07 告白
「おお! ようやく戻ったか! 帰りが遅えから心配してたんだぞ!」
ギャムレイが荷台を降りると、すぐさまそんな言葉を投げかけられた。
一座の者たちが身をひそめていた、雑木林である。ギャムレイのもとに駆け寄ってきたのは、全身を青く染めあげたトゥーイであった。
「おう。店を回るのに、ちょいと時間を食っちまってな。……他の連中はどうしたんだ?」
「みんな荷台で、ピノの顔を拝んでるよ。俺は見張りで居残ってたんだ」
そんな風に語りながら、トゥーイはぐっと身を乗り出してきた。
「それで、成果はどうだったんだ? ちっとはクルグの実ってやつを手に入れられたのか?」
「へへ。細工は流々、仕上げを御覧じろ、だ」
トトスの手綱を木の枝に繋いだペテルが荷台に乗り込み、ひとかかえもある包みを担ぎ出す。そのさまに、トゥーイは目を丸くした。
「それが全部、クルグの実なのか? そいつは大した成果じゃねえか!」
「えへへ。み、みんなギャムレイのおかげですよ」
厳つい顔立ちをしたペテルも、子供のように笑っている。
しかしギャムレイも、いつまでも浮かれてはいられなかった。
「ところで、座長に急ぎの用事があるんだよ。悪いけど、引き続き見張りを頼むわ」
「おう。ノッドなんかも首を長くして待ってるだろうからな。さっさとその成果を見せてやりな」
笑顔のトゥーイに見送られて、ライラノスの手を引いたギャムレイと包みを抱えたペテルはピノの育て場所である荷車に近づいていく。すると、こちらが声をかけるより早く扉が開かれた。
「ああ、騒がしいと思ったら、やっぱりあんたたちだったのねぇ。首尾はどうだったのかしら?」
顔を出したのは、踊り子のラミカである。その妖艶なる面にも、期待と不安の思いが広がっていた。
「首尾は上々さ。ただ、座長に話があるんで通してくれ。ペテル、お前は見張りを頼めるか? それで、トゥーイのやつにも事情を説明しておいてくれよ」
「は、はい。決してあやしいやつは、ピノに近づかせません」
ライラノスの不吉な言葉に関しては、クルグの実を買い集めるさなかにペテルにも伝えておいたのだ。純朴なるペテルは、すぐさまその顔に決死の覚悟をたたえた。
包みはラミカに手渡され、ギャムレイはライラノスとともに荷台へと上がり込む。
するとそちらでは、ダルドロとノッド、シャントゥと黒猿の子がピノの草籠を取り囲んでいた。
五歳児ぐらいの大きさに育った黒猿の子は草籠の縁に手をかけて、ピノの姿をまじまじと見つめている。ピノは切れ長の目でそれを見返しながら、小さな小さな手で黒猿の頬をぴしゃぴしゃと叩いていた。
普通であれば怖気を振るうような光景であるのかもしれないが、ギャムレイにとっては微笑ましい限りである。黒猿とピノは、まるでまったく似ていない兄妹であるかのようであった。
「ほら、ノッド。こんなにたくさんクルグの実が手に入ったわよぉ」
ラミカが床に置いた包みを広げると、ノッドは瞳を輝かせつつも「ふん」と鼻を鳴らした。
「ざっと百粒ってところかい。ま、初日の成果としては上々だね」
「おう。お前ら、本当によくやってくれたな。世話をかけるが、これからもよろしく頼むぜ?」
ピノがいるために、ダルドロは声量を抑えている。ただそのごつい顔には、いつも通りの陽気な笑みがたたえられていた。
「ああ。それに関しては、まかせてくれ。ただ別件で、ライラノスの話を聞いてもらいてえんだ」
もう荷台は人でいっぱいであったため、ギャムレイはライラノスだけをダルドロの正面に座らせる。ライラノスは挨拶の声をあげる手間もはぶいて、陰々と語り始めた。
「座長……わたくしは、座員の方々の星を読まないようにと言いつけられております……ですが、迫りくる凶運に座員の星が大きく関わっているならば……どのように取り計らうべきでしょうか……?」
「うん? さっぱり意味がわからねえな。もうちっと、俺にもわかる言葉で話してくれや」
「我々のもとに、大きな凶運が迫っているのです……そしてそれは、座員の御方の過去の振る舞いに起因しております……そして……このままいけば、座員の何名かが魂を返すことになるでしょう……」
ノッドは険悪に眉をひそめ、ラミカは怯えたように首をすくめる。
しかしダルドロは、きょとんと目を丸くしていた。
「ずいぶん物騒なことを言うもんだな。要するに、座員に恨みを持った誰かが悪さを仕掛けてくるってことか? いったいどの座員が狙われてるってんだよ?」
「……それを口にすることを、許していただけますでしょうか……?」
「ああ。星読みなんぞを頼るのは俺の流儀じゃねえが、そこまで聞かされたら気になっちまうからな。とりあえず、誰が狙われているかだけでも聞かせてくれや」
「それは……そちらのラミカでございます……」
ラミカは顔面蒼白となって、荷台の壁にもたれかかった。
「あ……あたしが何だっていうのよ? まさか……」
「かつてあなたと袂を分けた何者かが、我々のもとに迫っております……そしてその者が、恐るべき凶運を携えているのです……」
ラミカは、ガタガタと震え始める。
そこで、ギャムレイも声をあげることにした。
「実はムロンパで、いかにも怪しげな男に声をかけられたんだよ。美味い稼ぎ口がどうとか言ってたが、今にして思えば俺に声をかける口実だったのかもしれねえな」
「ふん。そいつは、どんな野郎だったんだ?」
「貧相な小男だったよ。こう、下顎の辺りに古い刀傷が残ってたな」
ギャムレイの言葉に、ラミカは「ああ……」と身も世もなくくずおれた。
「やっぱり、あいつだ……あいつはまだ、あたしのことをあきらめてなかったんだ……」
「ふん。まったく、執念深い野郎だな。ラミカと別れてから、どれだけ経ったと思ってやがるんだよ」
ダルドロは深刻ぶることなく、毛むくじゃらの肩をすくめる。
ライラノスが口を開こうとしないため、ギャムレイが問い質すことにした。
「座長もあいつを知ってるのか? あいつは、何なんだよ?」
「俺も、ツラまでは知らねえよ。ただ、ラミカってのは――」
そこまで言いかけてから、ダルドロはラミカを振り返った。
「って、仲間の昔話は詮索しねえって約束だったな。どうするよ、ラミカ?」
するとラミカは力なく身を起こし、ダルドロの逞しい腕に取りすがった。
「お願い……あたしを見捨てないで……」
「馬鹿野郎。こんなところで見捨てるぐらいなら、最初から一座に迎えたりしねえよ」
ダルドロは気安く笑いながら、幼子をあやすような手つきでラミカの頭を撫でた。
「お前さんが事情を話そうと話さなかろうと、仲間であることに変わりはねえ。その上で、他の連中にも事情を話すかどうかって聞いてるんだよ」
「ええ……ええ、もちろんかまわないわ……」
ダルドロの腕を抱きすくめたまま、ラミカは弱々しくうなずく。
ラミカもずいぶんいい年であるはずだが、本当に幼子のように怯えてしまっていた。
「実はこのラミカってのは、俺とベラが最初に拾った座員なんだ。だからノッドも、事情は知らねえ。……ラミカはな、盗賊団の頭目の情婦だったんだよ」
「盗賊団の頭目? あのちっぽけな小男が、そんな大層なもんだったのかい?」
「べつだん大層なもんじゃねえよ。仲間の数は十人ていどの、しみったれた盗賊団だそうだ。だけどラミカは好きこのんで仲間入りしたわけじゃなく、家族を皆殺しにされた上でかどわかされたんだそうだ。それで何年も頭目の情婦として扱われていたが、ついに我慢の糸が切れて、盗賊どもが仕事に出向いてる間に逃げ出したって話だったな」
「ええ、そうよ……本当だったら、辺境の果てで野垂れ死ぬしかなかったけど……そこを、座長とベラが助けてくれたの……」
「で、そいつらはセルヴァの中央から西側あたりを縄張りにしてたんで、俺たちもそっちには近づかねえように心がけてたんだ。それがこんな東寄りの区域にまで縄張りを広げていたとはな」
すると、黙って話を聞いていたノッドが「ふん」と鼻を鳴らした。
「同じ縄張りで悪さを働いてたら、いずれ逃げ場がなくなっちまうもんだからね。きっと火に巻かれたギーズみたいに、縄張りを移すことにしたんだろうよ」
「ま、そんなところだろうな。だからこっちも用心して、ラミカはでかい町に近づけねえようにしてたんだが……お前らだけでも、ラミカの仲間じゃねえかと当たりをつけられちまったってわけか」
「そこのところが、わからねえな。どうして俺たちを見て、ラミカの仲間だなんてことがわかるんだよ?」
ギャムレイが疑念を呈すると、ダルドロは愉快げに黄色い乱杭歯を剥き出しにした。
「ラミカは、もともと旅芸人だったんだよ。殺された家族ってのも、旅芸人のことだ。で、ラミカは笛と舞しか芸がねえから、また旅芸人として生きてるんじゃねえかと当たりをつけたんじゃねえか?」
「……へえ。あいつは旅芸人を皆殺しにするようなクズ野郎だったのか。だったら、あの場で顔面を焼いてやりゃあよかったぜ」
ギャムレイがそんなつぶやきをこぼすと、ダルドロは陽気に笑い声をたてた。
「そんな真似したら、クルグの実を持ち帰ることもできなかっただろうがよ? それに、ライラノスの言葉が本当だったら、いずれのこのことツラを見せるだろうさ」
「そうなったら、俺の奇術で返り討ちにしてやらあ。……ただ、ライラノスが心配してるのは、そういうことじゃねえんだよな?」
ギャムレイが水を向けると、置き物のように不動であったライラノスは「はい……」とうなずいた。
「その者たちは、自らの犯した罪の報いで滅ぶ運命にあります……ですが、その凶運があまりに大きいために……我々までもが、巻き込まれてしまうのです……」
「ふうん。何だか、面倒な話だな。とりあえずは、これ以上ここに居座る理由もねえから――」
ダルドロがそのように言いかけたとき、荷台の天井からコツコツと音がした。
ラミカが「ひっ」と縮こまると、ずっと無言であったシャントゥがのんびり声をあげる。
「何者かが、こちらに近づいておるようだの。大鷲が、それを告げてくれたのだ」
「ふん。それが盗賊野郎どもだったら、ここで迎え撃つしかねえか」
ダルドロは恐れ入った様子もなく、不敵に笑った。
「しかしこんな狭苦しい場所じゃ、身動きが取れねえな。四半刻ばかりも荷車を走らせれば、手頃な空き地があったはずだ。ちょいと移動するんで、お前らはピノたちを頼むぞ」
しかし、ラミカはいまだにダルドロの腕に取りすがったままである。
ダルドロは、ふてぶてしい笑顔をそちらに向けた。
「心配すんな。十人ばかりの盗賊どもなんざ、屁でもねえ。お前さんは、ピノをあやしておけ」
そうしてラミカが腕を離すと、ダルドロはのしのしと荷台を出ていった。
ラミカは深くうつむいたまま、「ごめんなさい……」という言葉を振り絞る。
「あたしさえいなければ……こんなことにはならなかったのに……」
「そいつは言いっこなしだぜ、ラミカ。あんたが三番目の古株だってんなら、誰にも文句なんて言えねえさ」
ギャムレイはあえて軽妙に答えたが、ラミカは悲壮な面持ちで「でも……」と言いつのった。
「今は、ピノだっているのに……ピノにもしものことがあったら、あたしは……」
「馬鹿なことを言うんじゃないよ。盗賊なんかに、このピノをどうこうさせるもんかい」
威勢のいい声をあげながら、ノッドはじろりとギャムレイとシャントゥをにらみ回した。
「厄介ごとを追っ払うのは、あんたたちの仕事だよ。ピノのために、せいぜい踏ん張りな」
「ああ、わかってるよ」
ギャムレイは、草籠のほうに目を落とす。
すると、いつの間にかピノは眠っていた。
妙に賢そうな切れ長の目が閉ざされると、ただの赤ん坊の顔となる。
それも、きわめて造作の整った可愛らしい顔だ。その愛くるしい寝顔が、ギャムレイの胸に熱いものを灯した。
(凶運も盗賊も、くそくらえだ。そんなもんを、ピノに近づかせるもんかよ)
ギャムレイがそんな覚悟を固めたとき、荷車はゆっくりと動き始めた。




