05 遥かなる行く末のために
家長会議の翌朝――ジバ=ルウは太陽が顔を出すのと同時に目を覚まし、早々にスンの集落を出ることにした。
男衆はこのように朝早く起きる習慣がないため、ともに道を進む三名は眠たげな面持ちである。また、ジバ=ルウも昨晩に限ってはガゼの族長の伴侶との語らいによって寝つきが悪かったが、それでも睡魔とは無縁であった。集落に戻ったのちは分家の家長を呼びつけてあれこれ相談しなければならなかったので、寝ぼけているいとまもなかったのだ。
(あたしたちが血の縁を結ぶとしたら、やっぱり相手はレイやルティムしかいない。今さら反対する人間はいないだろうけれど、勝手に話を進めるわけにはいかないからね)
ジバ=ルウがそんな思いでもって歩を進めていると、後ろのほうから「おおい!」という聞き覚えのある声が聞こえてきた。
ジバ=ルウがいっそう気を引き締めながら背後を振り返ると、ルティムの先代族長がぶんぶんと手を振っている。そしてそのかたわらには若き家長ばかりでなく、レイの家長と供の男衆も連れ立っていた。
ジバ=ルウはこちらの三名と目を見交わしたのち、そちらの四名が追いつくのを待ち受ける。足が不自由なルティムの先代家長は杖をついてひょこひょこと歩きながら、陽気に笑っていた。
「そちらはずいぶん早い出発だったのだな! このまま挨拶もできないのではないかと、慌ててしまったぞ!」
「そいつは申し訳ありませんでしたね。ザザやドムの家長の目もあったんで、早々に失礼することにしたんです」
「ふふん。昨日はあやつらとも堂々と渡り合っていたな。俺も興味深く見守らせていただいたぞ」
と、金褐色の髪をしたレイの家長も不敵な笑みを向けてくる。
さらに、ルティムの若き家長たるゼディアス=ルティムも沈着に声をあげた。
「とりあえず、歩きながら話をさせてもらいたい。集落までは三刻がかりであるので、語る時間は十分にあろう」
そうして八名にふくれあがった一行は、森辺の道を南に下る。
最初に声をあげたのは、やはりルティムの先代家長であった。
「そら、さっさと話を進めんか! ぐずぐずしていると、また老いぼれの俺が先走ってしまうぞ!」
「うむ。しかしこの際は、年長たるレイの家長を頼るべきではないだろうか?」
「俺よりも、お前のほうが口は達者であろう。文句をつけたくなったらすぐに口をはさむので、まずはお前が語るがいい」
レイの家長の言葉に、ゼディアス=ルティムは「では」とジバ=ルウに向きなおってきた。
「ルウの家長たるジバ=ルウに、ひとつ願いたき儀がある。いずれ血の縁を結ぶことを見越して、我々と絆を深めてもらえまいか?」
供の男衆らが息を呑む気配が伝わってくる。
しかしジバ=ルウは、慌てることなく言葉を返した。
「そいつは、ありがたい申し出だね。実はあたしも、おんなじことを考えていたんだよ」
「そうか。であれば、こちらもありがたく思う」
「うん。ルティムやレイとは父の代からのつきあいだからね。でも、あたしはろくに顔をあわせたこともなかったし、女衆の身で家長を受け継いだもんだから、そちらさんに見限られるんじゃないかと心配していたのさ」
「うわははは! お前さんのように立派な女衆であれば、何も文句はあるまいよ!」
ルティムの先代家長がこらえかねたように笑い声を響かせると、ゼディアス=ルティムはそれに覆いかぶせるようにして言葉を重ねた。
「昨日の家長会議の様子を見るに、あなたは家長に相応しい器量だと思える。また、あなたの知恵はこれまでにも数々の幸いをもたらしてきた。少なくとも、俺たちはドムやザザのようにルウの決断を軽んじたりはしない」
「そいつはますます、ありがたい限りだよ。でも、勝手に決めちまっていいのかい? あたしもこういう話を分家の家長らとするために、急いで帰ろうとしていたところなんだよ」
「うむ。血の縁を結ぶにはすべての家人から了承を得る必要があろうが、絆を深めることに関しては是非もあるまい。我々もかねてより、血の縁に関しては案じていたからな」
ルティムもレイも、すでにすべての眷族を家人として迎えた後なのである。いまだに眷族のシュティファを残しているルウよりも、いっそう事態は切迫しているわけであった。
「もちろん我々も、かなう限りは自らの力で道を切り開きたいと願っている。今はまさしくもっとも苦しい時代を乗り越えようとしているさなかであるため、ここさえ過ぎればどうにかできるのではないかという思いもあったのだ」
「うむうむ! しかし族長も言っていた通り、しばらくしたらまた幼子の少ない時代がやってくるのだからな!」
「うむ。やはり十年にわたって幼子がまともに育たなかったというのは、重い傷であるのだ。俺たちも、それに備えるべきなのだろうと思う」
そう言って、ゼディアス=ルティムは鋭く目を光らせた。
「ただ我々も、急ぐつもりはない。今はルティムの家人が一丸となって苦難を乗り越えようと心をまとめあげたところであるので、ここで余所の氏族と血の縁を結ぶなどと告げたならば、心を乱しかねないのだ」
「うむ。それに、婚儀の問題もあるしな」
と、レイの家長も気安く口をはさんだ。
「レイの家では早々に子を生すようにとせっついていたため、十歳を過ぎたならばもう婚儀の相手を見つくろうような状態にあったのだ。ここでいきなり余所の氏族に嫁入りせよなどと伝えたら、大いに恨まれることになろう」
「うむ。そして俺たちも、血の縁を結ぶ相手は慎重に見定めたいと願っている。スンはダナやハヴィラの者たちと一年がかりで絆を深めていたと述べていたが、たった一年でよくも決断できたものだと感心しつつ呆れていたところだ」
「うん。もともとダナとハヴィラは集落が隣り合ってるって話だから、そっちの手間をはぶけたのかもしれないね。ちなみにレイとルティムは、どれぐらい近くに住まっているんだい?」
「歩いて四半刻少々といったところであろうかな。半刻までは、かからないように思う。ルウとルティムも同程度で、ルウとレイは半刻少々であろう」
「なるほど。まあ、行き来するのに困るほどではないけれど……すべての相手と絆を深めるには、かなりの時間が必要になるだろうね」
「うむ。しかし、すべての相手を家族同様に慈しめない限り、血の縁を結ぶことは許されまいからな」
ゼディアス=ルティムの言葉で、ジバ=ルウはひとつの想念に行き当たった。
「それじゃあダナとハヴィラのお人らが早々に心を固めることができたのは、族長筋に対する忠義の心ってもんが関わってるのかもしれないね。余所の氏族を相手にするよりは、スンのために生命を張ろうって気持ちをひねりだしやすいように思えるよ」
「ああ、それは確かにそうなのかもしれん。……やはりジバ=ルウは、慧眼だな」
「そんな大した話じゃないさ。ギバを狩ることもできないあたしは、頭を巡らせることで血族の力になるしかないからね」
そしてジバ=ルウは、五歳の頃からそんな思いを抱いていたのである。あの頃はひたすら血族のためにという覚悟であったが、今はそこに家長としての責任ものしかかっているわけであった。
「やはり俺たちが血の縁を結ぶとしたら、相手はルウしかありえない。ただ……頭の固い連中は、女衆が家長であることに難色を示すことだろう」
と、ゼディアス=ルティムがまた眼光を鋭くした。
「それもあって、ひとつの提案をしたい。血の縁を結ぶのは、早くとも十年後ということにさせてもらえないだろうか?」
「十年後? それはつまり……こちらの跡継ぎが育ってからということかい?」
「うむ。欲を言えば、そこからさらに数年の時間をいただきたい。あなたの子がどれほどの器量を持っているか、しかと見定めなければならないからな」
すると、これまで大人しくしていたシュティファの家長の弟が「ふん」と鼻を鳴らした。
「十年後とは、ずいぶん気長な話だな。それにけっきょくは、ジバ=ルウを家長として認められないということか」
「ただ血の縁を結ぶだけであれば、女衆が家長でもかまわない。俺たちが案じているのは、親筋の話であるのだ」
ゼディアス=ルティムは気分を害した様子もなく、ただ鋭い目つきでそのように言いたてた。
「ルウとレイとルティムで血の縁を結ぶと決めたあかつきには、いずれの氏族が親筋を担うべきか公正に取り決めたいと思っている。そこで女衆が家長であると、それだけでひとつの不利を抱えることになろう。ゆえに、ジバ=ルウの子が育つ日を待ちたいのだ」
「そ、それはつまり、ルウを親筋と認める道もありえるということか?」
シュティファの家長が昂揚しつつ声をあげると、ゼディアス=ルティムはあくまで沈着に「うむ」と応じた。
「実のところ、家人の数がもっとも多いのはルウであるのだ。しかもルウは、いまだにシュティファという眷族を従えている。それは、レイにもルティムにもできなかったことだ」
「ふふん。それに、ジバ=ルウの兄たる先代家長はきわめて立派な男衆であったからな。俺が眷族に下るとしたら、相手はあやつしかないと考えていたのだ」
そう言って、レイの家長は不敵に笑った。
「ジバ=ルウにもその強き血がしっかり受け継がれているようだが、女衆は女衆だ。それにお前も、子が育つまで肩代わりしようという思いで家長の座を受け継いだのだろう?」
「ええ、その通りですよ」
「それは立派な覚悟だが、やはり家長の正しき姿ではない。血の縁を結び、親筋の座を決めるには、対等の立場である狩人の家長が必要であるのだ。それは、理解してもらえようか?」
「ええ。それであたしの子が育つのを待ってくれるだなんて、心からありがたく思ってますよ。あたしが家長を受け持つのはたった十年ですけれど、その後の行く末を担うのはあたしの子であるドグランなんですからねぇ」
ジバ=ルウは、まじりけのない本心でそのように答えることができた。
「きっと十年もあれば、おたがいが血族に相応しい相手であるかをしっかり見定めることができるでしょう。あたしもすぐに分家の家長たちから了承をいただくんで、そのときはよろしくお願いいたします」
「うむ! そうしたら、おたがいの収穫祭にも行き来できるわけだな! 力比べに加われないのが、口惜しい限りだ!」
と、ルティムの先代家長が高笑いをあげた。
「あの弔いの夜で口にした森の主の肉の味わいは、今でもはっきりと覚えている! またルウの集落で同じ思いを分かち合えるのは、楽しみでならんな!」
「……ええ。これも、父や兄が紡いでくれたご縁ですねぇ」
ジバ=ルウがしみじみと息をつくと、ゼディアス=ルティムが「いや」と声をあげた。
「残念ながら、俺はジバ=ルウの父や兄と顔をあわせることができなかった。俺がこのたび気持ちを固めることがかなったのは、ひとえにあなたの力を見込んでのことだ。どうかその一点は、忘れないでもらいたい」
「うむ。正しき家長には男衆が必要だと言ったが、俺もお前の力を見くびっているわけではないぞ。俺の子が無事に育ったのも、俺がこれほどの力を身につけることができたのも、すべてお前のおかげであるのだからな」
レイの家長も不敵に笑いながら、そのように言いたてた。
それでジバ=ルウは、ひそかに胸を詰まらせる。二十一年も前に初めて縁を紡いだ両名とその息子たちが、こうしてジバ=ルウに手を差し伸べてくれたのだ。やはりそれは、父や兄の器量のおかげであったが――ジバ=ルウはまさしくルウの家長として、さまざまなことを受け継ぐことができたという誇らしさを抱くことがかなったのだった。




