549.地図 part1
549.地図 part1
ルイスが無事に回復して暫く後に、看病役のラヴィだけを残して全員で退室する事にした。
万能薬のお陰で後遺症の類も残らなかったのだが、麻薬中毒の間はまともに食事も取れなかったのだろう。
全体的に痩せてしまっており、かなり衰弱している。勿論、一般生活などに支障は無い。しかし同席していたクリスさんから、「念のため、数日は安静にして過ごすのが良いだろう」と言われていた。
恐らくルイスはこれで大丈夫。であれば、明日にはミュラー領へ向かう事から、ネロの腕を直しておきたい。
今もルイスへ話しかけ、回復を喜んでいるネロへ声をかけた。
「ネロ、明日にはミュラー領へ戻るつもりなんだ。だから今日中にお前の腕を治しておきたい。どうだ?」
「オレは何時でも大丈夫なんだぞ。でもアルドは無理してないか?」
「オレは大丈夫だよ。ミュラー領で少し戦闘があったが、相手は騎士だったからな。殆ど魔力なんて使って無い。それにここは領域の中だ。魔力の消費は無視できる。じゃあ、悪いが色々とやる事があるんだ。ちゃちゃっと治すぞ」
オレの言葉を聞き、ネロは嬉しそうに頷いたのであった。
◇◇◇
ネロの腕の修復を始めて、思ったよりだいぶ時間がかかってしまった。今の時間は20:00を回っている。
この場にはネロとオレの2人しかおらず、エルとアシェラにはミュラー領へ向かう準備をお願いしておいた。
「アルド、ありがとなんだぞ。オレ、いつもアルドの世話になってばっかりで……絶対、いつか役に立ってみせるんだぞ!」
「今でも十分に働いてもらってるよ。そもそもお前がこんな怪我を負う必要なんて無かったんだ……こっちこそ感謝しか無い。いつもありがとな、ネロ」
「オレのチカラなんて大した事無いんだぞ。それと明日は誰がクエンの所に行くんだぞ?」
「今回は時間をかけたく無いからな。少数精鋭の電撃戦で挑むつもりだ。メンバーはオレ、エル、アシェラの3人と、後は母様とライラをどうするか……目的が地図の奪取と破棄だからな。どうしても領主館内へ突入する必要がある。近接戦闘が苦手な2人はどうするかなぁ……」
「だったらオレも手伝いに行くんだぞ。アルドの母ちゃんやライラの護衛ぐらいオレにだって出来るんだぞ」
ネロはこう言ってくれるが、どうするべきか……今のネロは冒険者で言えば、戦闘力だけならA若しくはSランクの実力があるとは思う。
しかし最高位のSランクであっても、所詮はヤルゴ程度の実力なのだ。
言ってしまえば、同時に相手を出来る騎士は数人と言う事である。
勿論、空を駆けて狙いを絞らせずに戦えば、相手が十人以上であっても戦えるかもしれない。
しかし誰かを護衛すると言う事は、その場に立って対象を守り続ける必要があるのだ。
周りが全て敵の状態で、とても母さんとライラを守り切れるとは思えない。
最低でも、バーニアの加速とウィンドバレットの遠距離攻撃手段を持っていないと……
「ネロ、気持ちはありがたいが、今回はオレ、エル、アシェラを中心にメンバーを考えてみるよ。ありがとな」
ネロがどこまでオレの真意に気が付いているかは分からないが、一瞬だけ悔しそうな顔をしてから口を開く。
「分かったぞ。じゃあオレはルイスを見てるんだぞ」
「ああ、頼む。アイツは放っておくと、直ぐ無茶をするからな。体力が戻るまでは、ベッドに縫い付けておいてくれ」
「分かったんだぞ!」
こうしてネロにルイスを任せ、既に暗くなった道を自宅へと急いだのであった。
◇◇◇
自宅へ帰って、早速アシェラへ明日の件を聞こうとしたのだが……何故かふくれっ面をした母さんが、リビングのソファーで不機嫌そうに座っている。
何故? そうは思っても、露骨に不満そうな態度で、とてもストレートに聞ける雰囲気では無い。
考えた結果、さり気なく当たり障りない話題を振ってみた。
「か、母様、こんな時間まで……どうしたんですか?」
「アンタを待ってたに決まってるじゃない。エルから今回の件のあらましを聞いて、直ぐに文句を言いに行こうと思ったけど、ネロ君の腕を治してるって言うじゃない? しょうがないからここでプリンを食べて待ってたのよ」
むぅ……大まかな理由は分かったが、何故コイツはこんなにご機嫌斜めなのか……これは言葉を間違えると面倒な事になる。
「そうなんですか……待たせてしまって申し訳ありませんでした。それで……僕に何か言いたい事が?」
先ずは謝ってから、なるべく軽い口調で聞いてみたのだが、コイツは目の奥に怒りを滲ませ、一息に言い切りやがった。
「アンタねぇ……良いわ、私が何を言いたいか教えてあげる。耳の穴かっぽじって良ーーく聞きなさい! そもそも………………」
氷結さんの文句は大きく分けて2つだった。先ずは以前、ネロ達が負傷してブルーリングへ逃げ帰って来た時の事。
オレ、エル、アシェラの3人で、カナリス領のマナスポットへ飛んだ際の事だ。
氷結さん曰く、最初の捜索は急いでいた事から、その場にいた者で対処したのはしょうがない。ただ、ルイスを見つけられなかった時点で、何故ブルーリングに戻って他の者のチカラを頼らなかったのか。
もっと言えば、腕を無くしたネロは別にしても、母さんやライラ、体力を回復したラヴィやメロウに情報を集めてもらえれば、ルイスがミュラーの街に入る前に手を打てたはずだと……
確かにダカートの風のザザイは、ザージバルの紋章が入った騎士を見ている。もっと言えばカナリス伯爵には、ザージバルの騎士がカナリス領へ入る許可を、ミュラー家から打診されているのだ。
母さんとライラは魔族語が話せないとしても、ラヴィとメロウは違う。
母さんとラヴィ、ライラとメロウにコンビを分ければ、十分に情報を取れたはずなのだ。
「アンタは全部1人で抱えすぎなのよ。使徒や始祖だって持ち上げられて、調子に乗ってるんじゃない?」
アンタ、なんば言いよっと! オレが天狗になって、鼻がピノキオだとおっしゃるか。流石に言い過ぎじゃないですかね?
「……母様、確かに母様の言いたい事は分かります。でもそれは「たられば」の話ですよね? 結果論で話されても困ります」
「ハァ……アンタ、私の話を聞いてた? ルイス君が攫われて、ミュラーの街に連れていかれるのにどれだけの時間があったか分かってるの? 恐らくザージバルの街まで3日、そこからミュラーの街まで1週間。10日近くもあったのよ? その間、アンタは何をしてたの? エルをブルーリングへ向かわせたのは良いとしても、その間 誰のチカラも借りずに、アシェラと2人でがむしゃらに動いてただけじゃない。どこかで誰かに、助力を頼む機会が無かったとは言わせないわよ」
くっ……これは確かにオレも感じてた事だ。実際、途中で何度か考えた事でもある。
「そこに関してはすみません……確かに母様の言う通りです……でも……」
「アル、アナタは確かに類まれなチカラを持っている。それは否定しないわ。でもね、他人のチカラを軽んじるのは止めなさい。それは傲慢に繋がる道よ。いつか自分の首を絞める事になる」
「そんな事、思って……」
「思ってない? 本当に? 自分達であればルイス君を簡単に助けられると思って無かった? 誰かに相談するより、自分で動いた方が早いと思わなかった? 言語能力や戦闘力、諸々を考えて、自分達だけで動く事を選択したしたんじゃないの?」
「……」
「最初の初動は仕方がないと私も思うわ。でもね、想定と違う事態が起こったら、周りに相談するくらいの余裕は持ちなさい。良いわね」
「はい……以後気を付けます」
母さんに痛い所を突かれてしまった。確かにルイスをミュラー領に入る前に確保できれば、今回の問題の殆どは起きなかったのだ。
あの時、ルイスの足取りが全く掴めなくて焦ってたのは間違いない。冷静な判断が出来ていなかったとも思う。
しかし母さんは、その根っこにオレの慢心……傲慢さがあると言っているのだ。
オレにその自覚は無いが……そうなのだろうか……分からない。
皆には感謝している……使徒の仕事を手伝ってもらえるのは、素直にありがたいし助かってもいる。
でもどこかで、一段下に見ている気持ちがあるのかもしれない……オレが分からない事を、他の誰が分かるのかと……
これは今、反省しないと……きっと将来、オレはオレの嫌いな人種になってしまう。素直にそう思えた。
「そうですよね……もう少し周りを頼ろうと思います。ありがとうございます、母様」
母さんは少し呆れた顔の後、小さく笑みを浮かべて肩を竦めている。
「もうこの件は良いわ。起っちゃった事は、どうしようも無いんだから。問題はその対処の方法よ。アル、アンタ、この件をどう治めるつもりなの?」
「はい……クエン=フォン=ミュラー、あの人は自分の出世しか頭にありません。僕が使徒だと知っても、どう利用するかしか考えていなかった。地図に空間蹴りの魔道具、使徒の件にティリシアのマナスポット修復、更にアルジャナやファーレーンまで……これだけの事を知り得たのに、どうやって立ち回るかだけに腐心していました。これ以上、あの人を生かしておけば更なる問題が噴出すると思います。エルやお祖父様にも話して了承ももらいました。地図を取り返した後、あの人と執事のグースには消えてもらうつもりです」
「なるほどね……アンタがそこまで言うなら、ソイツはどうしようも無いヤツなんでしょう。そこまでは分かったわ。じゃあソイツを消すとして、その後は? 何か考えがあるんじゃないの?」
「クエンは現皇帝を輩出している、実家のブリンガー家へ手紙を出したと言っていました。そのクエンを殺す以上、ブリンガー家とまともに交渉出来るとは思えません。一応、交渉の窓口は開けつつ、西のシュミット家と南のギーレン家に話を持って行こうと思います。マナスポットが壊れて一番苦しい思いをしてきたのは、南と西ですから……使徒である事を打ち明けて話をすれば、無碍にされる事は無いかと」
「そう……アナタの考えは分かったわ。クエンが東のミュラー家と北のブリンガー家を抑えている以上、しょうがない事なのは分かる。でもね、1つだけ覚悟しておきなさい。アンタがやろうとしてる事は、国を2つに割る事よ。互いに引かない場合、ティリシアは2つに割れる……最悪は内戦ね」
は? ちょっと待て。内戦って……え? あ……東と北、南と西で利害が真っ向からぶつかるのか……片方は皇帝の椅子、片方は貧困からの脱出。
思いもしなかった事を告げられて、何も言葉を発する事ができない。
そんなオレを諭すように、母さんは更に言葉を吐いた。
「アル、この件を無難に納めるのはたぶん無理よ。ここまで拗れた以上、何処かに禍根は残るわ」
「でも内戦って……そんな事になったらどれだけの人が死ぬんですか……10人や100人じゃ効かないでしょ……」
「じゃあ止める? クエンを暗殺して地図を奪えされすれば、最低限の秘密は守られる。その上でティリシアのマナスポット修復を諦めれば、当面の問題は解決出来るはずよ。尤もその場合、魔族は未来永劫 貧困に喘ぎ続ける事になるでしょうけどね」
これはどう考えれば良い……答えの無い難問を解くように、オレは口を開く事が出来なかったのである。




