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異世界料理道 --外伝集--  作者: EDA
外伝 逸脱者の狂騒曲

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04 ムロンパの町

 太陽が西に大きく傾いた頃、ギャムレイたちはついにムロンパの町に到着した。

 ただしこちらは立派な自治領区であるため、入場の際には人相あらためをされることになる。ギャムレイが仲間入りして以来、それは初めてのことであったし、ギャムレイが仲間入りする前から《ダルドロの一座》はそれほど立派な領地には近づいていないはずであった。


(きっとダルドロたちは、すねに傷を持つ身なんだろう。案外、トゥーイが全身を青く塗りたくってるのは、罪人の刻印を隠すためなのかもな)


 そんな想念をぼんやり思い浮かべながら、ギャムレイはライラノスの手を引いて荷台を降りた。


 ムロンパの町は背の高い石塀に囲まれており、門の前には荷車が列を成している。間もなく夕刻であるため、駆け込みの行商人が多いのだろう。ギャムレイが忌々しい陽射しに顔をしかめつつ目を凝らすと、門の前では槍を掲げた守衛たちが人相あらために励んでいた。


「おい、ペテル。今の内に、段取りを決めておくぞ」


 御者台から降りてトトスの手綱を握ったペテルは、緊張しきった面持ちでギャムレイのほうを振り返った。


「だ、段取りって、なんの話です? 舞台の段取りなら、もう頭に叩き込んでますけど……」


「そっちじゃなくて、今の段取りだよ。もしも俺の前世が大罪人で守衛に捕縛されちまうようだったら、お前は思い切り俺を罵れ」


「の、罵る?」


「おうよ。大罪人であることを隠して仲間面してたのか、このクソ野郎! ってな具合にな。そうしたら、お前たちまで捕縛されることはないだろう。なんとか上手くやりすごして、二人で銅貨を稼いでくれ」


「そ、そんな……ギャムレイがそんな目にあったら、俺たちだって立ち行かないですよ」


 とたんにペテルが気弱な本性を見せたので、ギャムレイはあえて笑ってみせた。


「だったら、ピノを見殺しにすんのか? 銅貨を稼いでクルグの実を調達しねえと、あいつは飢えて死んじまうんだぞ? そんなことになったら、西方神より先にベラに魂を砕かれちまうだろうな」


「そ、それは……」と言いかけてから、ペテルは悲壮な覚悟をあらわにした。


「わ、わかりました。そのときは俺たちだけでも銅貨を稼いで、クルグの実を持ち帰ってみせます。でも……もしもそんなことになったら、ギャムレイはどうするんですか?」


「そんなもんは、衛兵次第だろ。鞭叩きの刑ぐらいで済むんだったら、這いつくばってでもお前らのところに戻るさ」


「そうですか……ギャムレイもそれだけの覚悟でもって、ここまで出向いたんですね」


 と、ペテルはいっそう勇ましい面がまえになる。

 その姿に、ギャムレイはまた笑った。


「おいおい。お前さんがそんなにおっかない顔をしてたら、それだけで守衛に見とがめられちまうよ。そら、もうすぐ順番だぞ」


 人相あらためを終えた行商人たちは、すみやかに門の内に踏み入っていく。

 そうしていくらも待つことなく、ギャムレイたちの順番が巡ってきて――それで守衛たちを大きく驚かせることになった。


「な、なんだ、お前たちは? いったい何者だ?」


 この際は、どれだけ怪しまれてもしかたがないだろう。何せ、ギャムレイとペテルとライラノスの三人連れであるのだ。いきなり槍の穂先を向けられなかっただけ、まだしも幸運というものであった。


 ギャムレイは左目と左腕を欠損している上に、やたらと派手派手しい真紅の織物を頭と左腕に巻いている。骨張った身体に纏っている装束も赤地であり、真っ当な人間にはありえないけばけばしさであった。


 いっぽうペテルは旅用の外套で筋骨隆々の肉体を隠しているものの、並の男より頭ひとつ分も大きな巨体である。それで茶色いもしゃもしゃの頭から二本の巨大な角を生やしているのだから、ギャムレイ以上に素っ頓狂な姿であった。


 そしてライラノスもまた東の民のごときフードつきマントで人相を隠しているものの、フードの陰からは黒い刻印が刻みつけられた骸骨のごとき面相を覗かせている。おまけにその双眸は白く濁った、盲目の身であった。


「我々は、しがない旅芸人にございます。こちらのムロンパにて芸を見せることはできないものかと思い立ち、卑賎の身でお邪魔いたしました」


 ギャムレイが旅芸人らしく外連味たっぷりに答えると、守衛たちは顔をしかめた。


「旅芸人か……それにしても、異様ななりだな。それに、祝祭でもないのに芸を見せようというのか?」


「はい。お許しをいただけるのでしたら、是非」


「ふん。それを決めるのは、我々ではない。ともあれ、人相あらためだ。荷台の中身を検分するので、その間に右腕を見せよ」


 大罪人の刻印は、まず右腕から刻みつけられるのだ。

 ギャムレイとペテルは事なきを得たが、ライラノスがマントの内側から右腕を差し出すと守衛たちがどよめいた。


「なんだ、それは? 罪人の刻印とは異なるようだが……これも刻印なのか?」


「はい……シムの占星師より賜った、祝福の刻印でございます……」


 ライラノスの骨張った腕には、びっしりと黒い刻印が刻みつけられている。それは過剰な星読みの力を制御するための封印の刻印であるのだが、それはそれで王国の規律を脅かす話であるため、真実を打ち明けることもできない。守衛たちはめいっぱい顔をしかめながら、ライラノスの右腕を入念に検分した。


「うむ……新たな刻印で罪人の刻印を紛らわせているわけでもないようだな。まったく、面倒な真似をしおって」


「それに、その角は何なのだ? 作り物なのはわかりきっているが、そんなものは不気味なだけではないか」


「は、はい。俺はカロンと人の子の間に生まれた獣人を名乗っておりますもので」


 ペテルが角の生えた頭をぺこぺこ下げると、守衛は「ふん」と鼻を鳴らしながらギャムレイのほうに向きなおった。


「それに、お前もな。眼帯やかぶりもののせいで、人相がよくわからん。まあ、刻印を刻まれるほどの大罪人ではないようだが、いかにもあやしげだ」


「そいつは恐縮の限りでございます。ですが、こんな不自由な身では悪さなんてできやしませんよ」


「ふん。しかし、その顔にはどこか見覚えが……」


 そんな風に言いかけた守衛が、きょとんと目を丸くした。


「あれ……? ひょっとして、お前は水神祭で炎の奇術やらいうものを見せていた旅芸人か?」


 今度は、ギャムレイが驚く番であった。


「……俺のことを、ご存じで?」


「ああ、やはりそうだったか。あの日は俺も非番にありつけて、お前の芸を目にすることができたのだ。あれは、驚くべき手腕だったな」


 と、守衛の目が子供のように輝いた。


「旅芸人など珍しくもないが、あれほどの芸を目にしたのは初めてのことだったぞ。しかし、そのなりはどうしたのだ? あれから一年も経っておらんのに、ずいぶんひどい有り様ではないか」


「はあ……ちょいとひどい災難に巻き込まれちまって、このざまです。でも、右腕一本でも芸をするのに不自由はありませんよ」


 ギャムレイが平静を装って応じると、守衛は感じ入った様子で「そうか」と息をついた。


「そんななりでも旅芸人に身をやつすとは、大層な執念だな。まあ、旅芸人など決して褒められた生き様ではないが……お前はそれだけの執念を抱え込んでいるからこそ、あれだけの芸を見せることができるのだろう。まったく、見上げたものだ」


「そいつは、恐悦至極にございます。……俺の疑いは、晴れましたでしょうか?」


「ああ。お前の芸を見られないのは、残念な限りだ。できればまた、俺が非番の日に出向いてもらいたいもんだな」


 守衛は白い歯をこぼしてから、仲間のほうを振り返った。


「こいつは以前にもムロンパを訪れているし、その後もどこかで悪さをしたという報告は入っていないはずだ。他の連中も罪人の刻印は入っていないようだし、通しても問題ないだろう」


「そうか。まあ、どれだけあやしげでも、それだけで捕縛することはできんからな。くれぐれも、町で騒ぎを起こすのではないぞ」


 そうしてようやくギャムレイたちは、入場を許された。

 ライラノスを荷台に戻したのち、ギャムレイはペテルと並んで門の内側に足を踏み入れる。するとペテルが、びっくりまなこで囁きかけてきた。


「ギャ、ギャムレイはこの町に来たことがあったんですね。でも、覚えていなかったわけですか?」


「ああ。やっぱり俺は前世でも、旅芸人だったみたいだな。どうりで奇術の手管が身にしみついてるはずだぜ」


 ギャムレイはあえて軽妙に答えたが、ペテルは誤魔化されなかった。


「で、でも、素通りしちゃってよかったんですか? さっきの守衛さんは、ギャムレイの本当の名前とかも知ってるかもしれないですよ?」


「そんな真似をしたら、俺が記憶をなくしてることを知られちまうだろうがよ。それで入場を渋られたら、一巻の終わりじゃねえか」


 ギャムレイは大きく息を吸い込み、雑念とともに吐き出した。


「それに、前世のことを知ってどうしようってんだよ? たとえ俺に親兄弟がいたところで、こっちが思い出せなかったらただの他人だ。他人に家族面されたって、俺は挨拶に困るだけだよ」


「そ、それじゃあ本当に、いいんですね?」


「しつけえな。どうせお前らより愉快な家族なんて、どこにもいやしねえよ」


 すると、純朴なる心根を持つペテルは小さな目に涙をたたえた。


「……はい。ギャムレイは大切な家族です。他の家族が名乗りでたって、ギャムレイを渡すことはできません」


「ああもう、辛気臭いのはよしてくれ。それより、ここからが本番だぞ」


 ギャムレイたちが場内に踏み入ると、あちこちから好奇や警戒の視線を向けられる。そして、巡回の衛兵がうろんげな眼光を突きつけてきたので、ギャムレイはそちらにすり寄った。


「お役目ご苦労様でございます。俺たちはしがない旅芸人でして、なんとか芸を見せるお許しをいただきたいんですが、どういった手順を踏めばよろしいんでしょうかね?」


「こんな平時に、旅芸人だと? ずいぶん酔狂な連中だな。……では、小官についてこい。詰め所で隊長殿にご判断していただく」


 やはりムロンパの人間は、旅芸人の扱いに手馴れているようである。そうして衛兵のあとをついて道を進みながら、ギャムレイはひそかに感慨を噛みしめた。


(俺は以前にも、こうやって衛兵の詰め所に向かったわけか。……ま、懐かしいなんて気持ちは、これっぽっちもわいてきやがらねえな)


 左右の町並みを見回しても、まったく見覚えがない。

 ただその代わりに、ギャムレイの心は平静すぎるぐらい平静であった。自由開拓民の集落を訪れた折にはあれこれ新鮮な心地であったのに、そういう感覚も皆無なのである。ギャムレイが初めて目にする石の町は、見覚えがない代わりに見慣れた光景であるように思えてならなかった。


(火薬やトトスのことを覚えてたように、石の町も覚えてたってことなのかな。そういえば、ジャガルの女子供なんてのは、ずいぶん物珍しく感じられたっけ)


 そんな感慨を抱きつつ、ギャムレイの心が乱されることはなかった。

 ギャムレイの中に、過去の記憶を取り戻したいという欲求が見当たらないのだ。それもまた、現在の生活に充足している証拠であるのかもしれなかった。


(今の俺にとっては、《ダルドロの一座》で過ごした時間が人生のすべてなんだ。必死こいて炎の奇術を練りあげてくれた過去の自分には感謝するけど、そんなもんを思い出したってどうにもならねえさ)


 そうしてずいぶん夕刻が近づいてきたところで、衛兵の詰め所に到着する。

 するとそちらでも、ギャムレイの過去を知る人間が待ちかまえていた。


「ああ、水神祭で炎の奇術やらいうものを見せていた旅芸人か。小官はその日もお役目があったので目にできなかったが、ずいぶん評判になっていたようだぞ」


 甲冑ではなく武官のお仕着せを纏った壮年の男は、好意的な面持ちでそのように言いたてた。


「しかし、ひどい有り様だな。右腕一本で、そんな見事な芸を見せることができるのか?」


「ええ。死ぬ気で稽古を積んで、いっぱしの技を取り戻したと自負しております。絶対に火事を起こしたりはしないと、西方神に誓いますよ」


「これこれ、みだりに神の名を持ち出すものではないぞ。まあ、石畳が敷かれた広場であれば、危険はないだろう。しかし、今は祝祭でもないのだから、大した実入りは期待できんのではないか?」


「はい。そこは手前の手腕で、何とかしてみせます」


 ギャムレイがそのように答えると、武官は「よかろう」と口もとをほころばせた。


「では、小官も責任者としてそのさまを見届けさせていただく。水神祭では、ずいぶん口惜しい思いをさせられたのでな」


 かくして、舞台を開く段取りは整えられた。

 あとは、どれだけの銅貨を稼げるかである。ギャムレイは飄然とした顔の裏で、決死の覚悟を固めることになった。

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