24 明かされた因縁
凪は動揺を悟られないよう、表情を取り繕って紗名の方に向き直った。
「お前……どうしてここに――“怖い思い”って、なんだよ」
その問いに、紗名がいたずらっぽく微笑む。
「凪……ちょっと頑張り過ぎ。せっかく私がいろいろ動いてるのにさ、全部台無しにしちゃうんだもん」
何だ、何を言っている?
「だから、もういいの。もう、いいんだ」
耳に届く声は、いつもの明るい紗名のものだ。だがその響きの奥に、どこか耳鳴りのような不快な音が混じっているように感じられる。
「紗名……だよな?」
名前を呼ぶと、紗名は笑顔のまま目を細め、まっすぐに凪を見つめ返した。
風が二人の間を吹き抜け、時間だけが異様に引き延ばされていく感覚にとらわれる。
やがて紗名は視線を逸らし、ゆっくりと口を開いた。
「私はね――黄泉津大神。……まぁ、『イザナミ』って言った方が早いかな。知ってるでしょ?」
紗名の口からその名が告げられた瞬間、凪の背筋は凍りついた。
違っていてほしいと思っていた。だが、その願いはあまりにもあっけなく砕け散った。
震える凪の唇から、かすれた声が漏れる。
「……は? お前何言って――」
「――私はイザナギと一緒にこの国を産み、神々を産んだ。命を落とした私を、イザナギは黄泉の国まで迎えに来てくれた」
以前調べた伝承そのままの内容だ。
イザナミは火の神カグツチを産み落とした際に火傷で死に、黄泉へと堕ちた。
イザナギは彼女を連れ戻そうと黄泉を訪れたが、腐り果てたその姿を見て恐怖に駆られ逃げ出してしまう。
そして黄泉比良坂まで逃げのびたイザナギは、そこへ千引の岩を置いて、道を塞ぐ。
「でも、話はそこで終わらなくて」
自らをイザナミだと名乗った紗名が、ゆらりと身体を揺らす。
「私は黄泉の国に留まった。いえ、出られなかった。でもその代わりに、私は黄泉津大神の力を手に入れたの。先代の大神を殺してね」
見慣れた紗名の姿、聞き慣れた紗名の声――しかし淡々と告げられるその言葉は、凪にはまるで異国の言語のように遠く感じられた。
「でね――」
イザナミは囁くように言葉を続けた。
「黄泉の国を抜け出した私は、地上に逃げた“あの人”を追い続けた。いつまでも、いつまでも。
時が経ち、“あの人”が何度転生しようとも――時代を超え、距離を超え、どこまでも追い続けた」
そして――黄泉比良坂の因縁は、再びこの地で目を覚ます。
同じ日に、同じ土地に生まれた八尋凪と平坂紗名。
この二人に、イザナギとイザナミの神格が宿ったのだ。
「それ以来――私と凪は幼馴染として、一緒に過ごしてきた」
凪は言葉を失った。
目の前にいるのは、自分の知っている“平坂紗名”ではなく、彼女の姿を借りている“イザナミ”という女神だったのか。
――って、いうか……俺の中にも”イザナギ”!?
なんだよ、それ……!
情報の整理が追いつかない。
「お前、いつから……」
「いつ? 最初からよ? 私は最初からずーっと私。
”平坂紗名”の人格なんて、一度も表に出たことがない。
ふふ……本当の紗名ちゃんは、どんな子だったんだろうねぇ?」
衝撃で、息が詰まる。
しかし――喉を震わせ、凪は無理やり言葉を絞り出した。
「嘘だ……お前は紗名だ! どう見てもただの女子中学生じゃないか。そもそもそんな古代の神が、スマホとか使えるはずが――」
「当り前じゃない。もう何年“紗名”やってると思ってるの」
笑みが鋭さを増す。それは、凪の知る“幼馴染”には決して浮かべられないはずの表情だった。
「私はこの時代で平坂紗名として生まれ、凪と一緒に人生を過ごし、そして――」
ひと呼吸置き、イザナミはさらりと言い放つ。
「凪を殺して、また生まれるところからやり直すの」
その声には怒りも悲しみも感じられない。
人間の感情をとうに捨て去った存在だけが持つ無機質な冷たさだけが、そこにはあった。
「もう何千回もやってきたことなんだよ? そして……これからも、ずっと――」
頭がくらむ。
自分にはまったくその認識がないまま、死んでは戻り、また死んでは戻り……
「……うっ、うげぇっ!!」
吐き気が込み上げ、胃液が喉を焼いた。




