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異世界料理道 --外伝集--  作者: EDA
外伝 逸脱者の狂騒曲

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05 復調

 ギャムレイが《ダルドロの一座》に仲間入りしてからも、しばらくは養生の日々であった。

 童女ベラが準備してくれた薬や食事のおかげでずいぶん調子は取り戻せたものの、それはあくまで薬で痛みを抑えている結果であったのだ。当たり前の話であるが、左目と左腕の欠損というのはそんなに生易しい怪我ではなかったのだった。


 その期間、ギャムレイはひたすら体力の回復に努めた。

 ただし、野営の時間となったならば人の手を借りて荷車を降り、仲間たちの賑わいを横目に火薬の調合に取り組んだ。旅芸人の一員となった彼は、まともに動けるようになったあかつきにはすぐに芸人として働きたいと願っていたのだ。


 その過程で焚火の炎を紫色や緑色に染めあげてみせると、一座の面々は子供のように大喜びした。彼らは本当に、火薬の知識をいっさい持ち合わせていないようだった。


「でも本当に、世間では火薬のことが知られてないのかい?」


「あァ。そもそもアタシは、火薬なんて言葉すら聞いた覚えはないねェ。アンタがどんな芸を見せてくれるのか、今から楽しみでならないさァ」


 童女ベラのそんな言葉を励みに、ギャムレイはひたすら火薬の調合に取り組んだ。

 なおかつ彼の脳裏には、色彩を変えた火の玉を宙に放る方法や火種を飛ばして的当てをする方法なども残されていた。それ以外にも、奇術でしか活用の方法もなさそうなさまざまな技術が、彼の頭の片隅に眠っていたのである。


(もしかしたら、俺はもともと奇術師だったのかもしれねえな)


 だからギャムレイは《ダルドロの一座》に誘われたとき、あんなにも嬉しかったのかもしれない。すべてを失ってしまったギャムレイの中に、奇術師として生きたいという思いが根深く残されていたのかもしれなかった。


 そうして旅を続ける間に、ギャムレイは一座の芸を何度か目にする機会があった。

 彼らは辺境区域を放浪しながら自由開拓民の集落やひなびた村落などを巡り、芸を見せる代わりに食料を得ていたのだ。


 座員の数は、七名。不死身のダルドロ、笛吹きのベラ、獣人のペテル、千里眼のノッド、曲芸師のトゥーイ、踊り子のラミカ、そして星読みのライラノスとなる。


 座長のダルドロは、石頭を自慢にしている。その石頭で巨大な岩石を粉砕したり鋼の長剣を叩き折ったりというのが一番の芸で、さらには木の棒などでどれだけ殴られても痛みを感じないというのが不死身の二つ名の所以であった。


 ベラは笛を吹くばかりでなく、トゥーイと組になって曲芸も見せている。全身を真っ青に染めあげたトゥーイは棒術の達人であり、ベラとともに見事な演武を見せていたのだ。この両名の身体能力は、ちょっと人間離れしているように感じられた。


 獣人のペテルは、力自慢である。彼は芸人として外連味が足りていなかったが、そのぶん規格外の怪力を有していたのだ。巨大なトトスを持ち上げるだけで、それは十分な芸であった。


 千里眼のノッドはいささか変わり種で、見えないものを見通すという千里眼の技を得意にしている。伏せた札の柄を当てたり、隠された小石の場所を言い当てたりと、芸の内容は地味めであったが、持ち前の外連味でそれなりの人気を博していた。


 踊り子のラミカは間つなぎに妖艶な舞を見せて、見物人の目を楽しませている。その際には他の座員が楽器を受け持ち、舞台に大きな彩りを添えていた。


 最後のライラノスは新入りの座員で、星読みの技を得意にしている。それは芸でも何でもなく、シムで盛んな占星の技であったが、銅貨を稼げるぐらいの精度を有していた。


(芸って言っても、色々なんだな)


 ギャムレイは彼らの芸を楽しみながら、そんな感慨を噛みしめていた。

 七名の座員の中で種や仕掛けがある芸を披露していたのは、ダルドロとノッドのみとなる。ダルドロの石頭で破壊する岩石や刀にはそういう細工が仕込まれていたし、ノッドの千里眼の奇術もすべてはペテンであった。


 いっぽうペテルの怪力は生まれつきのものであるし、ハッタリをきかせるために二本の角を生やしているのはご愛敬だ。あとの面々は体術や楽器などの腕に磨きをかけて、それを芸に昇華しているわけであった。


 その中で、ライラノスだけが少しばかり異彩を放っている。

 そもそも星読みというのは、シムに伝わる魔術の名残であるのだ。魔術というのは禁忌の存在であるのだから、東の民でもないライラノスがそのようなものを習得しているのは、いささか道理から外れていた。


「どうもあいつは目が見えない代わりに、星読みの才覚に恵まれちまったみたいでねェ。人の運命を当たり前みたいにポンポン読み解いちまうもんだから、周囲の連中から忌避されて、西から東に追い出されちまったらしいよォ」


 それでライラノスは自らの力を封じるために、シムの高名な占星師から封印の刻印というものを授かった。彼は顔ばかりでなく、全身に不気味な紋様が刻みつけられているそうであるのだ。


 それでもなお、ライラノスの力を完全に封じることはできなかった。彼は今でもその場にいる人間の生まれ星をぴたりと言い当てることができたし、しっかりと念じれば行く末を見通すことも容易いという話であるのだ。封印の刻印は、その星の動きが勝手に見えてしまうことを封じているに過ぎないのだという話であった。


「そんなモンは、ほとんど魔術だろうからねェ。西であろうと東であろうと、そんな話が貴族様やら王様やらの耳に入っちまったら、禁忌の徒として処刑されかねないだろォ? だからこうして旅芸人に身をやつして、世間の目をくらませてるってわけさァ」


「うむ! それに、そんな力は立派な芸だからな! ただ腐らせるには惜しいと思って、仲間に引き入れてやったのだ!」


 そんな座員たちの計らいをどのように思っているのか、ライラノスは道中でも他者と言葉を交わそうとせず、ひとり陰々と黙りこくっている。なおかつ、ギャムレイが仲間入りした後は、同じ荷車で過ごすことに相成ったのだった。


「この一団の方々は誰もが明るき星を持っておられるため、わたしにはいささか眩いのです……ですが、あなたの星は生まれたてであり、とてもかそけき光ですので……わたしは、安らいだ気持ちでいることがかないます……」


 最初の日、ライラノスはそんな風に語っていた。

 まあ、盲目のライラノスがこの世をどのように見ているのかは想像もつかないが、彼も大切な仲間のひとりであるだ。どうせギャムレイは荷車の中で身を休めているばかりであるのだから、彼の同乗を忌避する理由はなかった。


 そんな具合に、日々は粛々と流れすぎ――ギャムレイが仲間入りをしてから二十日ていどが過ぎた頃、ようやく薬の世話にならずに済むぐらい回復することができた。


 ギャムレイは全身に火傷を負っていたが、それもおおよそ回復している。ギャムレイは大層な爆炎に見舞われたはずであるが、炎よりも衝撃の被害が大きかったのだ。おそらくは最初の衝撃で家屋が吹き飛び、ギャムレイも家屋の外まで吹き飛ばされたため、大きな火傷を負ういとまもなかったようであった。


 その代わりに失ったのが、左目と左腕である。

 ぽっかりと空洞が空いた左目にはベラがこしらえてくれた黒い眼帯を装着し、失われた左腕の先端には真っ赤な織物を巻きつけている。さらに、頭にも真っ赤な織物を巻くように指示されて、やたらと寸法の大きい上衣も赤地であった。


「炎の奇術師を名乗るなら、赤い格好が相応だろォ? ま、アンタが扱う炎ってェのは赤いばっかりじゃないんだろうけどさァ」


 身なりを整えたギャムレイを前に、ベラは笑いを含んだ声でそう言った。


「じゃ、準備ができたら芸を見せてもらおうかァ。連中も、期待ではちきれんばかりになってるからねェ」


 今日はギャムレイが座員たちに芸を見せて、客前で披露する出来栄えであるかどうかが判じられる手はずであったのだ。

 これでギャムレイが粗末な芸を見せたら、仲間入りの話も立ち消えてしまうかもしれない。そんな不安を心の片隅に残しつつ、それでもギャムレイは燃えるような意欲を胸にしていた。


 そうしてギャムレイが荷車を降りると、焚き火を囲んだ座員たちが盛大にはやしたてた。

 炎の奇術は夜のほうが格段に映えるので、この時間を待ってもらったのだ。ギャムレイは一同に向かって恭しく一礼してから、焚き火から離れた位置まで歩を進めた。


 座員たちは子供のように瞳を輝かせながら、ギャムレイの動向を見守っている。

 唯一の例外は、ライラノスだ。彼はひとり人の輪から外れて、薄暗がりで黙然とうずくまっていた。


(まあ、目が見えないなら俺の芸を楽しむこともできねえもんな)


 それをいささか残念に思いながら、ギャムレイはもういっぺん一礼した。


「それじゃあ、始めさせていただくよ。お気に召したら、幸いだ」


 ギャムレイは右腕を振りかざし、宙に小さな火の玉を放る。

 青や緑や紫の火の玉がふわりと浮かび上がっては、ポンと弾け散る。それだけで、座員の何名かは喝采をあげてくれた。


 続いては、虚空に指先を走らせる。

 闇の中に炎の文字が浮かびあがり、それもまた座員たちに歓声をあげさせた。


 ギャムレイは右腕一本になってしまったが、過不足なく芸を見せることができている。

 やはりギャムレイは、過去にも同じ行為に励んでいたのだろう。でなければ、ちょっとした練習だけでこのような奇術が可能になるとは思えなかった。


 さらにギャムレイは、闇の中に炎の鞭をしならせる。

 それを頭上に投じると、蛇のようにのたうちながら、火の玉よりも盛大に弾け散った。


 ギャムレイは再び虚空に火の玉を放りながら、右から左へと歩を進めていく。

 その道行きでひそかに地面に這わせた仕込みの糸に点火すると、地面を三色の炎が駆け巡った。


 最後は、的当ての奇術である。

 ギャムレイは腰にさげていた仕込みの土瓶を地面に置き、何歩か後ずさる。そうしてその口に火種を投げ込むと、土瓶は炎を噴きあげながら爆散した。


 それらの炎の輝きが、ギャムレイの心を満たしていく。

 ギャムレイは爆発の事故でこんな姿になってしまったというのに、炎を恐れる気持ちにはなれず――それどころか、半ば炎に魅入られていた。もしかしたら自分は炎の中から生まれ落ちたのではないかと、そんな妄念に見舞われるぐらいであった。


「……以上、炎の奇術でございました」


 ギャムレイが芝居がかった調子で一礼すると、これまでで一番の拍手と歓声がわきたった。


「いやあ、見事だった! いっぺん死に果てたとは思えねえような手腕じゃねえか!」


 ダルドロも乱杭歯を剥き出しにして、豪快に笑っている。

 ギャムレイは心臓を高鳴らせながら、そちらに近づいていった。


「どうも、お粗末さんでした。……俺の仲間入りを認めてもらえるかい?」


「何を寝ぼけたことを言ってやがる! こんな物凄え芸を見せられたら、俺たちのほうが霞んじまうわ!」


 すると、他の面々も陽気に騒ぎたてた。


「まったくだね! こいつは、一座の稼ぎ頭になるぞ!」

「ほ、本当ですね! 俺の力自慢なんて、足もとにも及びません!」

「でも、芸は派手なのに口上がしみったれてるねぇ。こいつは、手ほどきが必要かぁ」

「そうねぇ……あと、日の下だったらどんな感じになるのかしら? いつも夜とは限らないんだから、そのあたりも確認が必要よぉ」


 老婆のノッドと踊り子のラミカはいささか揶揄する調子であったが、その目にはどちらも満足そうな光がきらめいている。

 ギャムレイは内心で安堵の息をつきつつ、無言のベラを振り返った。


「ベラの姐さんは、どうだい? 率直な意見を聞かせてくれよ」


「……うン。そりゃあ見事だったよォ。ただ……ちょっと見事すぎるかもねェ」


 ベラは切れ長の目を、半分まぶたに隠している。

 その姿に、ギャムレイは胸を騒がせて、ダルドロは逞しい首を傾げた。


「なんだよ、ずいぶん辛気臭えことを抜かしやがるな。見事すぎて、何がわりいってんだ?」


「芸としては、見事なモンさァ。でも、最後の土瓶を吹っ飛ばした技……なんだか、あの夜を思い出しちまうんだよねェ」


 ベラの言葉に、ギャムレイは「ああ」とうなずいた。


「前々から言ってる通り、火薬の扱いってのは危険がともなうんだよ。でも、よっぽど大量の火薬に火をつけない限り、家を吹き飛ばすような真似はできないさ」


「つまり、大量の火薬を準備したら、家を吹き飛ばすことも造作はないってェことかァい?」


「そりゃあそうさ。だから、そんないっぺんに作らなきゃいい。どっちみち、火薬なんざ放っておいたら湿気っちまうんだからさ。無精をしないで必要な分だけちまちま調合していくことにすれば、あんな事故は起きねえよ」


「……アタシが言いたいのは、そういう話じゃないんだよねェ」


 と、ベラはすくいあげるようにギャムレイを見つめてくる。

 それは決してギャムレイを責めたてているような眼差しではなく――ただ、何かを見通すように鋭い光をたたえていた。


「コイツは今まで語る機会がなかったけどさァ。あの火薬の材料ってモンが詰まった木箱は、一階の倉庫から拝借したって言っただろォ? そこには、剣やら槍やら弓やらもどっさり準備されてたんだよねェ」


「あん? そいつは、どういうこったい?」


「こいつはただの当て推量だけど、あそこは武器商人の隠し倉庫だったんじゃないのかねェ。それで、武器として使うために火薬の研究を進めていた……なんて考えると、あれこれ辻褄が合いそうなんだよねェ」


 すると、ダルドロも「ふむ」と声をあげた。


「そういえば、一階の連中はみんなシムの毒でくたばってたんだったな」


「ああ、そうさァ。西の王国がそんな危なっかしい武器を持ったら、東と仲良くしてる北の連中がひどい目にあっちまうからねェ。そうじゃなくっても、余所の王国がむやみに力をつけることは歓迎できないだろうさァ」


「それでシムの連中が攻め込んできて、ギャムレイが炎の武器をぶっぱなしたって顛末か。なるほど、筋は通ってるな」


 そう言って、ダルドロはにやりと笑った。


「で? お前さんは、どうしようってんだよ?」


「うン。何かをぶっ壊すような芸は、控えるべきなんじゃないかねェ。そいつを武器として扱いたいなんて連中に目をつけられたら、今度はアタシらが危うくなっちまうからさァ」


「じゃ、他の芸はかまわねえってんだな?」


 ダルドロの言葉に、ベラは「ははン」と肩をすくめた。


「炎をわちゃわちゃ操るぐらいだったら、大した武器にもならなそうだからねェ。そんなもんを武器にするぐらいなら、剣の修行をするほうがよっぽど手っ取り早いだろうさァ」


「そういうことだな! じゃ、土瓶を吹っ飛ばす芸は禁じ手だ! わかったな、ギャムレイ?」


 ギャムレイは「ああ」と応じてから、深々と溜息をついた。


「まったく、勘弁してくれよ、ベラの姐さん。心臓が縮みあがっちまったぜ」


「あン? 何をそんな恨みがましい目つきをしてるのさァ?」


「俺の芸はまるごと禁じ手だとか言われるんじゃねえかと、気が気じゃなかったんだよ。そうしたら、仲間入りの話だってご破算だろうからさ」


 ベラは「へえ」と赤い唇を吊り上げた。


「ずいぶん酔狂なことを抜かすもんだねェ。こんな旅芸人に身をやつすより、武器商人に取り入ったほうがでかい稼ぎを手にできるだろうにさァ」


「そんな真似して、何が楽しいってんだよ。見も知らぬ人様を傷つけるために爆薬を調合するなんざ、まっぴら御免だね」


 ギャムレイが顔をしかめてそう言うと、ベラは小気味よさそうに咽喉を鳴らして笑った。


「アンタは立派なはみだしモンだよォ。じゃ、これまでぐうたら過ごしてた分まで、しっかり稼いでもらおうかねェ」


「ああ。見物人の度肝を抜いてやるさ」


 ギャムレイがそのように宣言すると、黙って成り行きを見守っていた面々があらためて騒ぎたてた。

 その賑わいが、ギャムレイの胸を深く満たしていく。なんだかギャムレイは、ようやく正しい運命をつかみとったような心地であった。

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