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異世界料理道 --外伝集--  作者: EDA
前伝 黎明の森

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05 光と影

 ルミア=ルウとラー=ルティムの婚儀を皮切りとして、ルウの血族はさまざまな変転を迎えることになった。

 まずはドグラン=ルウがレイの家長を力比べで打ち破ったことにより、親筋の座はルウとなった。そしてその後はレイの家長の弟とルウ分家の女衆、さらにドグラン=ルウとティト=ミンの婚儀が挙げられて、四つの氏族が血の縁で結ばれたのである。


 モルガの森辺に移り住んでから三十五年という歳月が過ぎ去って、ルウはついに新たな眷族を得たのだ。

 そしてその後は堰を切ったように、さまざまな変転が訪れた。

 ジバ=ルウにとってもっとも感慨深かったのは、やはり跡継ぎの一件である。ドグラン=ルウの伴侶となったティト・ミン=ルウは婚儀を挙げた翌年に懐妊し、さらに翌年には無事に子を生み落とすことになったのだ。


 しかもそれは、周囲の人間が求めてやまない男児であった。

 髪はティト・ミン=ルウの父親譲りの黒褐色で、瞳はドグラン=ルウ譲りの深い青色をしている。名前は、ドンダ=ルウと名付けられた。


 ジバ=ルウにとっては、ついに初めて抱く孫である。

 その小さいのにずっしりと重たい身を抱えたときには、ジバ=ルウも涙をこらえることができなかった。


(ようやく……ようやく新しい家族を迎えることができたねぇ)


 ジバ=ルウにとっては、末妹ルミア=ルウ以来の赤子である。

 そしてドグラン=ルウの青い瞳は、父たるラック=ルウから受け継いだものであるのだ。ドンダ=ルウの青い瞳で見つめられると、ジバ=ルウはいっそう胸を詰まらせることになった。


(見ているかい、ラック……それに、父さんや母さんや兄さんたちも……ルウ本家の血は、ついに新しい道を授かったんだよ……)


 それから間もなくして、驚くべきことが起きた。

 まるでせき止められていた運命が動き出したかのように、ジバ=ルウの長姉や次姉のもとにも子が授けられたのである。

 長姉などはすでに二十六歳となっていたので、誰もがあきらめかけていた。しかし、婚儀を挙げてから十一年目にしていきなり子を宿し、翌年には丸々とした女児を生み落としたのだった。


 そしてルティムに嫁いだルミア・ルウ=ルティムやレイに嫁いだ分家の女衆も、続々と子を宿した。十七歳で婚儀を挙げたルミア・ルウ=ルティムも、十九歳になる頃にはもう母となっていたのだった。


 さらにティト・ミン=ルウが二人目の男児を生み落とすと、ついに次兄モーティ=ルウの伴侶も子を宿した。こちらも婚儀を挙げてから、五年ほどが経ってからの懐妊であった。


 そうしてジバ=ルウは、あっという間に数多くの孫に囲まれることになったのである。

 ほんの数年前までは四人の子たちにまったく子が生まれないことを嘆いていたというのに、あまりに大きな変転であった。


 しかしその陰では、魂を返している人間もいる。

 ルティムの先代家長は、孫たるラー=ルティムの婚儀を見届けてすぐに魂を返していた。

 長年にわたってルウ本家を支えてくれた女衆――ジバ=ルウの兄の伴侶であった女衆も、ドンダ=ルウの生誕を見届けて間もなく魂を返していた。


 さらに、レイの家長である。

 父親以上に豪放で、最後まで親筋の座をあきらめなかった彼も、ルウと血の縁を結んで二年後には森に魂を返してしまったのだった。


 なおかつレイの家長には、男児が生まれていなかった。

 それで、ルウ分家の女衆を嫁に迎えた彼の弟が、ひとまず新たな家長に定められたのである。


 そちらの男衆は、ドグラン=ルウより一歳年長という身であった。兄たる家長を失ったのは、二十四歳の頃合いだ。家長として若すぎることはないが、どうもレイというのはひときわ家長の入れ替わりが早いように感じられた。


 ともあれ、人が魂を返すのは自然の理である。

 しかしこの時代は、明らかに魂を返す人間よりも新たに生まれる子供の数のほうがまさっていた。それを大きな希望として、ルウの血族は強く生きていくしかなかった。


 そして血族の長たるドグラン=ルウは、周囲の期待以上の働きを見せてくれた。

 この近年の力比べではドグラン=ルウが毎回最後まで勝ち抜いていたし、ギバ狩りの仕事においても誰よりも数多くのギバを狩っていたのである。


 また、それは個人の力量に留まらず、ドグラン=ルウは狩りの場を取り仕切る立場としても絶大な才覚を発揮していた。そして、そんなドグラン=ルウに手ほどきを受けることで、三つの眷族においても年々収獲の量が向上していったのだった。


 そうしてルウの血族は、これまで以上に豊かな生活を手にすることがかなった。

 いつしか見習い狩人も全員が鋼の刀を手にすることができて、雨季の間も飢えに苦しむことはなくなった。さらには、女衆の宴衣装を買い集めるほどのゆとりが生まれたのだ。長兄ドンダ=ルウが十歳になる頃には、おおよその女衆に立派な宴衣装が与えられて、花嫁は全身を光り輝く織物で包み込むことができるようになっていた。


「しかし、宴衣装を買い集めるよりも、万が一に備えて銅貨を蓄えておくべきではないだろうか?」


 そんな風に述べたてていたのは、ミンの家長である。ジバ=ルウたちが最初に縁を結んだ家長はすでに魂を返しており、新たな家長となったのはティト・ミン=ルウの兄にあたる男衆であった。


「無論、宴衣装に銅貨を注ぎ込むのは最後の最後だ。必要な食材と薬、それに鋼の刀の予備まで買いそろえた上で、なおもゆとりが生じたならば、新たな宴衣装を買い求める。そのように取り決めたはずであろう?」


 ドグラン=ルウが親筋の家長に相応しい風格でそのように応じると、ミンの家長は恐縮しながらなおも言いつのった。


「ミンの家でも、そのように取り計らっている。ただ、それ以上の有事に備えてもいいのではないかと考えたのだが……」


「有事とは、何だ? 具体的に例をあげねば、宴衣装と比較することもできまい」


「いや、今のところ、確たる品は思い当たらないのだが……」


「そうであろうな。だからこそ、俺たちは宴衣装を買い求めたのだ。他に必要なものがあれば、それを二の次にすることはない」


 ドグラン=ルウはジバ=ルウの父や兄たちを超えるほどの迫力を身につけたが、滅多に声を荒らげることはなく、言葉の内容も理路整然としていた。


「女衆にとっての宴衣装というものは、俺たちにとっての狩人の衣や果実酒などと同列の存在と見なすべきであろう。それはつまり、誇りであり、喜びだ。俺たちはどれだけ飢えても狩人の衣を売り払うことなく、祝宴の折には果実酒を買い求めた。刀や食材や薬というものは生きていくのに不可欠な存在だが、より豊かな生活には誇りと喜びが必要であるのだ。……宴衣装の準備もなしに果実酒ばかりを買い求めていては、女衆に恨まれてしまおうしな」


 ドグラン=ルウが最後に不敵な笑みを見せると、ミンの家長も感じ入った様子で微笑んでいた。


 ドグラン=ルウは、本当に立派な家長に育ったのだ。

 この頃には、もうジバ=ルウも先代家長として振る舞う機会はなく、ひとりの女衆として家の仕事に励んでいた。


(もうドグランは、心配ない。あたしもついに、家長を立派に育てあげるという仕事をやり遂げることができたってわけだね)


 そしてジバ=ルウは、たくさんの孫たちに囲まれている。ティト・ミン=ルウは五人も子を生して、それがすべて元気に生き抜くことができたのだ。そうして本家が手狭になったため、ずっと家人として過ごしていたモーティ=ルウも新たな分家の家長となり、そちらでも三人の子供たちを育んでいた。


 思えば――この頃が、ジバ=ルウにとってもっとも安らかな時代であったのだろう。

 この時点で、ジバ=ルウはすでに五十三歳となっている。ジバ=ルウよりも年長の人間はのきなみ魂を返し、そしてルウは五番目の眷族を迎えていた。レイよりもさらに南寄りの位置で暮らす、マァムの家である。マァムにはもはや二十名ていどの家人しかなく、ひたすらルウの強さの恩恵にすがりたいという一心であるようであったが、ドグラン=ルウは寛容な心でそれを受け入れていた。


 なお、マァムは生活が逼迫していたために、交流に数年もの時間をかけることができなかった。それで、マァムが血族に相応しい家でなければ即時に絶縁するという条件でもって、すぐさま血の縁を結んだのだ。それは他なる家長たちも交えて話し合った上での結果であったが、ドグラン=ルウの優しさと厳しさが強く反映しているのではないかと思われた。


 この頃には他なる氏族でも次々と新たな血の縁を結んでいたようであったが、五つもの眷族を持っているのはスンとラッツ――そして、南の端に住まうサウティという氏族のみであった。ジバ=ルウが家長会議に参じていた頃にはついぞ名を聞く機会もなかった氏族であるが、サウティは南の端で暮らす小さき氏族をひとつにまとめあげて、親筋の座を得たようであった。


 しかしまた、ラッツもサウティもルウの血族にはまったく及ばないのだと聞き及んでいる。家人の数も、生活の豊かさも、狩人の強靭さも、スンとルウが図抜けているのだという話であった。


 きっとルウの血族も族長筋のスンと同様に、あまたある氏族に手本を示すことができているのだろう。

 それもまた、ジバ=ルウにとってはひとつの悲願であった。ガゼから族長筋の座を受け継がなかったルウには、スンを支える責任があると感じていたのだ。


 ジバ=ルウがかつて抱いていた思いは、おおよそ成就されている。

 よって、ジバ=ルウはこの上なく幸福であった。

 そんな思いが無残に打ち破られることになろうなどとは、ジバ=ルウもまったく予測していなかったのだった。


                  ◇


「族長の座は、末弟たるザッツ=スンに受け継がれた」


 ドグラン=ルウがそのように告げたのは、家長会議の翌日のことであった。

 ジバ=ルウが五十三歳であるこの年、ドグラン=ルウは三十二歳となっている。下顎に真っ赤な髭をたくわえていっそう魁偉な風貌となったドグラン=ルウは、常にないほど厳しい面持ちになっていた。


「末弟? 族長の末の子ということかい? それではずいぶん若いように思えるけれど」


 伴侶のティト・ミン=ルウが普段通りの朗らかさで反問すると、ドグラン=ルウは「いや」と首を横に振る。


「族長の子ではなく、族長の弟だ。族長の子もギバ狩りの仕事で魂を返してしまったため、分家の家長であったザッツ=スンが本家と族長の座を受け継いだということだな」


 ティト・ミン=ルウは「ああ、そういうことですか」と穏やかに微笑んでいたが、ジバ=ルウは胸を騒がせていた。

 かつての族長ダナヴィン=スンは、五年ほど前に長兄へと族長の座を譲り渡している。ダナヴィン=スンはジバ=ルウと同い年であるため、四十八歳まで族長の役目を果たしたというわけであった。


「……母ジバは、ザッツ=スンのことを覚えていようか?」


 ドグラン=ルウに強い眼差しを向けられたジバ=ルウは、騒ぐ心臓をなだめながら「ああ」と答えた。


「もちろん、忘れちゃいないよ。十年以上も前に、一度きりしか顔をあわせていない相手だけど……あんな幼子は、そうそう忘れるものではないさ」


「あれは俺が初めて家長会議に出向いた日のことであったのだから、十七年前のこととなる。十歳足らずの幼子であったあやつも、二十六歳になっていた。……そしてあやつは、とてつもない力を身につけたのだ」


 すると、十歳のドンダ=ルウが幼子らしからぬ鋭い声で「父さんよりも?」と尋ねた。


「うむ。俺とモーティの二人がかりでも、あやつを地につけることはできまいな」


「……それは、信じられないな」


 と、ドンダ=ルウは可愛らしく口をとがらせた。いつも力比べで最後まで勝ち上がる父親は、彼にとって一番の誇りであったのだ。


「しかし、それが事実だ。俺が知る限り、あやつは森辺でもっとも力ある狩人であろう」


「それは心強い話だけれど、家長は嬉しくなさそうだねぇ」


 ティト・ミン=ルウの言葉に、ドグラン=ルウは「うむ」とうなずいた。


「あやつの気配は、物騒に過ぎる。人間らしい情などはいっさい感じられず、飢えたギバさながらに殺気を撒き散らしているのだ。……母ジバであれば、想像がつくのではないか?」


「……うん。あの幼子は、あのまんま育っちまったんだねぇ。ダナヴィン=スンも、ザッツ=スンが族長の座を受け継ぐことに文句はつけなかったのかい?」


「うむ。ダナヴィン=スンは、今年の雨季で魂を返したのだそうだ」


 その言葉が、またジバ=ルウを打ちのめした。

 すると、ドグラン=ルウの青い瞳に心配げな光がよぎる。


「そういえば、母ジバはダナヴィン=スンと同じ齢であったのだな。しかしダナヴィン=スンはすべての力を振り絞り、族長の役目を務めあげたのだ。長兄に族長の座を譲る際には、もはや老人のように真っ白な頭をしていたからな」


「うん……あれは、立派なお人だったねぇ」


 ジバ=ルウが悄然と息をつくと、まだ四歳の身である末弟リャダ=ルウが膝のあたりに取りすがってきた。


「ジバばあは、そんなにかみもしろくないよ。まだたましいをかえさないよね?」


「うん……それでもあたしみたいな老いぼれは、いつ魂を返してもおかしくないけどねぇ」


 ジバ=ルウのつれない返答に、リャダ=ルウはいっそう不安げな顔になってしまう。

 すると、ドグラン=ルウがいくぶん芝居がかった調子で荒っぽい声をあげた。


「母ジバよ。孫に無用の不安を与えるのは差し控えるべきであろう。長老たる母ジバは、血族の大きな希望であるのだぞ」


「そうですよ。どうかこれからも、わたしたちを導いてくださいな」


 ティト・ミン=ルウもいたわるような笑顔で、そんな風に言ってくれた。

 しかし、ジバ=ルウの胸中に生まれた不安の思いは消えることなく――やがてそれは大きな脅威の暗雲として、ルウの血族の前に立ちはだかったのだった。

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