05 渾身
衛兵たちの案内で広場に到着する頃には、すっかり夕刻になっていた。
しかし、朱色の夕陽に照らし出される広場には、まだそれなり以上の人間が行き来している。その事実にほっと安堵の息をつきながら、ギャムレイはペテルを急き立てた。
「そら、とっとと天幕を張ってくれ。お前にばかり世話をかけちまうが、俺もライラノスも役立たずなんでな」
「は、はい。わかりました」
ペテルは荷台から天幕を引っ張り出して、広場の片隅に立てていく。
そのさまを眺めながら、衛兵の隊長である壮年の武官は「ふむ」と声をあげた。
「そちらは、占星師という話だったな? シムの星読みを芸にするなどとは、聞いたこともない。そんなものが、見世物になるのであろうか?」
「ええ。普段は辺境区域の村落や自由開拓民の集落なんかを巡ってるんですが、そちらではなかなか喜ばれておりますよ」
「そうか。まあ、そちらはあくまで余興なのだろうしな。噂に名高い炎の奇術というものを、しかと見届けさせていただこう」
こちらの武官は、完全に自身の好奇心を最優先にしているようであった。
しかし、ギャムレイにしてみれば勿怪の幸いである。こうまで全面的に炎の奇術を披露することが許されるなどとは、ギャムレイも考えていなかったのだ。
(これもまた、前世の俺を褒めてやらねえとな。おかげさまで、勝ちの目が見えてきたぜ)
そうして天幕が組み上がったならば、ライラノスはその中で待機してもらうことにした。
「お前の出番は、俺たちの芸が終わった後だ。一枚でも多くの銅貨を稼げるように、気張ってくれや」
「承知いたしました……どうぞそちらも力をお尽くしください……」
ギャムレイは「おうよ」と軽妙に応じて、小さな天幕を出た。
そこで待ちかまえていたのは、緊張の面持ちをしたペテルだ。ギャムレイはそちらにも気安く笑いかけた。
「炎の奇術を許されたのは、僥倖だ。今回は俺が身体を張らせてもらうから、お前は裏方に徹してくれ」
「は、はい。死ぬ気で力を尽くします」
ペテルは天幕のかたわらに座り込むと、そちらに準備されていた太鼓を抱え込んだ。
そのさまを見届けてから、ギャムレイは広場を見渡す。
人々はうろんげに眉をひそめながら、ギャムレイたちの前を行き交っていた。
すぐそばには五名ばかりの衛兵も控えているため、そうまで警戒はしていないようだ。また、少し離れた場所ではいったい何が始まるのかと足を止めている人間も散見できた。
(たとえ祝祭じゃなくっても、町の人間は娯楽に飢えてるはずだ。どうか景気よく頼むぜ)
遠慮なく降り注ぐ夕陽のおかげでギャムレイは目の奥がずきずきと疼いてならなかったが、そんな泣き言を吐いているいとまはない。ギャムレイは荷車で帰りを待っているピノのために、持てる力をすべて振り絞ろうという所存であった。
ギャムレイは右の手首を軽くほぐしてから、地べたのペテルに目配せを送る。
ペテルはひとつうなずくと、大きな手の平を太鼓に叩きつけた。
大きな太鼓の澄みわたった音色が、広場に高らかに響きわたる。
それでまた、何人かの人間が足を止めることになった。
「ムロンパでお過ごしの皆々様、それがしは炎の奇術師ギャムレイと申します! 御用とお急ぎでない方々は、どうぞそれがしの手妻の妙をお楽しみあれ!」
そんな前口上を述べると同時に、ギャムレイは思い切り右腕を振りかぶる。
それで高々と放り上げられた火種が五色の火花を天空に咲かせて、人々にどよめきをあげさせた。
さらにギャムレイは炎の鞭を振り上げて、頭上に色とりどりの軌跡を描く。
まずは、遠くの人間をこちらに呼び寄せるのだ。そして近くの人間は、すでにギャムレイの周囲を囲み始めていた。
(まだまだ足りねえな)
ギャムレイは先刻以上の勢いをつけて、炎の鞭を天高く放りあげる。
のたうつ蛇のように舞い上がった炎の鞭は、やがて盛大に弾け散って五色の火の粉で世界を彩った。
いまだ夕刻であるために、夜ほどの鮮烈さは望めない。
それでもギャムレイを囲む人の輪は、どんどん膨らんでいった。
あとはもう、持てる芸を駆使するのみである。
ペテルが鳴らす太鼓に合わせて右から左に歩きながら、ギャムレイは虚空に炎の文字を描く。
その行き道で足もとにまいた種に火を灯すと、石畳の上に炎が駆け巡った。
さらにギャムレイは新たな炎の鞭を生み出して、それを振り回しながら自らも旋回する。
こうして自身も派手に動くのは、ギャムレイがもっとも苦手にするところである。もとよりギャムレイは軟弱の部類であったし、左腕を失った現在はいっそう運動が不得手となったのだ。
しかしギャムレイはぶざまに転倒することなく、人々に歓声をあげさせることができた。
まあ、転倒したら転倒したで、それを笑いにかえればいいだけのことだ。芸事の場においては、そんな茶目っ気も彩りになるはずであった。
転倒をこらえたギャムレイはしっかりと両足を踏まえつつ、炎の鞭を再び頭上に放り上げる。
そしてギャムレイが肘から先のない左腕を突き上げると、そこから巨大な炎の腕が生えのびて、炎の鞭を握り潰した。
そこでペテルがひときわ音高く太鼓を鳴らしたのち、おもむろに身を起こす。
まずはその巨体と頭の角に驚きの声があがり、人々の目をひきつけた。
その間に仕込みを済ませたギャムレイは、人々に右手を振りながらペテルのもとに近づいていく。
そうしてギャムレイが正面を向きつつ立ち止まると、その背後に回り込んだペテルが巨体を屈めてギャムレイの両足首をひっつかんだ。
次の瞬間には、ギャムレイの身が天空に持ち上げられる。
ギャムレイの足首をつかんだペテルが巨体を起こしながら、両腕を頭上に突き上げたのだ。こんな真似ができるのは、トトスさえ持ち上げることができるペテルの怪力あってのことであった。
ギャムレイにしてみれば、背丈が三倍にのびたような心地である。
人々は、驚嘆の面持ちでギャムレイを見上げている。いっぽうギャムレイは、薄暮に包まれている広場の果てまで見通すことができた。
ただしギャムレイも、そうまで安穏としていられるわけではない。ギャムレイの足首をつかんだペテルの指先には何の揺らぎも感じられないものの、ギャムレイのほうの身の力が足りていないのだ。稽古の場では何度となく膝や腰が砕けそうになり、ギャムレイはそのたびに悲鳴をあげていたものであった。
しかしギャムレイは懸命に背筋をのばしつつ、最後の仕掛けを世界に放り出す。
五色に燃えさかる鳥の形をした炎の乱舞である。普段は頭上に解き放つその炎を、ギャムレイは真横に繰り出した。
五色の鳥たちは炎の翼を羽ばたかせながら、人々の頭上を駆け巡っていく。
やがてそれが燃え尽きたならば火の粉を撒き散らしながら墜落していくが、この高さであれば危険がないことは検証済みである。悲鳴のような歓声があがる中、ギャムレイはさらに二陣、三陣の鳥たちを生みだした。
それを見上げる人々の瞳にも、炎の色が映し出されている。
赤、青、黄、緑、紫――さらに研究を進めれば、あと二色ぐらいは増やせるはずであった。
(今日のところは、これまでだ)
合計で十五羽の鳥たちが燃え尽きるのを見届けて、ギャムレイは最後に三本目の炎の鞭を振り上げる。
その鞭もまた五色の炎に燃えあがり、西の文字で『終』と描いてから消え去った。
「以上、炎の奇術師ギャムレイの芸でございました! これにて、終幕でございます!」
ギャムレイがそんな声を張り上げると、ペテルがそっと地面に下ろしてくれた。
そうしてペテルはすぐさま巨大な壺をつかみとり、人々のほうに差し出していく。そちらに銅貨や割り銭が放り込まれるのを横目に、ギャムレイはさらなる言葉を届けた。
「ご温情、心より感謝いたします! なお、こちらの天幕におきましては希代の占星師たるライラノスが星読みの芸を披露しております! 恋の悩みや商売の悩みなど、シムに伝わる星読みの秘法でもって正しき道筋を示してくれることでしょう!」
すると、最前列に陣取っていた若い娘たちがはにかみながらおたがいの袖を引きあった。普段の舞台でも、星読みに関心を持つのは半数以上が若い娘であったのだ。いずれの地においても、恋に悩む若い娘というものは尽きないようであった。
「いや、大した芸だった。聞きしにまさるとは、このことだな」
と、衛兵たちがギャムレイのもとに近づいてくる。その先頭に立つ隊長の男は、満面の笑みであった。
「小官は立場上、銅貨を差し出すことはできん。その代わりに、のちのち果実酒を届けさせよう。これほどの芸に何の代価も差し出さないなど、こちらの気がすまんからな」
「過分なお言葉、ありがたい限りでございます」
ギャムレイはその場にへたりこみたいほど疲弊していたが、なんとか愛想よく一礼することができた。
隊長の男は破顔したまま、「うむうむ」とうなずく。
「次は祝祭の折にでも出向くがいい。そのときは、小官の家族にも必ず出向かせるぞ。さしあたっては水神祭、そして太陽神の復活祭だな。復活祭であれば、今日の十倍の稼ぎを得ることもできよう」
「それはまた、ありがたい限りでございます。……あの、ひとつおうかがいしたいのですが、馬鹿でかい獣なんかを町に連れ込むのは、やっぱりご法度なんでしょうか?」
「うむ? 馬鹿でかい獣とは? まさか、カロンなどに芸をさせるわけではなかろうな?」
「ええ。カロンよりは小さいんですが、ちっとばっかり強面の獣たちでして……でも、決して人を襲うことはございません。獣使いの命令には絶対に逆らわない、可愛い連中なんですよ」
「獣使いの芸などとは、聞いた覚えもないな。実に興味深いことだ」
と、隊長の男は目を輝かせた。
「しかし、そうだな……むろん、腐肉喰らいのムントなどといった危険な獣を領内に入れることは、固く禁じられている。そちらの獣が危険でないとしても、あまりに恐ろしげな姿をしていれば領民を怯えさせてしまうだろう」
「なるほど。やはり難しいでしょうか?」
「うむ。しかし……大道芸というものは、半分がた怖いもの見たさという気持ちが働いてのことであろう。お前の炎の奇術なども、一歩間違えれば人を傷つけかねない危険なものだからな。そんな危ういものを安全に楽しめるというのが、大道芸のひとつの本質であるのやもしれん」
と、隊長の男は真面目くさった面持ちで思案する。
どうやらこの人物は、ずいぶん大道芸に造詣が深いようであった。
「それらをあわせて考えると……見物料を支払う人間にだけ獣の姿が見えるように取り計らえばよいのではなかろうかな? たとえば、ああいった天幕をもっと大がかりな形で準備するのだ」
「ほうほう。その天幕の中でなら、獣たちが芸を見せることも許されるんで?」
「うむ。ただし、その獣とやらが領民を傷つけたならば、それを持ち込んだお前たちが罰せられることになるからな。本当に危険がないものか、よくよく吟味することだぞ」
そう言って、隊長の男はまた朗らかに笑った。
「では、案内の部下を残しておくので、星読みの芸とやらが片付いたならば詰め所に戻るがいい。承知しているだろうが、旅芸人は宿屋を利用することもまかりならんからな。今日は詰め所の横手で夜を明かすのだ」
「承知いたしました。数々のご温情、感謝の言葉もございません」
「うむ。では、果実酒を準備して待っておるぞ」
そうしてひとりの衛兵を残して、他の面々は立ち去っていく。
そちらに頭を下げてから、ギャムレイはペテルの姿を探し求めた。
人の垣根の奥のほうに、ペテルの角の生えた頭が覗いている。
いまだに見物料の徴収が終わっていないのだ。あの壺の中にどれだけの銅貨が放り込まれたのかと想像しただけで、ギャムレイは胸が弾んでしまった。
(この調子で銅貨を稼いでいけば、いつかでかい天幕を手にできるかもしれない。それでシャントゥも芸を見せられるようになれば、倍の稼ぎを手にできるだろう)
ピノを健やかに育てるには、一年や二年はクルグの実が必要になるのだ。今日の舞台は大成功であったが、そこで安穏とはしていられなかった。
(でも、これで銅貨を稼ぐ目処は立ったぞ。俺の芸は、でかい町でも通用するんだ。……見てろよ、ベラの姐さん。絶対にピノを飢えさせたりはしねえからな)
熱気の渦巻く広場の片隅で、ギャムレイはそんな思いを噛みしめる。
そんなギャムレイの姿を暗い眼差しで見据えている人間がいることに、ギャムレイはまだ気づいていなかった。




