危険だ」


 凪《なぎ》は善三《ぜんぞう》の方を振り返る。


「じいちゃん、世話になった。その体は……なんというか――」


 言葉を濁す凪《なぎ》に、善三《ぜんぞう》は短く、そして力強く言った。


「気にするな。いいから早く行け――あいつが戻ってくる前に」


 その言葉に、凪《なぎ》たちは深く頷いた。



 井戸の縁で別れを告げ、石蓋を閉じて階段を降りる。


 石室内に鏡を設置し、表面にライトを当て――

 この時代へ来た時と同じ手順で、凪《なぎ》たちは “入り口” を作った。


 白い光と、渦巻く風が凪《なぎ》たちを包む。


「行くぞ」


 凪《なぎ》の声に合わせて光の中へ踏み出すと、三人の姿は静かにこの時代から消えていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。