35 張り込み②
中村が変装道具を持ってきたその日の夕方、小林たちは車で池袋に向かった。
運転席の小林は、結局髪型は変えずに付け髭だけにした。服はスーツのままだ。
運転席後ろの席に座った明智は、黒の詰襟の学生服を着て、髪の毛を茶髪に染めていた。元々華奢なこともあり、高校生として違和感ない。中村の言うとおり、中学生でも通用しそうだ。
明智の隣に座った中村は、ワンピースを着てメガネを外し、後ろで束ねていた髪を下ろしていた。
「さあ、張り込みのスタートですね♪」
中村が笑顔で言った。小林が笑いながら言う。
「さて、何日かかるかなあ。早く春木と遠藤に会えればいいが」
「毎晩地道に通うことになりそうですね」
茶髪の学生服の明智は、その中性的な美しい顔立ちに少し危険な香りが加わったように見える。中村がニヤニヤしながら明智に聞いた。
「明智警部補殿は、やはり学生時代はモテたんじゃないですか? バレンタインデーとかはどうだったんですか?」
明智が苦笑しながら言った。
「僕なんか全然モテませんでしたよ。バレンタインデーは、放課後に校庭で女子生徒代表から花束を受け取るくらいで、本命チョコなんてもらったことないですし……他の男友達が羨ましかったです」
「え、ちょっとまってください、何その儀式……殿堂入り? 神聖不可侵?」
「お、見えてきたぞ」
小林が前を指差した。細い一方通行の道路の先、小さな交差点の右側の雑居ビル1階に「愛珍」と看板に書いた店が見えてきた。入り口のドアは閉まっていて、ドアノブに「営業中」のプレートがかけられている。窓にはポスターが貼られており、店の中は良く見えない。
「うーん、道が狭くて駐車するところがないなあ……」
「交差点の左側見てください。時間貸しの駐車場があるみたいです」
明智が指差した。進行方向左側、ちょうど愛珍の向かいに10台ほど置ける時間貸し駐車場があった。その奥は月極の駐車場になっているようだ。
「これはラッキーだな。そこに停めることにしよう。一度通過するぞ」
そう言って小林は愛珍の前を通過した。
† † †
1ブロックを一周して、小林は愛珍の向かいの時間貸し駐車場に入り、奥側の車と車の間、愛珍からは見えにくい場所に車を停めた。
時刻は午後6時半。真由美経由の高柳専門官情報で、春木の勤務時間が午後6時15分までということだったので、初日はこれくらの時間から張り込みをすることにした。
小林は後部座席の明智と中村に声をかけた。
「さあ、愛珍の営業時間は午後11時までだ。ここからは長丁場だぞ。飯でも食おう。補食代は請求してもまず通らんから、自腹ですまんな」
そう言って、小林は鞄からサンドイッチとコーヒーを取り出した。中村は固形のバランス栄養食と調整豆乳を取り出した。
明智は、あんパンと紙パックのいちごミルクを取り出した。少し恥ずかしげに2人に言った。
「一度、張り込みであんパンを食べてみたかったんですよね」
小林が笑いながら応じた。
「ははは、飲み物が牛乳なら完璧だったんだがな。それにしても、明智くんはいちごミルクが好きだなあ」
「はい、学生時代から大好きで、ついつい買ってしまうんです」
明智が署に来てから、売店のいちごミルクの売り上げが急増したらしい。売店のおばちゃんが「あの明智くん御用達」といって女性職員に売りさばいているという噂だ。
3人が車内で食事をしていると、1台のトラックが駐車場に入ってきた。奥の月極エリアに頭から駐車する。後部座席の明智が振り返って何気なく見ていると、運転席から降りてきた男性がトラックの荷台のドアを開けた。トラック近くの外灯のおかげで、荷台の中が良く見える。
「あ! あれ見てください」
小林と中村が振り返る。トラックの荷台には、手前に発泡スチロールの箱がいくつか乗せられていて、その奥に黒いオートバイがちらっと見えた。




