03 家長会議
その後、中天を待って家長会議が開始されると、そちらではジバ=ルウが想定していた通りの騒ぎが巻き起こることになった。
数多くの家長たちが、ジバ=ルウの言葉に異を唱えたのである。その中でもっとも反感をあらわにしていたのは、古きよりの習わしを重んじるというドムやザザの家長たちであった。
「女衆などに、家長の座が務まるものか! 寝ぼけたことを抜かすのも、大概にするがいい!」
「うむ。とうてい正気とは思えんな。血族に、お前の暴挙を止めようとする家人はいなかったのか?」
ザザの家長は猛々しく、ドムの家長は重々しく、それぞれジバ=ルウを責めたてた。前者はギバの毛皮を頭からかぶり、後者はギバの頭骨をかぶった、恐ろしげな姿である。また、どちらも途方もない巨体であり、ギバさながらの迫力であったが、ジバ=ルウも怯むことはなかった。
「あたしたちはすべての血族でひと月をかけて、もっとも正しいと思える道を選んだつもりです。寝ぼけてはいないし、正気を失ったつもりもありません。そうしてこのひと月ばかりも、無事に乗り越えることができました」
「ハッ! 女衆でも家長を気取れば、こうまで気が大きくなるものなのか! 幼子のように小さななりをして、健気なものだ!」
ザザの家長の剣幕に、他の家長たちは小さくなってしまっている。それに、立派な体格をしているのはごく一部の人間ばかりで、おおよその家長たちは痩せ細っている上に気力も感じられなかった。
(確かに半分以上の氏族は、いまだに飢えで苦しんでるんだろう。ザザやドムに負けていないのは……やっぱり、ルティムとレイぐらいか)
祭祀堂の片隅に陣取ったレイの家長は不敵に微笑みながら、こちらの騒ぎを見守っている。十一年前に顔をあわせた、金色がかった髪をした見目のいい男衆だ。彼はジバ=ルウの上の兄と同程度の齢であったため、今では三十過ぎの立派な男衆であった。
いっぽうルティムの両名は、レイの家長と遠からぬ位置でそれぞれジバ=ルウのことを見守っている。先代家長はどこか愉快げな面持ちであり、ゼディアス=ルティムは真剣な面持ちだ。ジバ=ルウは小さな身でせいいっぱい胸を張りながら、ザザとドムの家長に言葉を返した。
「なんと言われようと、あたしたちは自分で決めた道を進みたいと思っています。それに異を唱えるなら、そちらも情理を尽くしていただけませんか?」
「情理だと? 情理を踏みにじっているのは、そちらのほうであろうが!」
「それじゃあ、あたしたちの何が間違っているのか、きちんと言葉で説明してもらいたく思います」
「ふざけるな! 分家ならまだしも、本家の家長の座を女衆が預かるなど、黒き森の時代から数えても許されたことはない! それが、何よりの答えであろうが?」
「それを言うなら、森辺の民は狩りの収獲を外の人間に売り渡すこともありませんでした。ここは黒き森じゃなくて、モルガの森なのですからね」
ジバ=ルウは決して激することなく、このひと月ほどで考え抜いた言葉を口にする。ジバ=ルウは兄と伴侶を失ったあの夜からずっと頭を巡らせた上で、今の道を選び取ったのだった。
「そもそも森辺の民は外界の民といっさい縁を持っていなかったのに、今じゃあジェノスの領民です。森の恵みを口にすることは禁じられて、銅貨を稼ぐことで生き延びている。こうまで生き様が変わってきたら、古き習わしばかりを重んじてはいられないでしょう」
「やかましい! そんな話は、関係なかろうが!」
「関係ないことはないはずです。今でも黒き森で過ごしていたら、あたしが家長に名乗りをあげることにもならなかったのですからね」
ジバ=ルウはザザの家長の気迫を満身で受け止めながら、そのように答えた。
「あたしには、二人の兄と弟がいました。それだけ男兄弟がいれば、女衆が家長になる必要もなかったことでしょう。それがこの二十年ばかりで死に絶えてしまったものだから、あたしが家長になるしかなかったというわけです」
「しかし――!」
「それ以外にも、あたしたちはたくさんの血族を失いました。それでまた、分家や眷族にも家長を任せられるような人間はいなくなってしまったんです。そんな生活の過酷さは、この場にいる誰もがわきまえているはずでしょう? それでもあたしたちは運命を呪うことなく、どんなにぶざまでも生き抜こうとあがいています。それに文句をつけようと言うのなら、あたしたちよりも上等な道を示す責任があるはずです」
「ふん! 女衆しか家長になれないような氏族は、潔く滅びるがいい! そのように弱き氏族がぶざまに生き抜こうとあがくことが、そもそもの間違いであるのだ!」
「……それが、ザザの家長の答えなのですか? それじゃああたしたちも、従うわけにはいきません」
ジバ=ルウが落ち着いた言葉を返すと、ザザの家長はいっそういきりたつ。
それで他なる家長たちが、いっそう身を縮めると――いきなり景気のいい音が鳴り響いて、多くの家長たちを脅かした。
祭壇の前で静かに成り行きを見守っていた族長ダナヴィン=スンが、勢いよく手を打ち鳴らしたのだ。
ダナヴィン=スンはこれまで通りの眠たげな目で、ジバ=ルウとザザの家長の姿を見比べた。
「古きよりの習わしを重んじるのも、これまでにない新たな道を突き進むのも、どちらも正しき行いであろう。よって、お前たちが言い争う必要はないぞ」
「しかし! このように不埒な真似を見過ごすことはできまい!」
ザザの家長が燃えるような眼光を向けると、ダナヴィン=スンは「いや」と首を横に振った。
「俺たちには、見過ごすことしかできない。森辺の民は誰でも同胞であるが、血族のことは血族で決めるべきであるのだ。それもまた、古きよりの習わしであろう?」
「し、しかし――!」
「ルウの家長の言う通り、俺たちはモルガの森に移り住んだことでまったく異なる暮らしに身を置くことになった。であれば、これまでになかった道を切り開く必要も出てくるということだ」
悠揚せまらず、ダナヴィン=スンはそのように言いつのった。
「ただし、過去のすべてを捨ててしまっては、森辺の民としての誇りをも失うことになりかねない。よって、古きよりの習わしを重んじるべしという言い分も間違ってはいない。我々は決して争うことなく、おたがいを尊重するべきであるのだ」
「尊重? このような無法を、許せというのか?」
「それが許せないというのなら、より正しき道を示す他あるまい。しかしザザの家長は、潔く滅ぶべしとしか答えなかった。それが母なる森の指し示す正しき道であるならば、ルウの血族はおのずと滅ぶことになろう」
そう言って、ダナヴィン=スンは涼やかに微笑んだ。
「すべては、母なる森の御心のままにだ。我々は、ルウの血族の覚悟を見守るだけでいい。……誰か、異存のある家長はあろうか?」
ザザの家長は憤懣やるかたない様子で口をつぐみ、ドムの家長は石像のように微動だにしない。そして他なる家長たちもおたがいの顔色をうかがいつつ、声をあげようとはしなかった。
「では、今日の会議を進めるとしよう。語るべき話は、まだまだたっぷり残されているのだからな」
ダナヴィン=スンが言葉を重ねるごとに、その場の熱気は静められていく。それはまさしく、涼風が熱気を洗い流したような様相であった。
(本当に、大したお人だな。声を荒らげることもなく、ごく真っ当な言葉だけでザザの家長を黙らせちまったよ)
きっと他なる家長たちも、ジバ=ルウと同じ感慨を噛みしめているのだろう。ザザやドムの家長もまた、例外ではない。ダナヴィン=スンというのは、それだけの器量を持つ人間であるのだ。ジバ=ルウは文字通り、器の違いというものを痛感させられていた。
そんなダナヴィン=スンの取り仕切りのもと、家長会議は粛々と進められていく。
まずは、褒賞金の配分についてだ。このたびも、とりわけ苦しい生活を送っている氏族にわずかな銅貨が配られることになった。
「これしきの銅貨では、生活を立て直すことも難しかろうがな。しかし、多少ばかりは飢えをしのぐこともできるし、ダビラの薬草を買いつければ幼子を救うこともできる。自分たちにとって、もっとも正しいと思えることにつかってもらいたい」
レェンやスドラやダダ、ランやアウロやファといった氏族が、それらの銅貨を授かっていた。
それらの家長は、ひときわ痩せ細っている。首に下げている牙や角もほんの数本であるし、本当に食うや食わずやの生活であるのだろう。親筋の家長がこの有り様では、血族の行く末も暗かった。
「今さら言うまでもないが、俺たちは苦しい生活に身を置いている。いまだ『失われた十年』の影響にあるさなかであるからな」
ダナヴィン=スンはそんな風に言ってから、家長たちの姿を見回した。
「この一年でまた何名かの家長が顔ぶれを変えているので、あらためて説明させてもらおう。『失われた十年』というのは、俺たちがモルガの森にやってきた前後の五年ずつを指す言葉だ。森辺の民はモルガの森を目指す道中で五歳以下の幼子の大半を失い、その後の五年間は『アムスホルンの息吹』などによって新たな子供たちをも失うことになった。つまりは十年にわたって、新たな子を授かっていないも同然であるということだ」
それは、ジバ=ルウもつねづね気にかけていた話であった。
「かくいう俺は、その『失われた十年』の先頭に立つ齢――モルガの森に到着した時点で五歳であった身だ。俺はこの年で二十六歳になったが、十歳下までは数えるぐらいの人間しか存在しない。つまりこの十年で、新しい狩人はほとんど育っていないということだな」
「…………」
「しかし今日、『失われた十年』の直後に生まれた人間が、ついに新たな家長としてこの場に参じた。さきほど紹介されたルティムの家長ゼディアス=ルティムが、それだ。これからは、いずれの氏族でも少しずつ狩人が増えていくことになろう。もっとも苦しい時代が、ようやく終わりを迎えるのだ。どうか皆々には、希望を持って生きてもらいたい」
「…………」
「しかしまた、十数年後にはまた苦しい時代がやってくる。何せこの十年ばかりはほとんど婚儀を挙げる機会もなく、新たに生まれた子供の数も格段に少ないのだ。我々は、その苦しき時代に備えなければならない。そのために、族長筋たるスン家は手本を示したく思う」
その発言に、家長たちの多くがいぶかしそうな顔をする。
ダナヴィン=スンは穏やかな口調のまま、驚くべき言葉を発した。
「スンの家は、ダナおよびハヴィラと血の縁を結ぶことにした。今後はドムとザザに加えて、この五氏族が族長筋になるということだな」
「なんだと!」と、誰かが驚愕の声をあげる。
それは、ルティムの先代家長であった。
「しかし、ダナとハヴィラは北の奥深くで暮らしているのであろう? ドムやザザにとっては手近な相手であろうが、スンにとっては歩いて一刻以上もかかる場所であるはずだ! そのように遠方の氏族と血の縁を結ぶことなど、許されるのか?」
「血の縁を結ぶのに、誰かの許しを乞う必要はあるまい。……ところで、会議の場で言葉を発するのは家長の役割であろう?」
ダナヴィン=スンが笑いを含んだ声で指摘すると、ゼディアス=ルティムが「では」と声をあげた。
「俺から、問わせていただきたい。血の縁を結ぶには、相手方の家人をすべて家族のように慈しむべしという習わしであるはずだ。そのように遠方に住まう相手と、そうまで絆を深めることが可能なのであろうか?」
「うむ。俺たちはこの一年で可能な限り、おたがいの家を行き来したのだ。収穫祭を行う際にも必ず何名かずつの家人を招いて、同じ喜びを分かち合った。今では一度もおたがいの家を訪ねていない家人もいないはずだな」
ダナヴィン=スンの言葉に、多くの家長たちがどよめいた。
ダナとハヴィラの家長は、黙して語らない。その代わりに、ザザとドムの家長が威嚇するように並み居る家長たちを見回していた。
「なるほど。一年がかりで、絆を深めたのか。であれば、古き習わしを重んじるザザとドムの家長も納得ずくであるのだな。俺の疑問は、いちおう片付いた」
ゼディアス=ルティムが口を閉ざすと、今度はレイの家長が声をあげた。
「それでもダナやハヴィラが眷族の身に甘んじるというのは、意外であったぞ。お前たちとて、これまで懸命に親筋の座を守ってきた身なのであろう?」
「うむ。しかし我々は、すべての眷族を家人として迎えることになった。それで力を保ってきたが、このままでは先細りになることが目に見えている」
ダナの家長の言葉に、ハヴィラの家長も「うむ」と言葉を重ねた。
「それでこちらもダナとハヴィラで血の縁を結ぶべきかと思案していたのだが……やはりどうしても、親筋の座を譲る気にはなれなかった」
「しかし、相手が族長筋たるスン家であれば、是非もない。今後はおたがいにスンの眷族として力を尽くす所存だ」
「そうか。しかし、もはや五十足らずしか残されていない氏族の五氏族までもが族長筋に成り上がるというのは、なかなか大層な話だな」
レイの家長が鋭く目を細めると、ダナヴィン=スンがゆったりと声をあげた。
「それもすべては、森辺の行く末を思ってのことだ。どうか皆々も、俺たちを手本にしてもらえないだろうか?」
「手本? そういえば、そういう話だったな。つまり……俺たちも、余所の氏族と血の縁を結ぶべしということか」
「うむ。もちろん血の縁を結ぶというのは大ごとであるのだから、何も強制することはできない。しかし十数年後には、また苦しい時代がやってくることが確定しているのだ。我々は、その前にいっそうの力を蓄えるべきであろう」
そう言って、ダナヴィン=スンはまた眠たげな目を家長たちに巡らせた。
「とりあえずは、近在の氏族と絆を深めてみてはどうであろうか? それで気に入る相手がいれば、血の縁を結んでみようという気にもなろう。……というよりも、たがいを見初める男女がいなければ血の縁を結ぶこともできないのだからな。いずれにせよ、生きるために誇りを捨てるのではなく、同じ誇りを胸に抱けるような相手を見出してもらいたいと願っている」
家長たちはいっそう惑乱した様子で、それぞれ供の男衆や血の縁を持つ相手と目を見交わしている。
しかしまた、おおよその氏族はすべての眷族を失っているか、せいぜいひとつの眷族を残しているぐらいであるのだろう。ジバ=ルウもまた、顔色をうかがう相手は供の男衆とシュティファの両名しかなかった。
(だけどまあ、あたしもいずれは血の縁を結ぶしかないと考えてた。……族長は、ひと足早くそれを実践してたわけか)
さきほど語られた『失われた十年』に関してといい、どうもジバ=ルウとダナヴィン=スンは同じ方向に目を向けているようである。
それを頼もしく思いながら、ジバ=ルウはレイとルティムの面々のほうをうかがった。
祭祀堂の端に陣取った彼らは、それぞれ供の人間とのみ言葉を交わしている。
彼らもまた、すべての眷族を家人として迎えた後であったのだ。そしてレイとルティムは、比較的近在に集落を開いているはずであった。
(あたしが見知っている氏族は、今のところレイとルティムしかない。でも……あたしなんかが家長になったルウに、価値を認めてもらえるかどうかだな)
そんな思いを噛みしめながら、ジバ=ルウはその場の賑わいに身をひたすことにした。




