12 眠れぬ夜の気配
「かんぱーい!!」
風呂上がりの身体に夜風が心地いい。
余った薪で焚火をしながら、凪たちはペットボトルで乾杯をした。
先程シャワーのついでに館内の自動販売機で買ったものだが、このタイミングで冷えた飲み物を飲めるというのは非常にありがたい。
「菊枝の時代には自販機もないんだよな」
「そっかー! 教えてあげたらびっくりするねー!!」
話題は自然と菊枝のことが中心となり、凪たちは焚火を囲んでしばし語らった。
グループチャットと変わらないような他愛ない会話も、こうした場所では特別な時間になる。
時が経つのも忘れ、凪たちはいつまでも語り合った。
やがて消灯時間となり、凪たちは焚火を消してテントに入ったのだが――
「――ねむくない」
夜の九時である。普段ならまだまだ起きている時間であり、いくら昼間の疲れがあるといってもそうすぐには寝付けない。
凪は横になってしばらくもぞもぞと寝返りを打っていたが、ついに耐えきれなくなって口を開いた。
「なあ悟――」
返事がない。
耳を澄ますとかすかに穏やかな寝息が聞こえる。
「適応力すげえな」
凪は静かにテントを出て、焚火跡の前で腰を下ろした。
電波は届くようなので、眠くなるまでの時間つぶしとスマートフォンを取り出す。
「凪」
不意に背後から声がして、振り返る。
「――紗名か。眠れなくてさ」
「もう。明日も早いんだから寝ときなさいよ……って私もなんだけど」
紗名はそう言っていたずらっぽく笑った。
「……ね、あっちの方、行ってみない? 昼間見たとき、いい感じの景色だったから」
「ん、行ってみるか」
スマホのライトを頼りに川沿いの道を歩く。整備された歩きやすい道を進んで行くと、やがて東屋が見えてきた。
現代風のモダンなデザインが施されたベンチに、二人並んで座る。
「みっこは?」
「もう寝たよー」
「こっちもだよ。悟のやつ、すぐ寝ちゃって」
「あはは。そういうマイペースなとこ、地味ーに共通点なんだよねー」
不思議だ。祭の時はあんなに緊張したのに、今日は落ち着いて話せている。
こんな山の中だ。本能として紗名を守らなきゃいけないという気持ちが働いているのだろうか。
「消灯時間になったら照明も全部消えちゃうんだね。真っ暗だぁ」
「熊とか出るかもなー」
「大丈夫、凪を狙う悪いヤツは、全部私が追っ払ってあげる」
――いや、立場逆だろ。
確かに運動能力は紗名の方が高いかもしれない。そして頭は確実にいい。
このままだと守るどころの話ではないが、凪も男として頼れるところを見せたい、とは思う。
とりとめのない会話を続けながら、凪の心はそわそわと揺れていた。
祭の夜、改めて意識した紗名への想い。今こそぶつける時ではないのだろうか。
夏休み、夜のキャンプ場、二人きり――シチュエーションはこれ以上ない程に整っている。
不意に訪れる沈黙。
単なる会話の切れ目なのだが、ここが覚悟の決めどころだ。男として、気合いを見せる時だ。
凪はごくりと唾を飲み込むと、意を決して口を開いた。
「あの、さ――」
「じゃ、そろそろ――」
二人の声が重なる。
「あっえっあっ、何だ、紗名?」
「え、そろそろ戻った方がいいかなって思って……凪は?」
「あ、俺もそれ……言おうと思って……」
来た道を戻り、二人がそれぞれのテントに別れる。
心に残った言葉にならない想いを抱きながら――凪もやがて、眠りに落ちていった。
再び静寂に包まれるキャンプ場。
穏やかに更け行く夜、月の光さえ届かない暗闇の中、凪の眠るテントに向けられた、刺すような視線。
――その存在に、気付く者は誰もいなかった。




