19 二枚目の鏡
菊枝の記録に現れた、『清吉』という人物。
彼はメッセージの中で、菊枝の身に迫る危険を伝えていた。
菊枝の時代より過去の人物が、なぜ彼女のことを知っているのか。
ここに記された『イザナミ』という名が、凪の夢と一致したのは単なる偶然なのか。
謎は深まるばかりだった。
だが、清吉と名乗るその人物は、まるで事情をすべて知っているかのように語っていたのだ。
そして彼は、こう告げていた。
“こちらの時代へ来なさい”、と。
「菊枝が……江戸時代に?」
唐突で、信じがたい話だ。
だが、時を越える力をもつ鏡の存在を知ってしまった今、それもまるきり不可能とは言いきれない。
そのためには鏡が“二枚”必要だと、清吉は説明していた。
「え……二枚!?」
そう、鏡は、二枚存在していた。
菊枝が使用していたのは、社殿に安置されていた鏡。
凪たちはそれが何らかの理由で地下室へ移動したものと考えていた。
だが――違っていたのだ。
地下にあったのは、もう一枚の“別の鏡”。
菊枝は社殿の鏡とは別に、地下室で“二枚目”を発見していたのだ。
“ もう一枚の鏡は封じられてしまっています。
でも大人たちは台風被害の復旧で忙しそうにしているので、
誰にも迷惑をかけないよう見に行けるかもしれません。 ”
それが、帳面の最後のページに記されたメッセージだった。
水害の直前、村中が災害復旧に追われていた頃に書かれたもの。
つまり、この記録からは菊枝の安否はわからないということだ。
だがそれでも、このメッセージは凪の胸に確かな希望の灯をともした。
「そうか――菊枝は、江戸時代に行ったんだ!」
清吉の助言に従い、菊枝は過去へ渡った。
それなら、彼女の“行方不明”にも説明がつく。
菊枝を江戸時代へと送り出した二枚の鏡。
地下室で見つけた鏡は、今も凪の手元にある。
だが、もう一枚――社殿にあった方の鏡は、昭和十二年の水害で流されたと伝えられている。それを今から見つけるのは、限りなく不可能に近い。
「あの鏡じゃ……ダメなのか?」
凪の脳裏に浮かんだのは、先日千守神社で見た“あの鏡”。
神事で使われていた、御神体の鏡だ。
それがもし、本来の鏡ではなかったとしても――御神体として祀られている以上、何らかの“力”を宿している可能性はある。
頼れるものは、もうそれしかなかった。
「なあ、紗名、お前んちのあの鏡――」
言いかけた凪に、紗名は眉をひそめた。
「……やっぱり、そう来ると思った」
「なんで嫌そうなんだよ」
「だって、これがもし本当だったら……凪、行こうとしてるでしょ?」
「あ、いや、それは……」
「それとね――」
紗名は諭すように言葉を続ける。
彼女によれば、本殿は常に施錠されており、神職のみが入ることを許されているのだという。
「鍵の場所は……まぁ、わかるけど」
「――頼むよ紗名! お前だって菊枝のこと……知りたいだろ?」
「それは……もちろん私だって心配だけど――」
「だろ? だったらさ、協力してくれよ!」
「でも……」
「頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む!!!! それがダメならもう一回猿合行くか、あとは曳石神社ぐらいしか――」
「…………」
「紗名っ!」
「――わかった」
「え……ホントか!?」
「鍵、こっそり持ち出してあげるから。そのかわり、もう危ないところへは行かないで。いい?」
凪は勢いよく頷いた。
「……ありがとう、紗名!」
紗名はため息をつきながらも、どこか諦めたように呟いた。
「ほんと、もう……無茶ばっかり」
「でも、これで繋がるかもしれないんだ……時代を越えて」
「まだ、確証はないけどね」
「それでも、試さなきゃ始まらない」
そう言って、凪は拳をぎゅっと握りしめた。
「決行は今夜、夜中の十二時。境内で待ってる」
「……うん。気をつけて来てよ」
紗名は自宅へと戻り、やがて夜の帳が静かに降りてくる。
交わらぬはずだった時代と時代が、ひとつに繋がろうとしていた。




