33 封じられた道
悟の家を出てから一時間ほど。
凪、悟、未久の三人は、曳石神社へ続く山道を黙々と登っていた。
木々の間を抜ける風が、落ち葉をかすかに揺らす。
踏みしめる足音だけが、森の静寂を切り裂いていた。
あれから未久の家に寄り、悟から未久に説明をしてもらった。
――もう一度『基地』に行こう。あの場所なら、菊枝のことも何か分かるかもしれない。
その言葉に、未久は黙ってただ小さく頷いた。
おそらく――悟の声に含まれたわずかな緊張を、敏感に感じ取ったのだろう。
未久はすぐに支度をし、二人とともに家を出た。
「今日、紗名は葬儀に参列しているはずだから――連絡は控えた方がいい。
あとで戻ったら、ちゃんと報告しよう」
道中、悟が未久に念を押す。
冷静で正確な判断を下せる彼の落ち着きは、やはりこのような状況では頼もしい。
やがて濃い緑の向こうに神社の鳥居が見えてきた。
鳥居をくぐった瞬間、ふっと空気が変わる。
森とは別の静寂が三人を包み込み、まるで薄い霧が境内を漂っているかのような感覚に、自然と肩がすくんだ。
手水舎の裏には、以前と変わらず苔むした井戸がぽつんと佇んでいる。
凪は石蓋に手をかけ、ゆっくりと押しのけた。
地中から冷たい空気が立ちのぼり、かつての記憶を呼び起こす。
三人は地下へと続く階段を慎重に下り、暗闇の中に足を踏み入れた。
あの日と同じ、湿り気を帯びた土の匂い。
誰かが触れた痕跡すらない、変わらぬ闇。
けれど、今日はひとつだけ違うものがあった。
石組みの地下室――その壁際に、ひっそりと鏡が立てかけられている。
「……ほんとに、あった」
凪は震える手でそれをそっと持ち上げた。
階段を上がって地上に出ると、陽光を受けて鏡がきらめく。
凪が持つ鏡と重さも大きさもほぼ同じだが――装飾の細部にわずかな違いがあるようだ。
「これが――『未来鏡』……」
これで――二枚の鏡がようやく揃った。
あとはこれを使って過去に飛ぶだけだ。
猿合の廃屋で見た菊枝の手記には、清吉から伝えられた時間跳躍の手順が書き記してあった。
手記はイザナミによって焼かれたものの、凪の記憶には鮮明に残っている。
二枚の鏡を向かい合わせ、未来鏡から過去鏡へと光を反射させる。
そして放たれた光を照射させると、それが “入口”になるのだという。
「ここじゃ、ちょっと無理か……」
神社の周囲は鬱蒼と茂る森に覆われ、太陽の光はほとんど届かない。
実行には、日の当たる場所が必要だ。
「一度戻ろう。前に休憩したあの場所――あそこなら開けてる」
悟の提案に、二人も同意した。
山道を引き返し、光の届く場所を目指す。
鳥のさえずりや風に揺れる枝葉のざわめきが、緊張を少しずつ解いてくれる。
あと少し――そう思った矢先、未久が突然、ぴたりと足を止めた。
「……どうしたみっこ、疲れたか?」
「もう少しだよ、未久」
凪と悟が声をかけても、未久は返事をしなかった。
ただ青ざめた顔で、前方をまっすぐに見つめている。
「――?」
二人はその視線を追った。
木立の隙間。
ゆらぐ影の中に、ありえないものが見えた。
そこにいるはずのない人影。
――紗名だ。
深い黒の上着と長い黒のスカートをまとい、胸元にはブラウスの白が冷たく浮かび上がっている。
肩に垂れた黒髪が風に揺れ、その両手は脱力したように垂れ下がっている。
遠くて表情は読み取れないが、その視線は――確かに三人を射抜いていた。
森の空気が一瞬で凝固する。
葬儀の最中のはずなのに、どうしてここに――凪の思考が白く霞む。
隣で悟が小さく息を呑んだ。
「……見つけた」
囁きにも満たないほど小さな声。
しかしその声は風の音を乗り越えて、耳の奥に鋭く刺さった。
紗名の姿がゆらりと歪む。
胸の奥で、何かが激しく警鐘を鳴らしていた。




