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異世界料理道 --外伝集--  作者: EDA
前伝 黎明の森

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第5章 01 祝いと呪い

2026.4/14

今回の更新は全9話です。

 それから、長きの月日が流れすぎ――ルウの血族は、さまざまな幸いと苦難を噛みしめることになった。

 ジバ=ルウの身近なところでは、同じ家に住まう本家の家人たちが続々と魂を返していた。ラック=ルウの母親と、かつてドグラン分家の血筋であった三名という顔ぶれである。


 ラック=ルウの母親が魂を返したのは、レイやルティムとの交流を始めてから四年目のことである。彼女はラック=ルウを失ったのちも懸命に孫たちの面倒を見てくれていたが、本来の齢からは考えられない速度で老いさらばえていき、やがて煙がふっとかき消えるようにして魂を返してしまったのだった。


 そしてその翌年には、ギバ狩りの仕事で二名の男衆がともに魂を返すことになった。

 ジバ=ルウが家長になると宣言した折に、懸命に分家の家長たちを説得してくれた両名が、同じ日に魂を返してしまったのだ。伴侶と息子を同時に失った女衆は涙を見せることなく気丈に振る舞っていたが、その数日後には後を追うようにして病魔に見舞われ、ひっそりと魂を返してしまった。


 ラック=ルウと同じ日に家人として迎えた彼女たちは、ジバ=ルウにとってまぎれもなく家族である。

 しかしジバ=ルウもまた涙を見せることなく、ひたすら家長としての役割を果たした。本家の家長というものは、どんな際でもすべての血族に手本を示さなければならなかったのだった。


 その後、本家に残されたのはジバ=ルウとその子供たちのみとなる。

 この頃には子供たちもずいぶん育っていたものの、ジバ=ルウには家長としての務めがある。可能な限りは子供たちの世話を焼きつつ、足りない部分は分家の女衆を頼るしかなかった。


 そんな折にもっとも力を尽くしてくれたのは、かつてジバ=ルウの下の兄の伴侶であった女衆である。

 すでに三十五歳となっていた彼女は新たな婚儀を挙げることも子を生すこともなく、分家で静かに過ごしていたのだ。そんな彼女が非常な熱心さで、ルウの本家を支えてくれたのだった。


「本家に嫁入りしながら何も果たすことのできなかった、せめてもの償いです」


 とても澄みわたった眼差しで、その女衆はそんな風に語っていた。


 そしてその翌年にはついにジバ=ルウの長姉が十五歳となり、ルウの分家に嫁入りすることになった。

 いっそ婿取りしてはどうかという話もあがったが、ジバ=ルウは一考したのちにその案を退けた。どのみち長姉の伴侶となる男衆も本家の家長の座を担う覚悟はなかったため、本家の名を背負わせるには及ばないと考えたのだ。もしもドグラン=ルウやモーティ=ルウが子を生す前に魂を返した場合は、長姉の子が家長の座を受け持つ可能性もありえたが――そのときは、そちらの分家に本家を移せばいいだけの話であった。


(それなら、そちらの家でしっかり家族としての絆を深めるほうがいい。娘たちは、みんな嫁に出すことにしよう)


 そのように、ジバ=ルウは母親としてばかりでなく、家長としての立場でさまざまなことを取り決めなければならなかった。

 しかしまた、母親としての喜びが損なわれるわけではない。長姉が婚儀を挙げる際には、ジバ=ルウも涙をにじませながら喜びに打ち震えることになったのだった。


 きっと本家の家長というものは、ふたつの顔を持たなければならないのだ。

 かつてはジバ=ルウの父と兄も、そのように振る舞っていた。家長として厳格に振る舞いながら、家族に対する情愛は決して忘れていなかったのだ。ジバ=ルウは、ひたすら父と兄を手本にしているつもりであった。


 そしてそれから三年後には、十六歳になった次姉がシュティファに嫁入りすることになった。

 本家の血筋はなるべくルウに留めるべきではないかという声もあげられたが、ジバ=ルウは母と家長の両方の考えから娘の嫁入りを許した。

 母としては、もちろん本人が見初めた相手と結ばれてほしいという思いである。

 そして、家長としては――次姉の伴侶の子にまでルウ本家の家長の座が巡ってくることはないだろうという打算であった。


(長兄と次兄と長姉の子が死に絶えない限り、次姉の子にまで出番は回らないんだ。いくら何でも、そんな悲惨な運命は想像したくもないさ。それでもなお、そんな試練を迎えるとしたら……そのときはシュティファに親筋の座を担ってもらうか、あるいは全員まとめてルウの家人に迎えるしかない)


 そうしてその日もすべての血族およびレイとルティムの面々を集落に招き、大々的な祝宴を開くことになった。


 この時点で、ジバ=ルウはすでに三十四歳である。

 レイやルティムと交流を始めてから、すでに八年の歳月が過ぎている。ドグラン=ルウも十三歳となり、ついに見習いの狩人として森に入るようになっていた。


 ジバ=ルウが家長として振る舞うのも、あと二年限りである。

 もちろんそれは、ドグラン=ルウが一人前の狩人に育つと見込んでの話であったが――万が一にもドグラン=ルウが志半ばで倒れるようであれば、次兄のモーティ=ルウに希望を託すのみであった。


(そんな風に、我が子の生き死にまで勘定に入れなくちゃならないんだから……本当に、業の深い話だねぇ)


 祝宴の賑わいを見やりながらジバ=ルウがそんな想念に沈んでいると、すらりとした人影が近づいてきた。

 今までジバ=ルウが頭に思い浮かべていた、ドグラン=ルウ本人である。ドグラン=ルウは十三歳とは思えないほど背がのびて、すっかり凛々しい面立ちになっていた。


「家長ジバ。こんな祝宴のさなかにすまないが、折り入って話したいことがある」


「おやおや、ずいぶん物騒な気配を撒き散らしているね。何かあたしに文句でもあるのかい?」


「家長に文句などあるわけがない。俺のほうこそ、文句をつけられる覚悟で出向いてきたのだ」


 父親譲りの青い瞳に思い詰めた輝きをたたえながら、ドグラン=ルウはそう言った。

 肩までのばした真っ赤な髪はかがり火の明かりを浴びて、燃えさかるようにきらめいている。ドグラン=ルウは十三歳の頃の父親よりも、遥かに勇ましい姿であった。


「俺はいまだに見習い狩人で、このような言葉を口にする資格はない。しかしどうか、家長に了承をもらいたいのだ」


「あんたにしては、前置きが長いね。いったいどういった話なんだい?」


「うむ……俺が十五歳となって、一人前の狩人と認められたあかつきには……シュティファの女衆を、嫁として迎えたいのだ」


 ジバ=ルウは、「へえ」と目を見開いた。


「それはそれは……もしかして、シュティファ本家の長姉かい?」


「そうだ。やはり家長は、察していたのだな」


「シュティファにも、あんたと齢のつりあう娘はそうそういないからね。それにしても、十三歳で婚儀の相手を見定めるなんて気の早いこったね」


 ジバ=ルウは薄く笑いながら、果実酒をちびりと舐めた。


「まあ、あと二年もあるんだから、何も急ぐ必要はないさ。十五歳になっても気持ちが変わっていなかったら、好きに婚儀を挙げりゃあいいよ」


 すると今度は、ドグラン=ルウが目を見張った。


「家長は……それでいいのか?」


「うん? あたしに反対する理由があるかい?」


「俺たちは、いずれレイやルティムと血の縁を結ぼうと考えている。ルウ本家の長兄である俺がレイやルティムから嫁を迎えれば、もっとも強い絆となるだろう?」


 ドグラン=ルウは苦しげに眉を寄せながら、そう言った。

 それでジバ=ルウは、二つの相反する思いに見舞われる。家長としての誇らしさと、母としてのやるせなさである。


「あんたは、そんな風に考えていたのかい。家長の跡継ぎとしては立派なもんだけど、そいつは心配が過ぎるってもんだね」


「だが、それが真実であろう?」


「それは、真実の片面に過ぎないね。もう片面の真実――つまり、心から見初めた相手を伴侶にするってのも、同じぐらい大切なことなのさ。あんたがレイやルティムの女衆を見初めたっていうんならめでたい限りだけど、そうじゃないなら自分の気持ちを殺す必要はない。森辺の婚儀ってのは、そういうもんさ」


 そのように語りながら、ジバ=ルウは姿勢を正した。


「息子のあんたにこんな話をするのは、ちょっとばかり気恥ずかしいんだけど……若い頃のあたしはね、婚儀の相手なんて誰でもいいと考えてたんだよ。ラックのことは大切に思ってたけど、それが恋心だなんて風には思ってなかったからさ。本当は、シュティファから別の男衆を婿に迎えるはずだったんだ」


「なに? そうなのか?」


 と、ドグラン=ルウは仰天したように身を乗り出してくる。

 彼はずっとジバ=ルウたちの仲睦まじい姿を見て育ってきたのだ。ジバ=ルウにしてみても、ラック=ルウを異性として見ていなかった時代のことなどまったく実感できなかった。


「でも、父さんから家長の座を受け継いだ兄さんが、ラックを婿に迎える決定を下した。そのおかげで、あたしは道を間違えずに済んだのさ。たとえ恋心でなかったとしても、あたしが家族の次に大切に思っていたのはラックだったからね。ラック以外の人間と婚儀を挙げていたら、生きる喜びを授かることもできなかったかもしれない。そして、もしも婚儀を挙げた後にラックへの恋心に気づいていたら……この世のすべてを呪うことになっていたかもしれない。それぐらい、婚儀ってのは大事なもんなんだよ」


 ドグラン=ルウは、とても真剣な眼差しでジバ=ルウの言葉に聞き入っている。

 それを頼もしく思いながら、ジバ=ルウはさらに言葉を重ねた。


「ドグラン。家長の跡継ぎとしての責任を重んじるあんたは、本当に立派だ。あんたが立派に育ってくれて、あたしは心から嬉しく思ってるよ。でもね、その責任を重んじるばかりに自分の気持ちを押し殺すってのは、よくないことなのさ。たぶん人間は、そこまで頑丈にできちゃいない。家長としての責任に心を埋め尽くされて、人としての情けを二の次にしちまったら……きっと、人じゃない何かになっちまうんだよ」


「……人じゃない何か?」


「ああ。だからあたしは、なんべんも言ってきただろう? どれだけ責任を感じても、ルウの血に縛られちゃいけない。そうしないと、血筋は祝福じゃなく呪いに化ける。自分を殺して血族に尽くすんじゃなく、自分と血族の幸せを重ねられるように力を尽くすんだよ。そうすると、勝手に力がわいてくるもんなのさ」


 そのように語りながら、ジバ=ルウは心からの笑顔を愛する息子に届けた。


「だからあたしは今日の婚儀も、心から嬉しく思ってる。家長としても母親としても、まじりけのない祝福を捧げることができているのさ。あんたが自分の心を押し殺しちまったら、あたしはとうてい祝福できないね」


「……そうか」と、ドグラン=ルウは目を伏せた。


「俺はやっぱり、未熟者だ。あと二年で家長に相応しい力を身につけると、約束する」


「あんたなら、何も心配いらないよ。さあ、大切な姉さんの婚儀を、めいっぱい祝福してやりな」


「うむ」とうなずいたドグラン=ルウは、伏せていた目を上げてジバ=ルウを見つめてくる。その青く燃える瞳には、とても澄みわたった輝きが灯されており――彼がまぎれもなくラック=ルウの子であるという喜びをジバ=ルウにもたらしてくれた。

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