17 廃墟の村
曳石神社までの道のりは、先日と同じ。
しかしその先、猿合へ向かう道は荒れ果てていた。草木が生い茂り、道の形すらわからない。
かつての登山道には手すりやロープの跡があるが、いまや朽ち果てて使い物にならない。
「これは……厳しいな。足元、気をつけろよ」
「うん、大丈夫」
他愛のない会話でも、そこに誰かがいるという安心感が心の支えになる。
紗名と一緒に来てよかった、凪は心からそう思った。
やがてふたりは廃墟となった集落の一角にたどり着いた。
打ち捨てられて数十年。今では人の立ち入ることのなくなったエリアに、家々の残骸が点在している。
屋根が落ちたもの、壁の抜けたもの――まさに瓦礫の集まりだ。
当然のことながら人の気配はなく、静まり返っている。
しかしその様相は数十年の年月を経てもなお、当時の暮らしを生々しく実感させるものであった。
「紗名、大丈夫か」
「うん。なんか、怖いね……ひっ!?」
野鳥の群れが一斉に飛び立つ。
けたたましく風を切るその音は、予期せぬ侵入者の来訪に警告を発しているかのようだ。
世の中から切り離されたようなこの空間。
あちこちの建物、その一つ一つの内部から誰かに見られているような――
ひょっこりと誰かが出てきてもおかしくない、そんな感覚に襲われる。
「あれ、かな……」
善三から聞いた情報を手がかりに、凪は城山家とおぼしき家屋を見つけ出した。
「紗名、ここで待っててくれ」
不安げに頷く紗名を残し、凪はひとり家の中へと足を踏み入れた。
土間と居室部分だけで構成された質素な造りの家。ここには当時菊枝とその両親の三人が暮らしていたという。
「これ……は?」
崩れかけた壁の隙間に何かが挟まっている。
それは八尋家の納屋にあったような古びた帳面で、壁と壁の間に埋もれるように存在していた。
――この位置からじゃ無理だな。床下から……
凪は一度外へ出ると、家屋の床下へと潜り込んだ。
狭い隙間に腕を差し入れ、手探りで帳面を引き寄せようとする。
「クッソ、あとちょっとなんだけど――」
ミシッ
「凪ッ――!」
外で紗名が短く声をあげる。
その直後、家全体が軋むような音を立てて崩れ始めた。
「凪っ!? なぎぃーーーーっ!!」
全壊した家屋を前に、紗名の悲痛な叫びが響く。
轟音から一転、あたりは再び不気味なまでの静寂に包まれた。
「あ……あ……」
呆然と立ち尽くす紗名。
しかし次の瞬間、その耳がかすかな物音を捉えた。
「――ふぃー、あっぶな……!!」
がらりと音を立て、瓦礫の影から凪が顔を覗かせる。
その手にはしっかりと、帳面が握られていた。
「もう!! だから危ないって……!」
紗名が駆け寄り、凪に詰め寄る。
「わりぃ。でも、お前は中に入んなくて正解だったな」
実際のところ、間一髪だった。
崩れ始めた時には、とても間に合うタイミングではないと思ったのだが……偶然にも、瓦礫は綺麗に凪の周囲を避けるように落下したのだ。
「もう! もう! もうっ!!」
涙目になりながら、凪の胸に拳を叩きつける紗名。
その姿が、凪に懐かしい記憶を呼び起こさせた。
――ちっちゃい頃はよくこうやって癇癪を起こしてたっけ。
いつもしていたように、頭にそっと手を置く。
その途端、張り詰めていた紗名の感情は一気に決壊した。
大声をあげて泣きじゃくる紗名を、凪は無言で撫で続ける。
高く上った太陽と、蝉の声。
木々の間を抜ける風が、二人をやさしく包み込んだ。




