15 災害の記憶
「あの、昔の災害記録とか、そういうの調べられませんかっ!?」
図書館に着くと、凪は一直線にカウンターに駆け寄った。
司書の案内を受け閲覧した町史で、凪はその記録に辿り着く。
タイトルは『中津町史』となっているものの、そこには合併以前の天原村に関する記述もしっかりと含まれていた。
それによると、昭和十二年八月二十七日、通過した台風の残した影響で河川が増水し、農業用ダムが決壊。
これにより土砂崩れと大規模な浸水が発生して、村の低地部を中心に死者10名、行方不明者1名、建物の倒壊8棟という被害が生じている。
「――よし!」
凪は自宅に向かって走った。
靴を脱ぐ間ももどかしく、自室に駆け込んでメッセージを送信する。
時間や被害範囲についても特定できたので、それも文章に盛り込んだ。
その後、インターネットでもいくつかの記録にたどり着くことができた。
何度も、何度も――凪は繰り返しメッセージを送った。
だが――いつまで待ってもあちらからの反応はないまま、日付だけがむなしく過ぎていった。
八月二十七日、災害当日。
夏休み最後のこの日、皆は早朝から凪の家に集結して鏡の確認を行っていた。
光の中に現れるメッセージには、やはり変化はない。
「頼む――――!!!! 頼むよ!!」
こんなに焦燥感を覚えたのはいつ以来だろうか。いや、ここまでの気持ちになったのは生まれて初めてかもしれない。
運命の時刻が迫り、それを過ぎる。
「クソ……ッ!!」
水害を回避することはできなかった。過去の天原村において、水害は起こってしまった。
落胆する凪たち。重苦しい沈黙が流れる。
そのとき不意に――部屋の入口から声がした。
「おまえら何しとんじゃ、朝っぱらから大声出して」
「なんだ、じいちゃんか。朝早いな……なッ!!?」
声の主は、善三だった。
昭和十二年の水害で命を落としたはずの祖父は、今日に至っても元気に暮らしていた。
凪からすれば、昨日までは祖父のいない世界であったはずだ。
しかし、昨日も、それ以前も――祖父のいた記憶は確かに、ある。
何とも言えない心持ちで祖父の顔をまじまじと見る凪。
他の三人もまた、戸惑いの表情で祖父に挨拶をする。
「おぉ、それは……」
善三は鏡に目を止め、懐かしそうに呟いた。
「どこへ行ったかと思っていたが……お前たち、これをどこから見つけた?」
過去の水害を鏡のお告げにより回避できたという話をする善三。
鏡は鉄砲水のどさくさでどこかへ流失してしまっていたらしい。
凪が神社の地下室で見つけたことを伝えると、善三は不思議そうな顔をして答えた。
「はて、地下室? そんなものは初耳だな。確かに古井戸はあるが……開けてみたことはないぞ」
菊枝が使っていた鏡。
それを地下室に置いたのは善三ではなかった。
であれば鏡はどんな経緯をもってあの地下室に移動したのだろうか。
凪はさらに善三に伝える。
「ていうかあのな、じいちゃん……」
凪からの話で、『お告げ』を送ったのが自分の孫だったと知った善三は目を丸くして驚いた。
「――俺、その鏡を使って菊枝って子とやり取りしてたんだよ」
「菊枝!? 城山菊枝か!」
城山菊枝は当時天原村に複数あった小作人の家に生まれた娘だった。
ある時善三は、曳石神社でご神体の鏡を持った菊枝を発見し、いたずらをしていると思い込んで菊枝を叱りつけ、家に帰らせた。
鏡はこの時、自宅に持ち帰り納屋への保管を行ったのだという。
水害当日の朝、台風は去り雨は上がっていたものの、既に床下浸水の被害なども出ていた。
ここでご神体の鏡を安全な場所に移そうとした際に、善三は鏡のメッセージに気付く。
用水路などの補修にあたっていた村人たちは、善三の呼びかけにより作業を一時中断し、安全なところへ避難して難を逃れた。
「ただな……」
善三は表情を曇らせ、言葉を続けた。
「菊枝だけは……救えなかった」
小作人の住む集落は天原村の猿合と呼ばれる地区にあった。
猿合は村の中心部から離れた険しい山中の傾斜地であり、本来であれば人の住める環境とは言い難い。
しかし、この水害においては逆にそれが功を奏した。
高台にあったその集落は、鉄砲水による被害を受けなかったのだ。
菊枝の両親が自宅へ引き返そうとした時には既に水が来てしまっており、家までの道が分断されていた。
水が引いて移動ができるようになり、駆けつけた両親が見たものは――元気に走り回る鶏と、無人の我が家であった。
当時は神隠しと言われ、菊枝はそのまま村に戻ることはなかったという。
鉄砲水の被害を抑えることはできた。しかし――
凪は唇をきつく噛み締めた。




