06 南の集落
ギャムレイの仲間入りが正式に認められてから、数日後――《ダルドロの一座》の荷車は、ついに新たな集落に到着した。
西と南の狭間にある、川沿いの小さな集落である。そこは南の自由開拓民が細々と暮らす集落であるとのことであった。
「前々から気になってたんだけどさ。どうしてこの一座は、もっとでかい領地を巡らないんだい?」
夕陽の眩しさに顔をしかめながらギャムレイが問いかけると、同じ荷車に同乗していた童女ベラは「ははン」と肩をすくめた。
「アタシらみたいにうだつが上がらない旅芸人には、しみったれた村落を巡るのが分相応さァ。立派な領地の人間ほど、財布の紐は固いもんだろうしねェ」
「そうなのかな。この一座だったら、十分稼ぎになりそうだけどなぁ。……もしかして、人目をさけないといけないわけでもあるのかい?」
ベラがにんまり微笑みながら目を細めたため、ギャムレイは慌てて右手を振った。
「いや、何も詮索するつもりはねえよ。ただ、この一座だったらもっとでかい稼ぎを手にできるんじゃないかって思っただけさ」
「アタシらは、そんなモンに興味がないからねェ。面白おかしく毎日を生きることができりゃあ、それで十分なのさァ」
ベラがそのように答えたとき、荷車が動きをとめた。
おそらくは、先頭の荷車に乗った誰かが立ち入りの許しをもらったのだろう。荷車はすぐに動き始めて、集落の奥深くへと踏み込んでいった。
「い、今はまだ集落の人らも仕事の最中なんで、芸を見せるのは夜になってからだそうです」
御者役の獣人ペテルが、壁にあいた小窓からそのように告げてくる。
その言葉に、ギャムレイはほっと息をついた。
「舞台は、夜になってからか。西日がきついから、助かったぜ」
「ふうン。アンタは本当に、お日サンの光に弱いんだねェ」
「ああ。陽の光を浴びてるだけで、目の奥が痛くなっちまうんだよ。炎だったら、どれだけ盛大に燃やしてもへっちゃらなのにさ」
「ふふン。さすがは炎の奇術師サマだねェ。その調子で、せいぜい立派に初舞台を飾ってみせなァ」
しばらくして、荷車は集落の広場に到着する。しかし陽光を忌避するギャムレイは、そのまま荷台で待機させていただいた。
《ダルドロの一座》は二頭引きの荷車を三台所有しており、そのすべてが二台の荷台を連結させている。ギャムレイを含めても八名しか座員のいない一座にしては大がかりであるが、そこに芸事の道具や飲み水の詰まった樽や食糧や天幕などが仕舞われているのだ。人跡も稀なる辺境の地を旅するには、それだけ大がかりな荷物が必要であるのだった。
「おい、星読みの天幕ができあがったぜ」
と、荷車の扉から真っ青な顔が現れる。曲芸師のトゥーイである。頭をつるつるに剃りあげて全身を青く染めあげたトゥーイは、この一座の中でもとりわけ人目をひく異形であった。
移動中もずっと黙りこくっていた占星師のライラノスは、ベラに手を引かれて荷台を降りていく。そろそろ外も黄昏刻であるようなので、ギャムレイもそれに続くことにした。
三台の荷車は広場の奥側に並べられており、木に繋がれた六頭のトトスは呑気に葉っぱを食んでいる。この集落を訪れた際は、いつもこの広場で夜を明かすのだという話であった。
「ここの人らは、すっかり馴染みだからねェ。アンタも、モメゴトを起こすんじゃないよォ?」
ライラノスを小さな天幕の内側に押し込めたのち、ベラがそのように告げてきた。
「もちろんさ。俺がそんな無法な人間に見えるのかい?」
「無法かどうかはさておくとして、アンタもだんだんケンカっぱやい本性が出てきたみたいだからねェ」
「そりゃあまあ、つつしみ深い人間だとは言えねえだろうけどよ。でも、お客に喧嘩を売ったりはしねえよ」
そのように応じながら、ギャムレイは歯をこぼした。
「俺が荒事に及ぶとしたら、仲間が危ない目にあったときだけさ。それなら、堪忍してくれるだろ?」
「ふふン。頼もしいとでも思うべきなのかねェ」
ベラが肩をすくめると、仕込みの岩石を運んでいたペテルが屈託のない顔で笑った。
「お、俺は頼もしいと思ってますよ。おかしな連中に襲われかけたことだって、一度や二度じゃありませんからね」
「ふン。旅芸人なんざ襲ったって、なんの稼ぎにもならないだろうにねェ。まったく、物騒な世の中だよォ」
「おかしな連中が現れたら、俺の奇術で追っ払ってやるさ。いきなり頭を燃やされたら、誰だって仰天するだろうからな」
ギャムレイが気安く声をあげると、ベラは横目でねめつけてきた。
「アンタはいかにも世慣れてそうだねェ。前世でも、そうやって悪党どもを追っ払ってたのかァい?」
「前世か。そいつは、いい言葉だな。まあ、そんなもんはひとつも覚えちゃいねえけど、もしかしたらそうなのかもな」
ギャムレイは記憶を失ったままであったが、それを苦にしていなかった。さしあたって今の自分は、過去にとらわれない人間であるのだ。重要なのは、現在と未来であった。
(俺はこうして生き延びて、一座に仲間入りすることができたんだ。これで文句を言ったら、罰が当たるってもんさ)
かったるそうに準備を進めている仲間たちの姿を眺めながら、ギャムレイはそんな風に考えた。
座長のダルドロは裏表のない豪快な人柄であるし、獣人ペテルはひたすら純朴だ。曲芸師のトゥーイはいささか人を食ったところもあるが、陽気で嫌味なところもない。千里眼のノッドも偏屈で口の悪い老婆であるが、やっぱり陰湿さとは無縁の人柄だ。踊り子のラミカはどうにも男の煩悩を刺激してならないが、座員を相手に一線を超えている様子はないので害はないだろう。占星師のライラノスに至っては、置物も同然の無害さであった。
(だからまあ……やっぱり一番の変わり種は、この姐さんだよな)
ベラは十歳ぐらいの童女にしか見えないし、背丈などはギャムレイの胸もとぐらいまでしかない。しかし、この一座の中でもっとも頭が回るのはベラであったし、座長のダルドロに次ぐ取り仕切り役であるのだ。そもそもこの一座を立ち上げたのも、ダルドロとベラの両名なのだという話であった。
ギャムレイは早い段階で、このベラが外見通りの年齢ではないのだろうと察している。まず間違いなくギャムレイよりは年長であろうし、風格で言えばダルドロや老婆のノッドを上回っているぐらいであるのだ。そんな幼子が存在するよりも、年を食っても幼子のように見える人間が存在するというほうが、いっそ自然に思えるぐらいであった。
「なんだ、呑気にしやがって。新入りだったら、片腕でも運べる荷物を探しやがれ」
と、太鼓を運んでいたトゥーイが文句をつけてくる。しかしその青い顔は、笑っていた。
「悪いね。自分の荷物は自分で運んだから、それで勘弁してくれや」
「手前の荷物なんざ、荷袋ひとつじゃねえか。まったく、可愛げのねえ新入りだな」
トゥーイは通りすぎざまにギャムレイの右腕を小突き、トトスのほうに近づいていく。夜が深まるにつれて、彼の青い異形はどんどん不気味さを増していった。
「だったら、あんたに相応しい仕事をあげるよぉ」
と、今度は踊り子のラミカが背中にしなだれかかってくる。
彼女は色香の塊であるが、こちらも決して若くはないのだろう。ただし彼女は分厚い化粧と半透明のヴェールでもって、本来の年齢を入念に包み隠していた。
「ほら、あの台座に火を灯すんだよぉ。炎の扱いなら、お手のもんだろぉ?」
「へいへい、おおせつかりやしたよ」
ギャムレイは胴衣の内側をまさぐったのち、台座のかがり火に火種を飛ばす。それだけで赤々とした火が灯り、ラミカにはしゃいだ声をあげさせた。
「いいねぇ。その調子で、ここの連中の度肝を抜いてやりなぁ」
艶っぽい声で言いながら、ラミカはギャムレイの二の腕に指先を這わせてくる。彼女はそうして色香を振りまくことで、男の忠誠心を手にしようと考えているようであるのだ。それはこの異形の群れの中で、いささか稚拙にも思える手管であった。
(そんな真似しなくっても、仲間が危ないときには黙っちゃいないさ)
ギャムレイはそのように考えているが、ラミカの矜持を守るために口をつぐんでいる。きっとラミカはラミカなりに、この一座に順応しようと力を尽くしているのだった。
(そんな可愛げがあるのは、こいつとペテルぐらいだよな)
残りの面々は、身も心もはみだし者である。一番の新入りであるギャムレイも、ラミカやペテルとともにこの一座に溶け込もうという所存であった。
「すっかりお待たせしてしまいましたな。旅芸人のみなさん、ようこそ我らが集落に」
とっぷりと日が暮れた頃、ようやく集落の面々がやってきた。
人数は、百名に届かないぐらいだろう。老若男女の雑多な顔ぶれである。それでギャムレイは、好奇心を刺激されることになった。
(ふうん。昔のことなんざ、何も覚えちゃいねえけど……たぶん、俺が商人以外の南の民を見るのは初めてなんだろうな)
西の王国で見かける南の民というのはいずれも行商人の類いであり、東の民ほど数も多くない。ギャムレイが南の民と聞いて連想するのは、小柄で骨太で豊かな髭をたくわえた男の姿ばかりであった。
しかしこの場には、女や子供や老人も群れ集っている。女は男から髭だけ取っ払ったような厳つい人間が多かったが、中には小柄なだけで可愛らしい娘さんなども入り交じっていた。
そして幼子に至っては、みんな愛くるしい。やっぱり小柄で骨太なためか、みんなころころした顔立ちと体格であるのだ。それで南の民はおおよそ大造りな顔立ちであるため、きょろんと大きな目が可愛らしさを際立たせていた。
ただ、やはり自由開拓民の集落ということで、誰もが粗末な身なりをしている。王国の庇護を受けていない彼らは、辺境の片隅で清貧の生活に身を置いているのだった。
「外界との関わりが薄い我々にとっては、旅芸人のみなさんが心を慰めるよすがです。どうぞ今宵もよろしくお願いいたします」
「おう! 今日は新入りも増えてるからな! 思うぞんぶん期待してくれや!」
座長のダルドロが黄色い乱杭歯を剥き出しにして笑うと、女子供の何名かは怯えたように首をすくめる。大陸中を放浪する旅芸人は、自由開拓民よりも王国の規範から外れた存在であるのだった。
「それじゃあ、さっそく始めるか! ここらへんを境にして、適当にくつろいでくれ!」
南の民たちはそれぞれ手にしていた敷物を広げて、その上に腰を落ち着けた。
ライラノスを除く七名の座員は、いったん荷車のほうに身を引く。そうしてベラが横笛を吹き、トゥーイが太鼓を鳴らすと、まずはダルドロとペテルが進み出た。
「さあさ、お立ち合い! まずは座長である不死身のダルドロが、前座を務めさせていただこう!」
敷物のお客たちは、期待を込めて歓声を張り上げる。全身が毛むくじゃらで乱杭歯を剥き出しにしたダルドロと頭に巨大な角を生やした大男ペテルは、いかにも恐ろしげな容貌で舞台映えした。
前口上もそこそこに、ペテルは持ち前の怪力で仕込みの岩石を持ち上げる。それは人の頭の倍ほどもある大きさで、ペテルでなければ持ち上げることも難しそうな代物であった。
なおかつ、ペテルにとっては大した重量ではないのだが、それではのちの芸に悪い影響が出てしまうため、あえて重そうに振る舞っている。客席の人々は、まずその怪力に喝采をあげた。
さらにペテルがその岩石をダルドロの頭に振り下ろしたならば、悲鳴まじりの声もあげられた。
しかし岩石は、八つに砕け散ってしまう。ダルドロが自慢げに毛むくじゃらの胸をそらせると、いっそうの歓声がわきたった。
これはもともと割れている岩石を糊で接合しているだけであるのだが、岩石であることに嘘はない。それで平気な顔をしているダルドロは、まぎれもなく石頭であった。
次は踊り子のラミカが進み出て、半月刀を小道具にして妖艶な舞を見せる。
それで男たちがはやしたてる中、ラミカはいきなりダルドロの脳天に半月刀を振り下ろした。
客席からは、再びの悲鳴である。
しかしやっぱり仕込みの刀は真っ二つに折れて、ダルドロは血の一滴も流しはしない。この刀も金属であることに違いはないので、やっぱりダルドロの石頭は規格外であった。
さらにラミカはトゥーイが曲芸で使うグリギの棒を持ち出して、客席の男に握らせる。
ラミカに耳打ちされた男が渾身の力でダルドロの胸板を殴打しても、ダルドロはビクともしなかった。ダルドロは、首から下までもが頑丈なのである。
力自慢の男が名乗りをあげてその役割を変わっても、やはりダルドロはあくびを噛み殺すばかりである。ギャムレイとしては、石頭よりも胴体の頑丈さのほうが不思議に思えてならなかった。
(おっと、こうしちゃいられねえ)
次は、ギャムレイが雑用を務める順番であった。
こちらの持ち物であるトトスの一頭を引き連れて、ペテルのほうに近づいていく。すると、その道行きでベラが横笛を吹きながら近づいてきた。
ベラはぐっと身をたわめると、跳躍のひとつでトトスの背中に飛び乗ってしまう。その身軽さだけで、歓声がわきたった。
そんな中、ギャムレイはベラに手綱を差し出す。ベラは器用に片手だけで横笛を吹きながら、手綱を受け取った。
ベラの操作によって、トトスはペテルの正面に立ちはだかる。
ペテルはギャムレイよりも頭ひとつ分は大きいが、やはりトトスとは比較にもならない。そんなトトスがペテルを踏み潰さんばかりに、巨大な右足を振り上げた。
トトスの鉤爪がペテルを踏みにじってしまうのではないかと、また悲鳴があげられる。
しかしペテルはその足をかいくぐり、トトスの下にもぐりこんだ。
そうしてトトスの右足を抱え込み、腹の下に肩を押し当てたペテルは、獣のごとき咆哮をあげながら身を起こす。それと同時にベラが手綱を引くと、トトスが長い両足を折りたたみ――その巨体がペテルの両肩に乗る格好で持ち上げられた。
そのありうべからざる光景に、人々は驚嘆の声をほとばしらせる。
ダルドロの芸は半分がたがペテンであるが、ペテルの怪力は本物であるのだ。ペテルは純朴そうな顔を真っ赤にして、両腕にこぶのような筋肉を盛り上げながら、そのままのしのしと歩いてみせた。
そうしてペテルは裂帛の気合とともに、トトスの巨体を宙に放り捨てる。
ベラの手綱さばきでトトスが優雅に着地すると、これまで以上の喝采があげられた。
今日の舞台も、上々のようである。
ベラの手から手綱を受け取りつつ、間もなく出番を迎えるギャムレイはひそかに胸を高鳴らせていた。
出番を終えたペテルが太鼓の演奏を交代して、お次はベラとトゥーイの曲芸であった。
ベラは横笛の演奏を続けており、トゥーイがそこに棒を使って襲いかかる。それをひらひらとかわしながらベラが横笛を吹き続けるというのが、この曲芸の胆であった。
トゥーイはまぎれもなく棒術の達人であり、ベラの身体能力も常軌を逸している。なおかつ、ベラは朱色の地に金色の刺繍がされた派手派手しい装束を纏っており、身をひるがえすたびにその大きな裾が翼のようにはためくのだ。かがり火のもとで見ると、その美しさもひとしおであった。
この曲芸にも、大きな歓声があげられる。
きっとこちらの集落では何度となくお目にかけているのであろうが、それでも年に数回の話であれば見飽きることもないはずであった。
その曲芸が終わりを迎えると、踊り子のラミカがしなを作りながら進み出る。
間つなぎの、妖艶な舞である。派手な胸あてと腰巻きの上から薄物を羽織っただけのラミカが肢体をくねらせると、とてつもない色香であった。
(小さな子供には、目の毒だろうけどな)
しかし、この舞では男ばかりでなく女も歓声をあげている。ラミカの妖艶な舞には、それだけの魅力が備わっているのだ。ベラたちの演武と同様に、それは悪夢がこの世に現出したかのような美しさであった。
そうしてラミカの舞踏が終わったならば、ついにギャムレイの出番である。
広場の真ん中に進み出たギャムレイが空中に火の玉を放り上げると、すぐにこれまで以上の歓声があげられた。
さらにギャムレイは虚空に炎の文字を描き、地面に炎を走らせて、世界をさまざまな色彩に染めあげていく。そのたびに、南の民たちは子供のようにはしゃいだ声をあげた。
(それじゃあ、最後の大技だ)
胴衣の内側に右手をもぐりこませたギャムレイは、そこから抜き取ったものを宙に飛ばしつつラナの葉で素早く点火する。
すると、鳥の形をした炎が燃えあがる翼をはためかせながら天高く舞い上がり、すべての人間の首をのけぞらせた。
赤、青、緑、紫――色とりどりの、四羽の炎のきらめきである。
人々が喝采をあげる中、ギャムレイはひそかに首をすくめた。
(やべえ。一発、しくじったか)
点火に失敗した黒い布切れが、ひらひらと地上に落ちてくる。
ギャムレイが咄嗟に火種を飛ばして引火させると、黄色く燃えあがった炎の鳥が低い位置でくりんと旋回したのちに地面に滑空して、人々に新たな歓声をあげさせた。
ギャムレイは内心で冷や汗をかきながら、折り目正しく一礼する。
すると、ダルドロが高笑いをあげながらのしのしと近づいてきた。
「舞台は、ひとまず終了だ! あとは、おのおの楽しんでくれ!」
勝手知ったる観客たちは、それぞれ瞳を輝かせながら目当ての座員のもとに集っていく。ベラとトゥーイが演奏に励む中、千里眼のノッドと獣人のペテルと踊り子のラミカが個別に芸を見せるのだ。これは、ノッドの芸が少人数向けであることから始められた段取りであるとのことであった。
「あと、あっちの新入りも初めてだったよな? あの天幕に控えるのは、占い師のライラノスってもんだ! 色恋沙汰でも商売の話でも、思い悩んでることがあれば何でも正しい道筋を教えてくれるぜ!」
ダルドロがそんな声をあげると、興味半分ひやかし半分といった面持ちで何名かの女たちが天幕に近づいていく。それを横目に、ギャムレイはダルドロに耳打ちした。
「なあ。ライラノスは占星師じゃなく占い師を名乗ってるのかい?」
「西の領地では、占星師を謳ってるよ。星読みってのは東の手管だから、南の地では煙たがられるだろうと思ってな」
「ああ、そういうことか」
ギャムレイがすみやかに納得すると、こちらにも小さな子供たちがちょこちょこと駆け寄ってきた。
「おじちゃん! さっきの、すごくきれいだった! もっとやってよ!」
「悪いな。炎の奇術は手間がかかるんで、そんなに余分はねえんだよ」
そんな風に応じつつ、ギャムレイはパチンと指を鳴らす。それと同時に五色の火の粉が闇に散って、子供たちに歓喜の声をあげさせた。
「悪いが、これで打ち止めだ。あとは、他のみんなの芸を楽しんでくれ」
「うん! ありがとう! またきてね!」
子供たちははしゃぎながら、ペテルのほうに駆け寄っていく。そちらでは大勢の子供を肩や背中に乗せたペテルが、涼しい顔で広場を闊歩していた。
「初舞台としては、上々だったな!」
ダルドロが豪快に笑いながら、ギャムレイの背中をどやしつけてくる。
その怪力にちょっとふらつきながら、ギャムレイは「ああ」と笑顔を返した。
「最後の最後でちょっとしくじっちまったけど、なんとかかんとか誤魔化せたよ。大トリで大失敗したら、目も当てられねえからな」
「ふふん。お前さんの芸は派手だから、どうしたって最後に据えるしかねえんだよ。しばらくは、今日の流れでいくからな」
「ああ。ただ、この調子でいくと木箱の材料もすぐに尽きちまうからよ。面倒をかけるけど、これからは材料集めの時間をもらえるかい?」
「おう! なんなら、この辺りにも材料が転がってるかもしれねえからな! ちょいと集落長にでも話を聞いてみるか!」
というわけで、ギャムレイはダルドロとともに集落長のもとを目指すことになった。
その間も広場には笛と太鼓の音色が鳴り響き、人々は喝采をあげている。それらの熱気が、ギャムレイの胸を深く満たしてやまなかった。
(あんまりでかい領地だと、こんな風に馬鹿騒ぎするのも難しいんだろうしな。これはこれで、悪くねえか)
初舞台を無事に終えたギャムレイは、それだけでも充足した心地である。これもすべては、《ダルドロの一座》に拾ってもらえたおかげであった。
「これはこれは、お疲れ様です。そちらの御方も、実に見事な手並みでありましたな」
集落長はラミカの舞踏を遠目に見やりながら、くつろいでいた。その褐色の髭に半分がた覆われた顔にも、満足そうな表情がたたえられている。
「楽しんでもらえたなら、何よりだ。ところで、ちょいと聞きたいんだがな。この川をのぼっていくと、山あいの土地に出るだろう? そこらの草木や石っころなんかに詳しい人間はいないもんかね?」
ダルドロがそのように告げると、集落長は何故だか悲しげな顔をした。
「……あの山に、何かご用事で?」
「ちょいとわけあって、木の実や石っころを集めてるんだよ。あんたがたは、あの山から果実やら何やらを収穫してるんだろう?」
「……はい。ですがこのひと月ばかりは、誰もあちらに足を踏み入れていないのです」
ダルドロは「ふうん?」と眉をひそめた。
「しかし、あんたがたにとっては山の実りも大事な食料だろう? いったいどうして、そいつをあきらめることになっちまったんだい?」
「それは……あの山に、魔性のものが棲みついたからに他なりません」
「魔性のもの?」とダルドロは目を丸くする。
「そいつは穏やかじゃねえな。このご時世に、妖魅でも現れたってのかよ?」
「その正体は、まったくわかりません。ですがそやつは、怪物としか思えないような赤子を抱いており……得体の知れない獣や人の大きさほどもある鳥などを手足のように操っているのです。あのように恐ろしいものに棲みつかれては、とうてい近づくこともできません」
ダルドロは、丸くしていた目をすっと細めた。
「怪物としか思えないような赤子に、得体の知れない獣か。で、その総元締めはどんな化け物なんだい?」
「さあ……一見は普通の老人であるようですが……そのような魔性のものを配下とするからには、きっと尋常ならぬ存在であるのでしょう。あのようなものが山から下りてきたならば、我々も安穏とはしておれませんので……恥を忍んで、王国に助けを求めようかと思案しているさなかであったのです」
自由開拓民が王国を頼るというのは、生半可な話ではない。記憶を失ったギャムレイでも、それぐらいのことはわきまえていた。
「なるほど……そいつは、面白そうな話だな」
ダルドロは黄色い乱杭歯を剥き出しにして、勇猛に笑った。
「それじゃあ俺たちが、その正体を暴いてやるよ。それまで、王国に使いを出すのは待ってもらえるかい?」
「ええ? どうしてあなたがたが、そのようなことを?」
「なんとなく、匂うんだよ。はみだしもんってのは、山やら何やらに隠れひそむもんだからよ」
身を震わせる集落長を余所に、ダルドロはいっそう不敵に笑った。
「ついでに目的の品も探し出せりゃあ、一挙両得ってもんだ。あらためて、草木や石っころに詳しい人間を紹介してもらえるかい?」
「しょ、承知しました。それでは、少々お待ちくだされ」
ダルドロの豪胆さに辟易した様子で、集落長は人混みの向こうに消えていく。
それを横目に、ギャムレイはダルドロに語りかけた。
「なんだか、大層な話になってきたな。座長はそんな化け物どもを、仲間に迎えようってのかい?」
「化け物だったら、見世物にちょうどいいじゃねえか。稼ぎにならねえような化け物だったら、成敗するだけだ。この集落が今より貧しくなっちまったら、見物料も期待できなくなっちまうしな」
そのように語るダルドロは、また乱杭歯を剥き出しにして笑う。
不敵な表情はそのままに、その目には期待の光も宿されているようであった。




