第39話:ローデンの街と相部屋
それからしばらく馬車に揺られ続け、空が僅かに赤みを帯び始めた頃。
「皆様、ローデンの街が見えてまいりましたよ」
御者の声に、俺は窓から身を乗り出すように外を覗き込んだ。
街道の先には、高い石壁に囲まれた大きな街が見える。
「やっと着いたかぁ……」
俺は凝り固まった身体をほぐすように、座ったまま背伸びをした。
「もう少し乗ってたら、尻が座席の形に変形するところだったぞ……」
「カイルさんでも、馬車に乗っているだけで疲れるんですね」
リリアが意外そうな顔をして俺を見る。
「当たり前だろ。俺は農民であって、馬車の部品じゃないんだぞ」
「カイルなら、荷台に縛り付けておいても平気そうだけどね」
いつの間にか目を覚ましていたセシルが、リリアの肩に頭を預けたまま言った。
「人を荷物扱いするな」
そんな話をしているうちに、馬車はゆっくりと速度を落とし、ローデンの街の門をくぐっていった。
街の中は、これまで立ち寄った街よりも人通りが多かった。
道幅も広く、左右には三階建ての建物まで並んでいる。
中央通りでは、商人たちが店先に商品を並べ、行き交う人々に声を張り上げていた。
「結構、大きな街なんだな」
「ローデンは北部の街へ向かう人たちが、一度は立ち寄る街ですからね」
ミナは窓から街並みを眺めながら答えた。
「宿屋や飯屋も多いですし、必要な物は大抵ここで揃えられると思います」
「そいつは助かるな。俺の調味料も、そろそろ減ってきたところなんだ」
「まず食べ物の心配をするところが、実にカイルらしい」
向かいに座るノアが、眠たそうな顔で呟いた。
「食い物は大事だぞ。腹が減ってたら、モンスターと戦う気も起きんだろ」
「……空腹でも戦わされるのが勇者だけど」
「それは国に文句を言え」
俺がそう答えると、ノアは小さく笑った。
馬車は中央通りを抜け、やがて冒険者ギルドの前で止まった。
俺たちは御者に礼を告げ、それぞれ荷物を手に馬車から降りていく。
「んんんっ……!」
地面に足をつけたリリアが、大きく両腕を伸ばした。
「ようやく思い切り身体を伸ばせますっ!」
「勇者様が、人前でそんなに気の抜けた姿を見せていいのか?」
エリオが呆れたように言う。
「いいんですよ。今は任務中じゃないですし」
「街に入った時点で、誰が見ているか分からないだろう」
「エリオさんは相変わらず真面目ですねぇ」
「お前が気を抜きすぎなんだ」
二人のやり取りを眺めながら、俺たちは冒険者ギルドの中へ入った。
ローデンのギルドは、ベルクスのものと同じくらい大きかった。
受付の前には何人もの冒険者が並び、奥に併設された酒場からは賑やかな声が聞こえてくる。
リリアとエリオは胸元の勇者の紋章を出し、並んで受付へ向かった。
「第38勇者隊、勇者リリアです。ローデンの街に到着しましたので、ご報告に参りました」
「第35勇者隊、エリオだ」
二人が名乗ると、受付嬢は紋章を確認し、手元にあった帳簿をめくり始めた。
「第35勇者隊と第38勇者隊ですね。お待ちしておりました」
「……お待ちしていた?」
リリアが嫌な予感を覚えたように、僅かに表情を引きつらせた。
受付嬢は奥に置かれていた箱から、王国の紋章が押された一通の封書を取り出した。
「王都から、両勇者隊に対する任務の要請が届いております」
「また王都からですか……」
リリアはがっくりと肩を落とした。
エリオは特に驚くこともなく、封書をじっと見つめている。
「任務の内容は?」
「詳しい説明は、明日の朝に支部長より行われます。本日はすでに遅い時間ですので、ギルドで用意した宿にてお休みください」
「明日でいいんですか?」
「はい。支部長も現在は別件の会議に出ておりますので」
どうやら、街に着いて早々、危険な場所へ放り出されることはないらしい。
それを聞いたリリアは、目に見えて安心したように息を吐いた。
「なら、今日は何もしなくていいってことだな」
俺がそう言うと、リリアは困ったように俺を見る。
「ですが、王都からの依頼ですよ? 内容くらいは気になりませんか?」
「気にはなるけど、今ここで考えたって分からんだろ」
俺は窓の外へ目を向けた。
すでに空は赤く染まり、街の店も少しずつ明かりを灯し始めている。
「明日の話は、明日聞けばいいさ。今日は飯を食って、風呂に入って、さっさと寝よう」
「……カイルさんらしいですね」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
受付嬢から宿の案内書を受け取った俺たちは、ギルドを出て指定された宿へ向かった。
案内された宿屋は、ギルドから歩いて数分ほどの場所にあった。
中へ入ると、受付にいた恰幅の良い主人が俺たちを見回したあと、案内書に目を落とす。
「勇者様御一行で、全部で七人だな」
「はい。部屋は空いていますか?」
リリアが尋ねると、主人は帳簿を確認しながら答えた。
「三人部屋が二つと、二人部屋が一つ空いてる。女性は三人ずつに分かれてもらって、男性二人は同じ部屋で構わないか?」
「ああ、俺は別に――」
「構わない」
俺が答え終わるより早く、エリオが即答した。
しかも、先程までより僅かに機嫌が良さそうだった。
「……なんで、ちょっと嬉しそうなんだよ」
俺が尋ねると、エリオはすぐにいつもの澄ました顔へ戻った。
「別に嬉しくはない」
「じゃあ、なんで俺より早く返事したんだ?」
「ようやく男同士で、落ち着いて話ができると思っただけだ」
「それを嬉しいって言うんじゃないのか?」
「違う」
エリオはきっぱりと否定する。
だが、その口元には僅かに笑みが残っていた。
「エリオさん、カイルさんともっとお話ししたかったんですね」
クラリスが微笑ましそうに言うと、エリオは露骨に眉を寄せた。
「クラリス、余計なことを言うな」
「なるほど。俺ともっとお話ししたかったのか」
「お前も調子に乗るな」
「照れなくてもいいぞ。今夜は朝まで付き合ってやるからな」
「やめろ。気持ち悪い言い方をするな」
エリオは嫌そうな顔をしているが、本気で嫌がっているようには見えなかった。
そんな俺たちのやり取りを見て、リリアたちは顔を見合わせる。
「なんだか、随分と仲良くなりましたね」
「男同士でしか分からないものがあるのかもしれない」
「つい最近会ったばかりなのに、随分と仲良くなりましたねぇ」
好き勝手なことを言う三人を見ながら、俺は宿の主人から部屋の鍵を受け取った。
エリオと仲良くなったつもりは、まだない。
だが、少なくとも最初に会った時よりは、ずっと話しやすくなった気がする。
「それじゃあ、荷物を置いたら飯にするか」
「賛成ですっ!」
リリアが元気よく手を挙げる。
その横では、セシルとノアまで同じように手を挙げていた。
「私もお腹減った」
「私も」
「お前ら、馬車の中で菓子を食ってなかったか?」
「それと夕食は別です」
三人は示し合わせたように答えた。
俺は思わず、隣に立つエリオへ視線を向ける。
「……お前のところも、大変そうだな」
「お前にだけは同情されたくない」
エリオは深いため息を吐いた。
どうやら、勇者隊が違っても、苦労するところは大して変わらないらしい。




