06 凶運の使者
そして、翌朝である。
衛兵の詰め所の横合いで夜を明かしたギャムレイたちは、意気揚々と町に繰り出すことにした。昨日はたんまり銅貨を稼ぐことができたので、いざクルグの実を買い求めるのだ。
「その前に、まずは両替所に行かねえとな。こんな赤銅貨や割り銭の山を抱えて、店先にまで出向けねえからよ」
ギャムレイがほくそ笑みながらそのように告げると、ペテルはきょとんとした。
「りょうがえじょ……って、なんですか?」
「あん? 両替所は両替所だよ。かさばる赤銅貨を、白銅貨や銀貨にまとめてもらうんだ。……ま、さすがに銀貨は無理だろうけどよ」
「ま、町にはそういうものがあるんですか。俺は小さな村落で生まれ育ったので、町のことはよくわからないんです」
「そうか」と、ギャムレイは顔をしかめた。
「まあ、そいつはなんにも悪いことじゃねえが……お前の知らないことを俺が知ってるってのは、ちょいと奇妙な気分だよ。俺なんざ、手前の親の顔すら覚えてねえってのにな」
「あはは。俺たちの父親は、ダルドロですよ」
「へっ。たとえ一座が家族でも、あんな飲んだくれが父親ってのはぞっとしねえな」
そうしてギャムレイたちは詰め所の衛兵に両替所と商店通りの場所を聞いたのち、街路へと繰り出した。
手綱を引くのはペテルにまかせて、ギャムレイは荷台で銅貨の詰まった壺を見守る。ライラノスひとりでは荷台の扉に閂を掛けることも難しいため、ギャムレイが居座る他なかったのだ。ピノのためにも、この銅貨は死守しなければならなかった。
「なんだかんだ、ライラノスもけっこう稼いでくれたよな。やっぱりお前を連れてきて大正解だったぜ」
「はい……ですがわたくしは、星読みの芸の難しさを思い知ることになりました……」
深くかぶったフードで表情を隠しながら、ライラノスは陰気な声でそう言った。
「ふうん? お前さんだって、さんざん芸を見せてきた身だろう? こういうでかい町は、何か勝手が違うってのかい?」
「はい……町の方々は、村落などの方々よりも具体性を帯びた問いかけが多く……わたくしも、より深く行く末を見通す必要が生じるのですが……あまりに深く見通してしまいますと、禁忌の魔術と見なされる恐れもありますため……加減が難しいのでございます……」
「へーえ。お前はそうまで、人の行く末を先々まで見通せちまうのかよ。そいつは確かに、難儀な話なんだろうな」
無精髭ののびた下顎を撫でさすりながら、ギャムレイはそのように応じた。
「だから座長も、仲間の行く末を見通すなって言いつけたわけだ。お前には罪のねえ話だけど、そんなもんを知っちまったら生きづらくてしかたねえもんな」
「はい……わたくしとしましても、凶運を知った上でそれを秘するというのは、あまりに心苦しいため……座員の方々の行く末は決して見通さないようにと心がけております……」
そんな風に言ってから、ライラノスはマントに包まれた痩身をわずかに揺らした。
「ただ……ひとつだけよろしいでしょうか……? あなたの星は、とても奇異であるかと思われます……」
「あん? 仲間の星は読まねえって言った矢先に、何を言い出すつもりだよ?」
「行く末ではなく、今のあなたの星の様相について語らせていただきたく思います……あなたは出会った当初から、赤子のごときかそけき星を抱いておられるのですが……あれから何月も過ぎた現在もなお、まったく変じていないのです……」
ギャムレイは「うん?」と小首を傾げた。
「たぶん幸いなことに、お前が何を言ってるのかさっぱりだぜ」
「はい……わたくしにも、まったく理由はわからないのですが……あなたはこれほどに立派な御仁であられるのに、まるで赤子のごとき星であるのです……そして……星の眩さに惑わされるわたくしとしましては、その優しき輝きがとてもありがたいのです……」
そのように語りながら、ライラノスはゆっくりと頭をもたげる。
年齢も判然としない骸骨じみたその顔には、確かに安らいだ表情が浮かべられているようであった。
「ああ、そうかい。さっぱり意味はわからねえが、お前の役に立ってるなら何よりだよ。これからも、末永くよろしく頼むわ」
「はい……あなたと巡りあえたことを、すべての神々に感謝いたします……」
ギャムレイがライラノスの大仰な物言いに苦笑を浮かべたとき、荷車が動きを止めた。
そして、御者台に通じる小窓からペテルの声が聞こえてくる。
「た、たぶんここが両替所という場所だと思います。俺には字なんて読めませんけど、衛兵さんが言っていた通り黄色い屋根をしていますよ」
「了解。すぐに出向くから、待っててくれ」
ギャムレイはライラノスの骨張った肩をぽんと叩いてから、荷台の扉を開いて街路に降りた。
荷車の脇には黄色い屋根をした建物が建っており、看板には『銅貨』の文字が見える。ギャムレイもまた、西の文字はごく限られた言葉しか読むことはできなかった。
「たぶん当たりだな。じゃ、さっそく両替してきてくれ」
「え? お、俺が行くんですか?」
「俺じゃあ壺を持ち運ぶこともできねえだろ。ライラノスひとりじゃトトスの番もできねえしよ」
ペテルは存分に眉を下げていたが、それでも銅貨の詰まった壺を抱えて両替所に入っていった。
ペテルは町の人間を警戒しているのだろうが、町の人間たちこそペテルの姿に惑乱することだろう。また、大量の銅貨が保管されている両替所は厳重に警備されているはずなので、ペテルに悪さを仕掛けるような無法者もいないはずであった。
(ただし、客の帰り際を狙う無法者ならいるかもしれねえからな)
懐に奇術の種を隠し持ったギャムレイは素知らぬ顔をしながら、街路を行き交う人々の姿を検分する。
すると――道の向こうから、奇妙な男がひょこひょこと近づいてきた。
「失礼しやす。ちょいとお話をいいですかね?」
それは見るからに真っ当ではない、あやしげな男であった。
背丈などはギャムレイの肩にも届いていないが、いかにもしたたかそうな面がまえである。そして、下顎の辺りには明らかに刀傷と思しき古傷が刻みつけられていた。
「昨日の奇術、拝見しやしたよ。あれは実に見事な手腕でした。よければ、俺と組んでひと儲けしやせんか?」
「あん? そいつはずいぶん唐突な申し出だな。悪いが、怪しさしか感じねえよ」
「そいつはごもっとも。でも、旅芸人なんてのも日陰者でしょう? 日陰者には日陰者の、いい稼ぎ口ってもんがあるんでやすよ」
そう言って、小男はにたにたと笑った。
どう考えても、無法者の類いである。まあ、旅芸人も同じような目で見られているのかもしれないが、芸で身を立てようとしている《ダルドロの一座》に日陰者の稼ぎ口など無用の長物であった。
「甘い話には、裏があるもんだ。つつしんでお断りさせていただくよ」
「そいつは残念です。でも、どうしてあんたほどの芸人が世に埋もれてたんでしょうねえ? これまでは、どのあたりを巡ってたんで?」
「しつけえなあ。そんなもん、見ず知らずの人間に語る義理はねえよ。これ以上からむつもりなら、こっちは衛兵さんを頼らせてもらうぜ? つい昨日、なかなか話のわかるお人と懇意になれたんでな」
「うへえ、そいつは勘弁だ。それじゃあ、ご縁がなかったってことで」
最後まで不快な笑みをたたえながら、小男は立ち去っていく。
その小さな背中を見送りながら、ギャムレイは肩をすくめた。
(町で目立つと、ああいう輩が寄ってくるわけだ。ま、素直に引っ込むだけまだ可愛げはあるか)
しばらくすると、壺を抱えたペテルが両替所から戻ってきた。
なんとなく、不明瞭な面持ちである。それでギャムレイが「どうしたんだい?」と声をかけると、ペテルは「はあ」と眉を下げた。
「あ、あんなにたくさんあった銅貨が、たったこれっぽっちになっちまったもんで……俺、騙されてないですよね?」
そんな風に語りながら、ペテルは壺を差し出してくる。
ギャムレイは胸が騒いでしまったが、それも壺の中身を覗き込むまでであった。壺の底には、何十枚という白銅貨が照り輝いていたのである。
「あのな、赤銅貨や割り銭はかさばるから、白銅貨に両替したんだぞ? だったら、量が減るのは当たり前だろうがよ?」
「そ、そうですか。でも、たったこれっぽっちになっちまったから……」
「この白銅貨一枚に、赤銅貨十枚の価値があるんだよ。まあいいや。これだけあれば、クルグの実を山ほど買えるだろうからな。さっさと商店通りに向かおうぜ」
ペテルに壺を運ばせたのち、ギャムレイは荷台に舞い戻る。
そうしてギャムレイが扉を閉めて、荷車がしずしずと動き出すと、ライラノスが陰気な声を紡いだ。
「ギャムレイ……さきほどは、どなたと語らっておられたのでしょうか……?」
「あん? そいつはさっきの小悪党のことか? 荷台に引きこもってたくせに、よくわかったな」
「はい……星図が大きく乱れましたので……」
ライラノスは、白く濁った瞳でギャムレイを見つめた。
「あなたに近づいた何者かは、おそるべき凶運に見舞われる星を抱いておられます……どうか決して、今後は近づきませぬように……」
「ああ。言われなくったって、あんなやつには近づかねえよ。ただ、俺にはしみったれた小悪党にしか見えなかったがな」
「本人の素性は、関係ございません……ただ、過去の罪があの者に大きな凶運をもたらすのです……」
「そいつは、ご愁傷様だ。やっぱり悪いことなんてするもんじゃねえな」
ギャムレイはそんな言葉で会話を終わらせたが、ライラノスの痩せこけた顔から暗鬱な表情が消えることはなかった。
◇
それから一刻ほどが過ぎたのち、ギャムレイたちはムロンパの町を出立した。
商店通りに存在する野菜売りや薬売りの店をのきなみ巡って、百個を超えるクルグの実を手にすることができたのだ。しかも壺の中には、まだ白銅貨がどっさり残されていた。
「クルグの実ってのは、そうまで値が張るわけじゃねえんだな。ただ、買い求める人間がそんなに多くねえもんだから、あんまり数が出回ってねえらしいや」
ペテルの運転する荷車の荷台で揺られながら、ギャムレイはライラノスに向かって意気揚々と説明した。
「まあ確かに、母親が魂を返したり乳の出が悪くなったりしねえ限り、こんなもんの出番はねえわけだもんな。何にせよ、これで百日ばかりは安泰だ。その間に別の領地まで出向いて補充していけば、ピノが飢えることにもならねえさ」
「それは……幸いな話でございました……」
言葉の内容とは裏腹に、ライラノスの声は沈んでいる。
まあ、ライラノスは常に陰気であるわけだが、ギャムレイもこの頃には多少なりともライラノスの感情の機微というものを汲み取れるようになっていた。
「お前はまだ、さっきの小悪党のことを心配してんのか? もう町を出たんだから、あんなやつとは一生顔をあわせることもねえだろうよ」
「…………」
「なんだよ。言いたいことがあるなら、言えばいいじゃねえか。俺たちは、仲間だろ?」
「はい……だからこそ、口をつつしんでいるのです……これは、座員の素性と行く末にまつわる話ですので……」
ギャムレイは「あん?」と眉をひそめた。
「なんだよ、そりゃ? 座員の誰かが、あんな野郎と関わりを持ってるってのか?」
「それをこの場で語ってよいものか、わたくしには判断がつきません……皆のもとに戻りましたら、座長に判じていただきたく思います……」
「わかった。下っ端の俺じゃあ、そんな判断はできねえからな」
そんな風に答えてから、ギャムレイはライラノスの肩に手を置いた。
「だけどな、俺たちにおかしな真似をするようなやつがいたら、俺の奇術で黒焦げにしてやるよ。だからお前も、心配すんな」
ライラノスはひとつうなずいてから、ギャムレイの手に自分の手を重ねる。
ピノが生まれた日には、ギャムレイが自分の肩に置かれたライラノスの手に手を重ねることになった。そして、それからすぐにベラは魂を返すことになったのだ。その不吉な符号に、さしものギャムレイも得体の知れない不安を覚えることになったのだった。




