36 荷台の中身
トラックの荷台の奥に乗せられた黒いオートバイを見て、3人は息をのんだ。
荷台から発泡スチロールの箱を取り出した男性は、荷台のドアを閉めると、愛珍の店の中へ入っていった。
中村が驚いた表情で明智と小林を交互に見ながら言った。
「一瞬だけ見えましたが、あれ、永山副長を撥ね飛ばしたオートバイと同じ種類でしたよね」
小林と明智が頷いた。小林が呟く。
「ひょっとしたら、ひょっとするぞ……」
「そうか! トラックだったんだ」
突然、明智が声を上げた。驚いた小林と中村が明智の方を見る。
「黒いオートバイは、十条で永山副長を撥ね飛ばした後、赤羽に移動し、吉田さんの首元にタイヤ痕を付けて、どこかへ逃走している。それなりの距離を移動しているはずなのに、防犯カメラ等に映っていなかった。まるで消えたように……」
明智のキラキラした目が一段と輝いた。学生服姿ということもあり、いつもより一層あどけなく見える。
「……そもそも走っていなかったんですよ。どこか途中の防犯カメラのない場所で、トラックに乗せて移動していたんです!」
「ナッチー! スマホであのトラックの全景とナンバーを撮ってくれ。あと、うちの署と王子北署の交通捜査係に電話してくれ」
「ラジャー!」
中村が即座に行動に移した。
† † †
「……ええ、はい、分かりました。よろしくお願いします」
そう言って電話を切った中村は、ため息をついて小林と明智に話し始めた。
「良い話と悪い話と、さらに悪い話があります。どれから聞きますか?」
「良い話」
コーヒーを飲みながら小林が即答した。中村が頷いた。
「うちの署と王子北署の両署ともに、事件現場付近の防犯カメラ等のデータに類似のトラックが映っていないか調べてくれるそうです。あと、うちの署がこのトラックのナンバー確認をしてくれるそうです」
「悪い話は?」
「さっき、北本通りで複数台の車を巻き込んだ大きな交通事故が発生し、両署の交通課が対応中です。そのため、画像確認やナンバー確認は明日以降になるそうです」
「さらに悪い話は?」
「うちの署から交代要員が来るまで、このトラックを監視して欲しいということです。交代要員は明日の朝9時頃に来る予定ですが、北本通りの事故対応次第では遅れるかもしれないそうです」
「少なくとも徹夜確定だな……まあ、警察あるあるだ。3人いるだけマシだな。頑張ろう」
そう言って、小林はサンドイッチの残りを口に放り込んだ。
† † †
午後8時を回った。交代でトイレに行った後、3人で時折雑談しながら時間を潰していると、ふと明智が小林の左手薬指の指輪に気づき、小林に尋ねた。
「改めて思いましたが、警察の仕事は大変ですよね。小林さんのご家族は心配されていませんか?」
小林は、フロントガラスの方を向いたまま、頭の後ろで腕を組み、運転席のシートにもたれて答えた。
「……ああ、心配してくれてるんだろうが、こういう商売だとも理解してくれてるんだろう。ここ数年は、妻も息子もニコニコして文句一つ言わないな」
「そうなんですね、ご理解ある優しいご家族で素晴らしいですね」
明智はそう言っていちごミルクを飲んだ。中村が何か言おうとしたとき、小林が運転席のシートからガバッと上半身を起こして、声を上げた。
「お、おい、あれって春木じゃないか?」
スーツ姿の長身で髪の毛の薄い見覚えのある男性が、愛珍の店の前に来た。
「まさか張り込み初日に来るなんて……これも警察あるあるですか?」
明智が聞いた。小林が答える。
「そうだ、と言いたいところだが、初日にこんなに色々起きるのは、俺は初めてだ」
小林は笑った。春木が店内に入るのを確認すると、小林は後ろを振り返り、明智と中村に話しかけた。
「これはチャンスだ。二手に分かれよう。俺と明智くんで店内に入り、ナッチーは引き続きトラックを監視でいくか。ナッチー、お手洗いは大丈夫か?」
「さっきコンビニで行きましたし大丈夫です。どうしてもヤバくなったら、非番の同期を呼びます!」
中村が笑顔で答えた。
「ありがとう。まあ何もないと思うが、万が一、店内で緊急事態が発生したおそれがある場合は、状況に応じて署の交通課か刑事課、本庁公安部の波越警部に連絡して指示を仰いでくれ。判断はナッチーに任せる」
そう言って、小林は波越警部のスマホの電話番号を中村に伝えた。
「ラジャー! ご武運を」
ワンピース姿の中村が敬礼し、下ろした髪が少し揺れた。