10 些細な疑問
“ 私の家は八尋さんから
農地をお借りして小作をしています。
鏡のこと、ごめんなさい。
あとで八尋さんの家に謝りに行きます。 ”
返ってきたメッセージは、凪たちを驚かせるには十分すぎる内容だった。
菊枝は八尋家を知っていたのだ。
同じ村に住んでいるのだから当然と言えば当然だが、これにより菊枝が本当にこの土地で生きていた人物だということが、より現実味をもって凪たちに迫ってきた。
「でもさ、菊枝が知ってるのって……俺たちのじいちゃんとか、ひいじいちゃんとかの世代だよな」
「いま生きてたら九十一歳の城山さんか……このあたりにはいないよな。凪ん家とも関係あるし、そんな遠くじゃないと思うんだけど」
「どこかに……引っ越しちゃったのかな?」
「会ってみたい会ってみたい!!」
駄々っ子のように手足をばたつかせる未久。
その様子を眺めながら、凪は何かに気付いて表情を変えた。
「ちょっと待て。今の時代の、九十一歳の菊枝――さんって……俺たちのことを知ってることになるのか?」
数秒の沈黙のあと、紗名がぽつりと口を開いた。
「うーん……交信に成功したのは今日だから、昨日までは知らなくて今日は知ってる、ってことになる?」
「……どゆこと?」
きょとんとした顔の未久に悟が代わって説明する。
「つまり、この交信によってパラレルワールドの分岐が起きてるかもしれない、ってことだよ」
「ぱられる……わーるど?」
「そう。交信が成功した世界と、してない世界が同時に存在してるって考え方。交信が成功した瞬間、俺たちを知ってる菊枝さんと、知らない菊枝さんに分かれて、それぞれ別の世界線に存在してる。今こっちの世界にいるのは俺たちを知ってる菊枝さんだね」
「あ、あたまがこんがらがらがら……」
タイムトラベル系の漫画などでよく見かける内容だ。
過去に干渉すると、未来も変化する。そしてその結果、こういった平行世界がいくつもできたりする。
それ自体に良いも悪いもないのかもしれないが、そうした改変を監視・阻止するタイムパトロール的な存在が登場するのも、お決まりの展開だった。
「なんだか俺もよく分かんないけど……とりあえず返事送っとくか」
凪は半紙にさらさらと筆を走らせ、それを鏡に映した。
“ いいっていいって
むしろ話がややこしくなるから
黙ったままでいいよ ”
こちらの時代において、鏡はあの地下室から見つかった。
つまり、菊枝は最終的にきちんと神社に鏡を戻したということになる。
ならば特に咎められる理由もないだろう。
それにもし彼女が八尋家に謝りに行ったとしたら、この交信のことも過去の時代で認知されることになる。
それが現在にどのような変化を及ぼすのか想像もつかないが、できることなら余計な波風は立てたくなかった。
菊枝は真面目な性格のようで、はじめは凪の提言に戸惑いを見せたが、数度のやり取りの末、ためらいつつもそれに同意してくれた。
「――っと。そろそろか」
話は大いに盛り上がり、夢中になって交信を続ける凪たちであったが――もう日没の時間が近い。
まだまだ話し足りない思いを残しつつも、菊枝と明日の約束を交わしてその日の交信は終了となった。
交信が終わっても凪たちは興奮冷めやらぬテンションのまま、会話に花を咲かせる。
菊枝は悟の家である久志岡家、紗名の家である平坂家、未久の家である桃瀬家についても知っていた。
菊枝の知らない現代の知識や言葉や道具。
自分たちの知らない天原村の出来事や文化。
聞きたいことも、伝えたいことも、尽きることはない。
皆を見送った後も凪は自室でひとり、スマホで撮影した菊枝のメッセージを何度も見返すのだった。
それ以降、凪の家は自然と『集合場所』となった。
昼間は鏡を介して菊枝と会話し、夜はグループチャットでその感想を語り合う。
それが、凪たちの夏休みの日課になりつつあった。
〈 みっこぉ 〉 凪ちゃん、明日はこれ聞いてみて!! 『独占! 菊枝ちゃんへ100の質問』!!
〈 凪 〉 100個は多いって! そんなに書ききれないから
〈 みっこぉ 〉 はぁ~残念。現代はスマホでこんなに便利なのに
〈 さな 〉 スマホでも100個は大変じゃないかなあ…
〈 久志岡悟 〉 なあ、今俺たちは過去の時代と交信してるけど、未来からのメッセージとかって来たりしないのかな
不意に悟が投げかけた一言。確かにその通りではある。
これまでのやり取りは凪の時代と昭和十二年の菊枝の時代の間でのみ成立し、他の時代との繋がりは全くない。
だが、鏡が『時代を超える』という特性を持つのであれば、未来と繋がる可能性も……ないとは言えない。
もっとも、今のところ鏡にそれらしい機構は見当たらないし、凪が納屋で見つけた記録にも接続先の変更方法などは記されていなかった。
〈 凪 〉 まあ、気にしなくてもいいんじゃないか? 下手にいじって菊枝の時代と繋がらなくなっても困るし
凪の返答に、すぐさまスタンプの嵐が返ってくる。
自分たちは、この現象の原理を解明したいわけじゃない。
何かを証明したいわけでも、誰かに公表したいわけでもない。
ただ――
ひとり増えたこの『仲間』との会話を、少しでも長く楽しみたいだけ。
それが、凪を含めた全員の、変わらぬ想いだった。




