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異世界料理道 --外伝集--  作者: EDA
外伝 逸脱者の狂騒曲

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02 転生

 その後もギャムレイは、心中に鬱屈を抱え込んだまま日々を過ごすことになった。

 辺境の道ならぬ道を突き進み、集落や村落に到着したならば芸を見せる。舞台で気を抜くことはなかったし、日々の生活に変わりはなかったが、どうしても心を晴らすことはできなかった。


 どうしてこんなに悶々としてしまうのか、ギャムレイは自分でもわからない。

 ギャムレイは決してベラに恋情を抱いていたわけではないのだ。ただ、すべてを失ったギャムレイが最初に見たのは、ベラであり――それで、雛鳥が最初に見たものを親と思ってしまうように、ベラのことを特別視しているのかもしれなかった。


(……父親が誰かはっきりしてれば、こうまで思い悩むこともなかったのかな)


 しかしギャムレイは、座員を疑うことをやめていた。仲間を疑っていては生活が成り立たないし、それに座員の者たちは誰もが明け透けであるのだ。とりわけ座長のダルドロは思ったことをすぐ口にするような人間であるため、こんな大きな秘密を隠し通せるとは思えなかった。


(それに、座長が父親なんだったら、隠す理由もねえだろうしな)


 この《ダルドロの一座》を作りあげたのは、ダルドロとベラであるのだ。この一座を家族と見なすならば、父親役はダルドロであり、母親役はベラであろう。この二人が婚儀を挙げるとでも言うならば、ギャムレイも心から祝福できるはずであった。


(でも、座員じゃねえとしたら、あとは舞台の客ぐらいしかありえねえ。自由開拓民や貧しい村落の野郎を相手に、ベラがそんな真似をするってのか?)


 ギャムレイはその日も悶々としながら、火薬の調合の下ごしらえに励んでいた。

 また辺境の旅路のさなかのことである。道すがらで大きな雑木林を発見したので、何か食料にありつけるかと探索が始められたのだ。今回はいつ出発するかもわからなかったので、ギャムレイは木陰で簡単な作業に励んでいた。


「……アンタは、まだしみったれたツラをしてるんだねェ」


 と、あの日と同じようにベラが忍び寄ってきた。

 あれからひと月ほどが経過して、ベラの腹ははっきり大きくなっている。十歳児にしか見えないベラが子を孕んだ姿というのは、一種異様な光景に見えかねなかったが――ベラの妖艶さに変わりはなく、腹が大きく膨らんでいる他には子を孕んでいる気配など微塵も感じさせなかった。


「俺のことは放っておけよ。子を孕んだんなら、そいつを無事に生み落とすことだけを考えな」


 ギャムレイがぶっきらぼうに言葉を返すと、ベラはくすりと笑った。


「なんだい、いい大人が餓鬼みたいにさァ。やっぱりあんたもいっぺん生まれ変わったから、中身も子供に戻っちまったのかねェ」


「うるせえな。俺のことは、放っておけってのに」


「アンタがそんな喧々してたら、そういうワケにもいかないだろォ?」


 ベラは樹木に背中をもたれて、ギャムレイを見下ろしてくる。

 その切れ長の目には、いつになく穏やかな光がたたえられていた。


「ねェ、ギャムレイ。アンタに、言っておきたいことがあるんだよねェ。アンタは新入りだけど、他の連中よりもよっぽど芯がしっかりしてるからさァ」


「そいつは買いかぶりってもんだ。姐さんの言う通り、俺なんかは聞き分けの悪い餓鬼にすぎねえよ」


「いいから、聞いておくれよォ。……アタシは不老不死だって言ったけど、そいつは老いて死ぬことがないってだけで、モノを食わなきゃ飢えて死ぬし、首を刎ねられたらくたばっちまうんだよォ」


 穏やかな眼差しのまま、ベラは物騒な言葉を口にした。


「それでもって、新しい肉体に生まれ変わっても、赤子であることに変わりはないからねェ。身体がしっかり育つまでは、無力なモンさァ。誰かを頼らない限り、アタシだって生きていくことはできないんだよォ」


「……これだけわんさか座員がいりゃあ、何も困ることはねえだろうよ」


「あァ、そうさァ。でも、アンタにはアンタだけの力がある。どうかアンタのことも頼らせてもらえないモンかねェ?」


「だったら――」


 ――本当のことを聞かせてほしい。

 ギャムレイは、そんな言葉をすんでのところで吞み下した。どれだけ穏やかな眼差しをしていても、ベラはベラであるのだ。この気丈な女が前言をひるがえすことはないだろうし、ギャムレイの言葉が再び退けられたならば――もはやギャムレイも、ベラの願いを聞き届ける気持ちにはなれないはずであった。


(……やっぱり俺たちは、偏屈者の集団なんだな)


 ギャムレイは何だか力が抜けてしまい、皮むきの途中であった木の実を放り出した。


「俺は赤ん坊の面倒なんざ見たこともねえし、たぶん前世でもそんな真似はしちゃいない。俺にできるのは、悪党を奇術で追っ払うことぐらいだよ」


「ああ、それで十分だよォ。アンタがそばで守ってくれたら、新しいアタシもすくすく育つだろうさァ」


 そう言って、ベラは赤い唇を吊り上げる。

 それはいつも通りの妖艶な笑みであったが、その眼差しは穏やかなままであった。


                 ◇


 そうしてさらに、二ヶ月ほどが過ぎ去って――ついに、その時がやってきた。

 荒野を旅しているさなかに、ベラが産気づいたのである。


「あんたたちは、とっとと湯をわかすんだよ! あと、ありったけの織物を集めておきな!」


 千里眼の老婆ノッドの声に従って、男どもは右往左往した。

 いっぽう踊り子のラミカは、頼りなげな面持ちで両手をもみしぼっている。ノッドはそちらにも厳しい目をくれた。


「そら、あんたもぐずぐずしてるんじゃないよ! やることがないなら、ベラの手でも握ってやりな! ここにはあたしらしか女はいないんだからね!」


「う、うん、だけど……あたしはお産に立ちあったことなんて、一度もないのよぉ……?」


「知ったことかい! そんなもん、赤ん坊の知ったことじゃないんだよ!」


 どうやらノッドは何度もお産に立ちあった経験があるらしく、いざとなったら自分が現場を取り仕切ると豪語していたのだ。その皺くちゃの顔には、常にないほどの威厳がたたえられていた。


「わしにも何か、力になれることはあるかのぉ?」


 シャントゥが和やかな面持ちで問いかけると、ノッドの鋭い眼光が突きつけられる。この頃には黒猿の子もずいぶん大きくなって、シャントゥに手を引かれて歩けるようになっていた。


「あんたはいつも通り、食料でも集めておきな! 子に乳をやるには、滋養がたっぷり必要になるんだからね!」


「承知した。このあたりには、大した実りもなさそうだが……あちらに見える森のあたりまで、遠出してくるかの」


「そ、それなら俺も行くよ。俺がいたって、なんの役にも立ちゃしねえだろうからな」


 トゥーイがわたわたと慌てながら、トトスの手綱をひっつかむ。そうしてシャントゥとトゥーイと獣たちは一台の荷車とともに駆け去っていった。


 ベラはすでに別の荷車にこもっており、そのかたわらでは樽の水を移した鉄鍋が火にかけられている。そのさまをぐるりと見回してから、ノッドは身をひるがえした。


「それじゃあ、湯が沸いたら知らせな! あと、湯をぬるめるための水も準備しておくんだよ!」


「は、はい。ど、どうかベラをよろしくお願いします」


 ペテルが角の生えた頭を下げる中、ノッドはベラの待つ荷台に引っ込んでいく。

 後に残されたのは、ギャムレイとペテルとダルドロだけだ。ライラノスは、ずっと三台目の荷車に引きこもったままであった。


「やれやれ、大層な騒ぎだな。まあ、ノッドだったら何とかしてくれるだろ」


 ダルドロは焚火のかたわらにどかりと座り込みながら、黄色い乱杭歯を剥き出しにして笑った。


「いつだったか、俺たちが芸を見せてる間に村落の女が産気づいたことがあってな。ノッドのやつは舞台もほっぽりだして、そっちを手伝ってたんだ。数刻がかりの難産だったが無事に生まれて、俺たちもずいぶん感謝されたもんだぜ」


「そいつは心強いこったな」と、ギャムレイもぐったりと腰を下ろした。


「こんな騒ぎは、もうこりごりだぜ。……ベラの姐さんはあんなになりが小さいけど、大丈夫だよな?」


「知らねえよ。ま、ベラだったら上手くやるだろ。あんなに心配のしがいがない女は、他にいねえからな」


 ダルドロの豪快さに変わりはなかったが、やはり語調はずいぶん大人しげである。お産というものは、さしもの怖い者知らずの旅芸人をも厳粛な心地にさせるようであった。


 そうして中天の太陽がずいぶん西に傾いても、ベラたちがこもった荷車は静かなままである。

 やがて夕刻に差し掛かり、トゥーイたちが森から舞い戻っても、まだ状況に変わりはなかった。


「なんだ、まだ生まれてないのかよ。ベラは、本当に大丈夫なのか?」


「俺たちが騒いだって、どうにもならねえさ。そっちの収穫はどうだったんだ?」


「ああ。しけた森だったけど、でけえ蛇をとっつかまえたよ。蛇の生き血は、精がつくぞ」


「赤子を生んだばかりの人間に、そんなもんを飲ませるつもりかよ? お前、ノッドにとっちめられるぞ」


「うるせえな。あと、大鷲がバロバロの鳥を仕留めてくれたからよ。ペテルは、そっちを手伝ってやれ」


 その他には、山菜や茸がどっさりと収穫されている。トゥーイたちはそれらで晩餐の準備を始めたが、ギャムレイにはなすべき仕事も残されていなかった。


「おい、そろそろライラノスのやつも呼んでおけよ。ったく、あいつにも何か仕事をあてがってやりてえところだよな」


 トゥーイの言葉に従って、ギャムレイはライラノスがこもっている荷車へと足を向ける。そうして出入り口の扉を開けてみると、ライラノスは薄暗がりの中でうずくまり、地鳴りのような声で何かを唱えていた。


「お、おい。何をしてるんだ?」


「……ベラの子が無事に生まれることを、天に祈っておりました……シムにて習い覚えた、祈願の術式でございます……」


 荷台の中でもフードを深くかぶっているライラノスは、うっそりと頭を下げる。

 ギャムレイは荷台の内に足を踏み入れ、ライラノスの前で膝をついた。


「……なあ。お前の星読みで、ベラの姐さんの行く末を見通すことはできねえのか?」


「できないことはございませんが……わたしは座員の方々の行く末を見通さないようにと申しつけられております……」


「ああ、そうだったな。くそ、俺も頭が回ってねえみたいだ」


 ギャムレイが忸怩たる思いで舌打ちすると、奇怪な紋様が刻みつけられたライラノスの手が手探りでのばされてきた。


「こちらの座員の方々は、誰もが輝かしい星を抱いておられますが……ひときわ強く輝いているのは、ベラの星でございます……あの不可思議な躍動を見せる輝かしき星が、何の前触れもなく消え去ることはないかと思われます……」


 ギャムレイの肩にそっと手の平をあてがいながら、ライラノスはそう言った。

 ずっと荷台に引きこもっているライラノスでも、やはり座員には相応の思いを抱いているのだろう。それを知ったギャムレイは「そうだな」と応じながら、肩にのせられたライラノスの手を取った。


「それじゃあ、姐さんが大仕事をやりとげるのを待ち受けようぜ。いくら何でも、夜が明ける前には――」


 そのとき、荷台の外からおかしな喧噪が伝わってきた。

 ギャムレイは固唾を呑みながら、ライラノスとともに荷台を出る。すると、ベラがこもっていた荷車の扉が開かれており――その手前で、ペテルが突っ伏していた。


「おい! 何があったんだ?」


 ギャムレイはライラノスの手を引いて、そちらに駆けつける。

 しかし、ペテルは大きな背中を震わせながら声をあげることもできず、トゥーイは神妙な面持ちで首を横に振っている。そして、地面にひざまずいたシャントゥは子猿の小さな頭を撫でながら、静かにまぶたを閉ざしていた。


「ざ、座長は中なんだな?」


 ギャムレイはライラノスの身をトゥーイに押しつけて、荷台に乗り込んだ。

 入ってすぐの場所には帳が張られていたため、それを乱暴にかき分けて前進する。するとそちらには鉄臭い血の匂いと悲嘆の空気が充満していた。


 ラミカは放心して、壁際にへたりこんでいる。

 ノッドは唇を噛みしめながら、織物にくるまれた赤子を抱いていた。

 ダルドロは、ベラのかたわらに寄り添っている。

 そして、下半身に毛布をかけられたベラは――虚ろな眼差しで、荷台の天井を見上げていた。


「姐さん……」と無意識につぶやきながら、ギャムレイはベラのもとまで歩を進める。

 ベラは彼女らしからぬ茫洋とした面持ちで、ギャムレイのほうに首を傾けた。


 その黒い瞳からは、すでに光が失われかけている。

 もともと白い顔はいっそう白くなり、今にも消え行ってしまいそうだった。


「ギャムレイも……来てくれたんだねェ……」


 そのように語るベラの唇も、完全に血の気が失せている。

 ダルドロは壊れ物でも扱うような指づかいで、ベラの手の先をそっと握りしめた。


「ベラ、くたばるんじゃねえぞ。赤ん坊は気の毒だったが、俺たちにはお前さんが必要なんだ」


 ノッドに抱かれた赤ん坊は、産声のひとつもあげていないのだ。

 ギャムレイはどうしようもないほどの煩悶を抱え込みながら、ベラのもう片方の手を取った。


「姐さん……なんて言ったらいいか……」


「なァんも言う必要はないよォ……新しいアタシを、どうかよろしくねェ……」


 ベラの虚ろな顔に、透き通った微笑が浮かべられる。

 そして、ベラの瞳が完全に輝きを失ったとき――ノッドが、「ああっ」と悲鳴をあげた。


「なんてこったい……こんなことが……」


 ノッドは糸が切れた人形のように、へたりこむ。

 そうしてギャムレイが、ぼんやりそちらを振り返ると――織物にくるまれた赤ん坊が、もぞもぞと動いていた。


 生まれたてであるのに血の気のない、真っ白な赤ん坊である。

 驚くほどに小さいが、その頭にはずいぶん艶やかに黒い髪が生えのびている。

 そして、母親ゆずりの切れ長の目が、ギャムレイの顔を静かに見据えて――やたらと赤い唇が、微笑むように口角を上げたのだった。

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― 新着の感想 ―
生まれたてで艷やかな黒い髪!?しかも生え伸びている!? 何代目なのか知らんけどよく魔術の時代から死なずにいられたな、邪神の御子やろこんなん
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