06 希望の道
その後、ルウとルティムとレイはいずれ血の縁を結ぶことを見越して、絆を深めていくことになった。
まずは家人の全員が数人ずつで組をつくり、おたがいの家を行き来する。そうしてひとこと挨拶をするだけでも、数日がかりの話であった。
何せ森辺の民というのは、男女ともにそれぞれ仕事を抱えているのである。その隙間をぬっておたがいの家を行き来するというのは、そう簡単な話ではなかった。
そこで大きな交流の場となるのは、やはり収穫祭である。
おたがいの収穫祭で数十名ずつの家人を招いて力比べや祝宴に興じると、ぐっと距離が縮まったように感じられた。
それで判明したのは、レイとルティムの狩人たちの強靭さである。
彼らは決して、ルウの血族に見劣りするような力量ではなかった。もちろん正式な力比べは血族のみで執り行うが、祝宴の余興では何の制限もなく腕を競うことがかなったのだ。
しかしジバ=ルウは彼らの力量に感心すると同時に、血族の強靭さも思い知ることができた。
何せこれまでは、余所の氏族と力量を比べる機会もなかったのである。家長会議では時おり余興として力比べが行われていたと聞き及ぶが、そのさまを見届けたことがあるのは供の男衆ばかりであった。
「やはりルウの血族には、大した狩人が居揃っているな! かえすがえすも、この身が口惜しいことだ!」
右足に深手を負って狩人の座から退いたルティムの先代家長は、果実酒の土瓶を片手にそのように語っていた。
いっぽうその息子であるゼディアス=ルティムやレイの家長などは、大した力量である。彼らはそれぞれの氏族の勇者であり、ルウの血族の勇者にも匹敵する力量であった。
しかし裏を返せば、ジバ=ルウの兄やラック=ルウを失った現在でも、ルウの血族には彼らに対抗できる狩人が存在したのだ。
シュティファの狩人たちはのきなみ退けられてしまったが、ルウの分家の狩人たちの何名かは彼らと互角の力量を見せていた。それはすなわち、ルウとレイとルティムの勇者で大きな力の差は存在しないという事実を示していた。
(それでもこっちは、一番狩人の数が多いわけだからね。少ない人数でそれだけの狩人を抱えているレイやルティムが凄いっていう見方もできるだろう)
以前に聞かされていた通り、家人の数がもっとも多いのはルウであった。レイやルティムは、せいぜいルウの半数ていどといった人数であったのだ。聞くところによると、黒き森の時代には同程度の人数であったが、モルガの森を目指す行き道でずいぶんな差が生じたようであった。
「あの道中で、俺たちは七割近い血族を失ってしまったのだ。モルガの森に到着した頃には、六つの眷族も二つにまで減じてしまっていたな」
「ルティムなどは、五つの眷族がひとつしか残らなかったのだ! そもそもは黒き森が燃えた時点で、半数以上の家人を失っていたしな!」
そういった話を聞く限り、彼らはルウの血族よりも厳しい苦難に見舞われていたようであった。
しかしそれでも、森辺においては指折りで力を残している氏族であるのだ。狩人が強靭であるのはもちろんのこと、女衆ものきなみ毅然としていたし、幼子たちの表情は明るかった。
「おそらく俺たちと同じかそれ以上の力を残しているのは、スンの血族を除けばラッツぐらいであろうな! ラッツはいまだに三つもの眷族を残して、どの氏族もそれなりの人数であるようなのだ!」
「三つの眷族を残しているなんて、立派なことですね。その血族は、どのあたりに住まってるんです?」
「くわしくは知らんが、ルウよりは北寄りでスンよりは南寄りであるはずだな! 近在に住まうガズの血族と角突き合わせて、家長会議ではいつも両端に陣取っておるぞ!」
斯様にして、ジバ=ルウはさまざまな知識を蓄えることもできた。ジバ=ルウの父や兄はどちらかというと寡黙な気質であったため、よほど重大な話でなければ家長会議の様子を語ることもなかったのだ。
しかしジバ=ルウは、どんな余計な話でも知りたいと願っている。ジバ=ルウがダビラの薬草や食材の滋養について思い当たったのも、さまざまな話を聞いて回った結果であるのだ。ジバ=ルウは幼き五歳の頃から、そういった探究心だけを武器にして戦ってきたつもりであった。
そうして、あっという間に一年の日が流れ過ぎ――その期間だけでも、ルウとレイとルティムはずいぶん絆を深めることができた。収穫祭はおよそ一年に三回ほど行われるため、それが三氏族であれば九回となるのだ。それだけ祝宴をともにしていれば、絆が深まるのも道理であった。
あとはジバ=ルウからの提案で、宿場町に買い出しに出向く際には日取りを合わせるようにしている。そうすれば家の仕事を果たしながら、往復の二刻で存分に絆を深めることがかなうのだ。これは収穫祭に引けを取らないぐらい、絆を深める一助になったはずであった。
「今のところ、こちらはルウにもレイにも不満はない。この調子で絆を深めていけば、いずれ血の縁を結ぶことも難しくなかろう」
「うむ。今後はできるだけ、幼子も同行させるべきであろうな。血の縁を結ぶ際に婚儀を挙げるのはそやつらであるのだから、今の内にその相手を見つくろうべきであろうよ」
そんな話し合いの末、二年目からは数多くの幼子が祝宴に連れ出されることになった。
それも、五歳を過ぎたばかりの幼子が中心となる。血の縁を結ぶのは早くとも九年後となるため、十歳ていどの子供では遅きに失してしまうわけであった。
そうしてその年の家長会議では、ルウとレイとルティムで血の縁を結ぶための準備を進めていることが報告される。
それが数多くの氏族に驚きを与えると同時に、自分たちもうかうかしていられないという危機感を煽ったようであった。
「ルウとレイとルティムが血の縁を結んだならば、さぞかし大きな力を授かることになるだろう。これは、心強い限りだな」
族長のダナヴィン=スンは眠たげな目つきでゆったりと微笑みながら、そのように語っていた。そちらは宣言通りにダナやハヴィラと血の縁を結び、今でも交流を密にしているということである。
ただ――その日のダナヴィン=スンは、いささか精彩を欠いているように見受けられた。
力を落としているというか、どこか茫洋とした雰囲気なのである。涼風めいた気配も薄まって、いくぶん老け込んだように感じられた。
「ああ。どうやら族長は、伴侶を失ってしまったらしい。お産で子は無事に生まれたが、伴侶が魂を返してしまったのだそうだ」
そんな内情を明かしてくれたのは、ゼディアス=ルティムである。
昨年の家長会議で伴侶と挨拶をしていたジバ=ルウは、激しく打ちのめされることになった。
(あたしと同い年だったあのお人が、魂を返してしまったのか……五歳でモルガにやってきた人間で、あたしと族長の他に生き残っている人間は他にいるんだろうか)
ジバ=ルウはそんな感傷にとらわれかけたが、すぐに脳裏から振り払った。
たとえその年代の人間が死に絶えようとも、このモルガで生まれた新たな子供たちが続々と育っているのだ。十七歳の身で立派に家長の座を務めあげているゼディアス=ルティムも、そのひとりに他ならなかった。
(あたしは二十七歳で、ドグランはやっと六歳……あと九年は、あたしが踏ん張るんだ)
それまでジバ=ルウは、魂を返すことも許されない。ドグラン=ルウを始めとするすべての血族に大きな希望を残せるように、死力を尽くすのだ。そのためであれば、どのような苦労も厭うものではなかった。
そうして家長会議を終えたならば、また交流の日々である。
それから初めての収穫祭では、レイとルティムからたくさんの幼子がやってきてルウの祝宴に花を添えてくれた。
「実はこのたび、俺の子も連れてきてしまったのだ。いまだ祝宴には加われぬ赤子の身だが、伴侶ともども世話になっていいだろうか?」
と、ゼディアス=ルティムは珍しく恐縮しながら、そんな言葉を伝えてきた。そのかたわらに控えた若い伴侶の腕には、ようやく一歳となった赤ん坊が抱えられている。ジバ=ルウもルティムの集落を訪れた際には、その赤ん坊と対面していた。
「おやおや、こいつは可愛いお客さんだ。もちろんこっちはかまわないから、幼子たちを集めてる家で一緒にくつろいでおくれよ」
「うむ。ジバ=ルウの温情に、感謝する」
そうしてジバ=ルウが自ら分家の家まで案内すると、そちらでは五歳未満の幼子たちがきゃあきゃあとはしゃいでいる。その中には、ようやく三歳となった末妹のルミア=ルウも含まれていた。
「あっ! あかちゃん!」
と、目ざといルミア=ルウが真っ先に駆けつけてくる。兄たちに負けない立派な体格で生まれたルミア=ルウは、この齢になってもころころと丸っこい可愛らしい姿をしていた。
「末妹のルミア=ルウか。ルウ本家ではそちらがもっとも齢の近い立場となるため、どうか俺の子とも絆を深めてもらいたい」
ゼディアス=ルティムが仰々しい言葉を並べたてると、ルミア=ルウはどこまで理解しているかもわからぬ様子で「うん!」と瞳を輝かせた。
そうしてゼディアス=ルティムの伴侶が赤子を抱えたまま膝を折ると、ルミア=ルウはうっとりとした眼差しでその寝顔を見守る。末の子であるルミア=ルウは、自分よりも幼い子供を前にするといつも楽しげであった。
「かわいいね。あかちゃん、なんてなまえ?」
「名前か。こちらは、ラーと名付けた。ルティム本家の長兄、ラー=ルティムだ」
「らー? なまえも、かわいいね」
ルミア=ルウは、いっそう明るく瞳をきらめかせる。
このルミア=ルウと赤ん坊のラー=ルティムが、いずれどのような運命を迎えるか――それを予見できる人間は、この場に存在しなかった。
◇
そうしてまた一年の時が過ぎて、三年目の家長会議である。
二十八歳となったジバ=ルウは、その年もシュティファおよびレイとルティムの八名でもって、スンの集落を目指すことになった。
傍目には、すでに血族であるかのように見えることだろう。
ジバ=ルウも、半分がたはそういった心持ちである。二年も交流を結んだならば、レイとルティムが信用に値する氏族であるということを心から信じられるようになっていた。
しかしまた、血の縁を結ぶというのはそれほど簡単な話ではない。
ジバ=ルウはその年の家長会議で、あらためて思いのたけを語ることになった。
「あたしたちはこの二年間で、ずいぶん相手のことを知ることができました。本音を言えば、今すぐ血の縁を結んでも問題ないんじゃないかと思えるぐらいです。でもやっぱり最初に取り決めた通り、最低でもあと八年は待つつもりでいます」
すると、祭壇の前に座したダナヴィン=スンが「ほうほう」と興味深げに反応した。
この一年で伴侶を失った悲しみを乗り越えたのか、涼風のごとき雰囲気が復活している。ただし、ダナヴィン=スンはジバ=ルウと同じ齢でありながら、黒褐色の髪にずいぶん白いものがまじり始めていた。
「二年ですっかり絆が深まったというのに、まだ八年も時期を見るというのか。それだけ、親筋の問題を重んじているということだな」
「ええ、その通りです。あたしも血族に支えられながら家長の座を守っているけれど、レイやルティムみたいに立派な氏族を眷族として従える器量はありゃしません。もちろん今すぐ血の縁を結ばなきゃならないって話になったら、眷族として従う覚悟はありますけれども――」
「しかしこちらも、そうまで話を急ぐ理由はない。レイなどは、すでに五年先まで婚儀の相手が決まっているという話であるしな」
ゼディアス=ルティムが言葉を重ねると、レイの家長も「ふふん」と応じた。
「レイでは十歳を過ぎたならば、婚儀の相手を見つくろうべしと言い渡しているのだ。そしてもちろん現時点においては、ルウやルティムを数に入れてはならんと言い渡している」
「ええ。それもこれも、ルウに男衆の家長が育って対等の立場になる日を待ってくれているということなんですから、あたしには感謝の気持ちしかありませんよ」
二人の頼もしき家長にうなずきかけてから、ジバ=ルウは他なる家長たちを見回した。
「つまりそれだけレイとルティムのお人らは、ルウのことを尊重してくれてるんです。今すぐ血の縁を結ぶべしと切り出せば親筋の座を手にできるのに、わざわざあたしの子が育つのを待ってくれようっていうんですよ。それであたしは、いっそうレイとルティムのお人らを慕わしく思うことができました。この絆が揺らぐことは、今後もそうそうないでしょうが……問題は、あたしたちルウの血族がその期待に応えられるかどうかです」
「ふむ。そちらは何か、不安でも抱えているのであろうか?」
ダナヴィン=スンの問いかけに、ジバ=ルウは「ええ」と応じる。
「もちろんあたしは、血族の力を信じてます。でも、肝要なのは家長であるあたしと跡継ぎになる子供でしょうからね。女衆であるあたしが今後もきちんと血族を導いていけるのか、跡継ぎたる長兄を家長に相応しい人間に育てあげることができるのか――そいつを実現させないと、レイやルティムと血の縁を結ぶ資格はありゃしないってことです」
「ふふ。さすがルウの家長は、厳格なことだな。お前の兄たる先代家長も、自らに対してはひときわ妥協を許さない人間であったぞ」
ダナヴィン=スンは眠たげな目をいっそう細めて、楽しげに笑う。
ジバ=ルウは兄の面影を胸に、さらに言いつのった。
「そういったわけで、あたしたちは最低でもあと八年の歳月をかけて、おたがいが血族に相応しい存在であるかどうかを見定めるつもりです。ただこれは、女衆のあたしが家長の座にあるがための特別な例でしょう。スンとダナとハヴィラは一年で絆を結ぶことができたって話でしたし、ダナとハヴィラほど家が近くなくても二年もあれば絆を深めることは難しくないように思います。族長が近在の氏族と絆を深めるべしという道を示してから丸二年が経ちましたけれど、新たな血の縁を結ぶと決めた氏族というのは存在するんでしょうか?」
他なる氏族から、声をあげる家長はいなかった。
やっぱりなと内心で思いながら、ジバ=ルウはさらに言葉を重ねる。
「それじゃああらためて、あたしからも後押しさせてもらいます。余所の氏族と血の縁を結ぶというのは、大きな希望になるはずです。どうか数多くの氏族の方々が新たな一歩を踏み出せるように祈っておりますよ」
「ふむ。ルウの家長は、どのような希望を授かることがかなったのであろうかな?」
ダナヴィン=スンが、笑顔でうながしてくる。
きっと彼は、ジバ=ルウと同じような行く末を見据えているのだろう。それを心強く思いながら、ジバ=ルウは「ええ」と応じた。
「森辺の民は黒き森で暮らしていた頃、今よりは余所の血族とも交流があったように思います。木の実や香草を収穫するために森に入れば余所の血族と出くわすこともしょっちゅうでしたし、男衆も時には森で出くわした余所の狩人と力を合わせて黒猿を仕留めたなんて話を持ち帰ってましたからね。でも、モルガの森に移り住んでからは余所の血族と家が離れちまったもんで、ほとんど顔をあわせることもなくなっちまいました。……それから二十年以上の歳月が過ぎて、あたしらは血族ごとでずいぶん考え方が変わっちまったんじゃないでしょうかねぇ?」
「考え方が、変わった?」
「ええ。何せあたしらはモルガの森で、これまでとまったく異なる生活に身を置くことになったんです。それを乗り越えるために、それぞれの血族が考えを巡らせて、力を尽くしてきたでしょう? それできっと少しずつ、進むべき道にずれが出てきたんだろうと思うんですよ」
数多くの家長たちが、不審げなざわめきをあげている。
しかしジバ=ルウが伝えたいのは、ここからが本題であった。
「もちろんその道が大きくずれちまわないように、こうして年に一度は家長会議を開いておたがいの状況を告げています。だけどやっぱりそれだけじゃあ、なかなか伝わらない部分があるんでしょう。要するに、あたしはレイやルティムのお人らの考え方なんかが、たいそう新鮮に感じられたんです。そして、そんなお人らと血の縁を結べば、これまで以上に道が大きく広がるだろうと確信したんですよ。それが、あたしの抱いた大きな希望です。ただ家人の数が増えるだけじゃなく、さまざまな考えを持つ人間が寄り集まることでいっそうの力が生まれるだろうと感じたんですよ」
家長たちは、いっそうざわめいている。
感心したように目を見開いている者や、思い詰めた目つきになっている者、あるいは反感をあらわにしている者など、反応はさまざまであったが――ただ、ジバ=ルウの言葉を聞き流している人間はひとりとして存在しないように思えた。
(これでひとつでも多くの氏族が勇気を振り絞ってくれたら、本望さ)
ジバ=ルウはそんな思いでもって、自らの心情を打ち明けたのである。
ジバ=ルウはレイやルティムと血の縁を結ぶことに大きな希望を抱くことができたので、他なる氏族たちにも同じ希望を抱いてほしかったのだ。
そして、ジバ=ルウがそんな思いに至ったのは――おそらく、二年前にガゼの族長の伴侶と巡りあったことが関係していた。
遥かなる昔日、ルウは族長筋の座を受け継ぐことを拒絶した。今のルウは血族の行く末を担うのに手一杯であり、同胞すべての行く末を担うことなどできるはずがないという結論に至ったのだ。そのように考えたのはジバ=ルウの兄であり、ジバ=ルウ自身も心から賛同していた。
そうして族長筋の座はスンに受け継がれて、ダナヴィン=スンは立派にその役目を果たしている。
しかしそれは、本来ルウが担うべき重責であったのだ。あの白銀の瞳を持つガゼの族長はその卓越した眼力でもって、ルウこそが次代の族長筋に相応しいと見なしていたのだった。
しかしルウは、その申し出を拒絶した。
だから、これは――スンに重責を背負わせてしまったルウの、贖罪のようなものであった。ルウの家長たるジバ=ルウは、族長ダナヴィン=スンの苦労を少しでも分かち合うべく、女衆の身でつらつらと長広舌を披露したのだった。
(これしきのことじゃあ、とうてい責任の肩代わりはできないだろうけど……あたしもなけなしの力を振り絞ってみせますよ)
そんな思いを込めて、ジバ=ルウはダナヴィン=スンのほうを見る。
するとダナヴィン=スンは眠たげな目を細めつつ、無言のままにゆったりと微笑んでくれたのだった。
2026.3/23
今回の更新はここまでです。更新再開まで少々お待ちください。




