548.万能薬
548.万能薬
ラヴィさんに懇願されるままアオを呼び出した。
「どうしたんだい、こんなに沢山で」
「アオ、頼みがあるんだ」
「また? 最近、多いんじゃない? 一応聞いてあげるから言ってみなよ」
「すまない。実は………………」
先ほどラヴィさん達へ話した事を最初から説明していき、ルイスの治療法について何か知っている事が無いかを聞いてみた。
「………………って事なんだ。麻薬中毒の治療法を知らないか? オレが見た時には、ルイスは自分の事も分かってない様子だった……恐らくかなりの重症だと思う」
「うーん……僕はマナの精霊で、人の体には詳しくないからね。その手の話はドライアドが適任だと思うよ」
「じゃあドライアドをここに呼ぶか、治療法を聞いてきてくれないか?」
「ちょっと待ってね……アイツは何処にいるか……お、今はフェンリルと一緒にチビの所にいるみたいだね。呼んでくるから、ちょっと待っててよ」
「ああ、分かった。ありがとな、アオ」
少し照れたアオが消えて数分が経った頃、部屋の中心に青と緑と銀の渦が沸き出した。
「アルドちゃん、何か用ーーー?」
「わんわん!」
「ドライアドは連れてきたからね。僕はこれで帰るよ。ドゥオ大陸のマナスポットをもう少し調整したいんだ」
「ああ、ありがとう、アオ。この礼は今度する。シャーベットで良いか?」
アオは嬉しそうな顔を隠そうともせず、小さく頷いて消えていった。
これでアオは良いとして、問題はドライアドだ。コイツが素直に言う事を聞いてくれるのか……うーん、心配だ。
「ドライアド、実はな………………」
もう何度目か分からない説明を、ドライアドへ聞かせていく。
「………………恐らく重度の麻薬中毒だと思う。ルイスの治療法を教えてほしいんだ。念のため、焚かれていた香は少しだけ持ってきてる。これだ……」
ドライアドは乾燥して細かく刻まれた何かの葉を受け取り、匂いを嗅いだり軽く舐めたりしてから口を開いた。
「これ、ピウムの実を乾かして小さく切った物だよーー。煙を吸うとバカになっちゃうから使ったらダメなのーー」
「くそっ、やっぱり麻薬の類か……ドライアド、ルイスがこれを無理矢理 吸わされたんだ。どうしたら毒を抜けるか分かるか?」
ドライアドはオレを訝し気に見て、小さく小首を傾げながら一息に言い切った。
「何でー。アド分からないーー」
「は? 何がだ。このピウムってヤツの毒を抜きたいんだ。知ってるなら教えてくれ。頼む、ドライアド」
「何でー。だって前に万能薬作ってあげたのにーーー。何でそれを使わないのーー」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。もしかして、この状態のルイスにも万能薬って効くのか?」
「うんーー。だってピウムの中のアーズはゲインで中和できるもん。私が作ってあげた万能薬は、殆どの病気や毒に効くのーー」
「マジか……あれってそんなに万能だったのか……正に万能薬……分かった。アド、助かった。直ぐに万能薬を取って来る」
「少しずつ舐めさせると良いよー。じゃあチビが待ってるから、私は帰るねーー。またねーー」
「わんわん! わん!」
こうして慌ただしくドライアドとフェンリルは帰っていった。でもチビさん、ドライアドと遊んでやってるのか……あの人? は本当に面倒見が良い。
しかしルイスの治療に万能薬が効くのか……そうか……良かった……本当に良かった。
部屋の皆に断ってから、自宅へ最速で駆けていく。
胸によぎるのは安堵……ルイス、直ぐに万能薬を飲ませてやるからな。待ってろ!
原料が魔物の鼻水だと言うのは、後でしっかりと教えてやるぞ……元気になったアイツに「お前、何てモン飲ませやがった」って怒る姿を楽しみに、自宅へと向かったのである。
◇◇◇
自宅の冷蔵庫で冷やしてあった万能薬を取り出して、直ぐに領主館へ戻ってきた。
客間の中には、行き違いになったのだろう。アシェラに連れられたルーシェさんとクリスさんの姿が見える。
「ルーシェさん、クリスさんも……すみません、わざわざ来てもらったのに……申し訳ないとは思いましたが、ドライアドに麻薬の治療法を聞いてしまいました。アドの話では、どうやら以前 作ってもらった万能薬が効くみたいなんです」
「気にしないでアルド君。私も兄も麻薬中毒の効果的な治療法は知らないの。普通、重度の中毒には麻薬を断たせて、長い時間をかけて自然治癒を促すしか無い……だから精霊様のチカラを借りられるなら、そんなに良い事は無いわ」
「アルド君! その万能薬と言うのは、まさかエルフの秘薬の?」
ルーシェさん達も麻薬中毒の治療法は知らなかったのか……それにしてもクリスさんの圧が凄いんですが……
「く、クリスさん、そうです……エルフの秘薬であってますが……ちょっと距離が近いって言うか……もう少し離れてもらっても良いですか……後少しでキスしちゃいそうなので……」
「あ……す、すまない。エルフへ秘薬の知識を伝えたのはドライアド様と聞いている……実際にこの目で、秘薬を見られる日が来るとは……精霊様、このような機会を頂き、感謝致します……」
1人だけ鼻息を荒くしているクリスさんは放っておくとして……オレは小瓶に入った万能薬をラヴィさんへと手渡した。
「ラヴィさん、これが万能薬です。ルイスに飲ませてやってください」
これでルイスが治る……喜んで受け取ってくれると思ったのだが、ラヴィさんは万能薬を汚い物を扱うように、親指と人差し指で摘まみながら嫌そうに受け取った。
「アルド……この薬、万能薬って言ったよな? これって以前に魔物の鼻水を集めて作ったヤツじゃないのか?」
あ、そう言えば、以前の万能薬を作る際、魔物の鼻水をオレ、カズイ、ラヴィ、メロウの4人で集めたんだった。
「あー、まぁ、そうですね……はい……」
「これ、本当に飲ませて大丈夫なのか? 病気になったりするんじゃないか? だってこれ……魔物の鼻水から作ったんだろ?」
これはどう答えれば良い……エルフに秘薬を伝えたドライアドが直々に作ったのだ。この薬の効果は間違い無い……と思う。
しかしラヴィが言う通り、本当に大丈夫なのかはオレに判断できない。
「た、多分、大丈夫だと思います……きっと大丈夫ですよ……大丈夫だと良いなぁ……」
「おい! 何だ、それは! アルドは使徒だろ? 使徒の叡智って凄い知識もあるって聞いてるぞ! こんな物を飲ませて、お腹を壊すんじゃないのか?」
ラヴィさんの若干キレ気味な問いに、この場には何とも言えない空気が満ちている。
ドライアドが直々に作ったエルフの秘薬なのだから、恐らく間違いは無いと分かっているが、何せ材料が魔物の鼻水なのだ。ラヴィの懸念を完全に否定できない。
「ラヴィさん、確かに材料は最悪で最低で、正直 僕も意味が分かりませんが、作り手はエルフの精霊であるドライアドなんです……信じてみませんか?」
ラヴィは長い熟考の後、意を決したように言葉を吐く。
「………………分かった……アルドがそこまで言うなら私も信じてみる」
「ありがとうございます、ラヴィさん。ではドライアドも言ってたように、少しずつ口に含ませてあげてください」
若干、納得がいって無い様子のラヴィだったが、万能薬を飲ませる以上の解決策が無い事から、渋々 従ってくれた。
先ずは指先にほんの一滴を垂らし、眠っているルイスの口の中へ含ませていく。
徐々に領を増やしていき、ルイスは目を閉じながらもしっかりと飲み込んでいる。
そうして全ての万能薬を飲み干した所で、ルイスの瞼が徐々に開き始めた。
「っ……ここは……どこだ……オレは確か……」
そう呟きながら体を起こしたルイスをラヴィは呆然と見つめ……次の瞬間には突進するかのような勢いのまま抱きしめた。
「ルイス!! お前! 心配したんだぞ! 良かった……本当に良かった……私は……私は……」
「お、おい。どうなってるんだ……何でラヴィがここに……ここはミュラー領じゃないのか?」
ラヴィが嬉し涙を流してルイスを抱き締める中、混乱した様子のルイスと目が合ってしまう。
「アルド……何でお前が……それにオリビアまで……まさか、ここはブルーリングなのか?」
「ああ、そうだ……直ぐに全部 説明してやる……でも今は少しだけ時間をくれ……頼む」
この場の全員がルイスの回復を喜んでいる。
しかし当の本人だけは、この状況が理解出来ないのだろう。
眉根を下げて、皆の熱が下がるのを待っていたのであった。
◇◇◇
改めてルイスへ、ここ1週間に起こった全てを順番に話していった。
そして全てを知ったルイスは、悲壮な顔で驚愕の言葉を吐きやがった。
「う、嘘だろ……オレが全部しゃべっちまったってのかよ……いくら薬を使われたとしても、絶対に許される事じゃねぇだろうが…………くそっ! こんな事なら捕まった時に、自害しておけば良かった!!」
いきなり何て事を言うんだ、コイツは……確かに薬を使われて全ての情報を話したのは事実だとしても、死んでいれば良かったなど、とても許容できる言葉では無い。
「ルイス……流石にその言葉は看過できない。お前が責任を感じる気持ちは痛いほど良く分かる。オレがその立場だとしたら、お前と同じ事を思うんだろう……ただな、これだけは覚えておいてくれ。万が一お前が本当に自害してたとしたら、オレは間違い無くミュラーの街にコンデンスレイを撃ち込んでいた。きっと全てを燃やし尽して、魔族と妖精族には埋め用の無い溝が産まれてたはずだ」
「そうは言っても……クエンの野郎に使徒の事も全部伝わったって事だろ……くそっ! こんな罪、オレはどうやって償えば良いんだ……教えてくれよ、アルド……」
「お前が償う必要なんて何も無い。今回の事はアイツ……クエン=フォン=ミュラーが全ての発端だ。アイツと話してみて良く分かった。表面的には礼を尽くすように振舞っていたが、アイツは使徒に対する畏怖なんて持ち合わせていない。自分の欲望を満たす道具程度としか見てなかった…………アイツは生きていても邪魔にしかならない。早々に退場してもらうつもりだ。流石にここまでされて放置じゃ、妖精族って種族自体を舐められかねないからな。その上でアイツが得た情報の破棄を対価に、ティリシアのマナスポットを修復しようと思う」
「……すまない。オレが情報を漏らしたばっかりに……お前達に余計な負担を押し付ける事になっちまった……この借りはオレの人生をかけてでも必ず返す。本当にすまなかった」
必死に頭を下げるルイスへ、驚く事にオリビアが進み出て一息に言い放った。
「ルイス、今のアナタには何を言っても無駄なのでしょうね……分かりました。アナタがどうしても罰を望むと言うなら……アルドでは無く自分の名で、他人が動くような男になりなさい。それでこそ、アナタの言う償いが出来ると言うものです」
「オリビア……そうだな。確かにお前の言う通りだ。アルドの背中に隠れてちゃ、いつまで経っても借りなんて返せねぇ。分かった、どこまで出来るか分からねぇが、精一杯やってみるぜ」
ルイスも無事 切り替えられた事で、この場にはやっと安堵の空気が満ちている。
「ルイス、良かったんだぞ。心配したんだぞ……」
「ネロ……お前、その腕……やっぱり飛ぶ前、騎士の攻撃を受けた時に……こんな事なら全員で空間蹴りの魔道具を使うべきだった、スマン……本当にオレは間違えてばっかりだ。自分が嫌になるぜ」
「気にしちゃダメなんだぞ。ルイスは一生懸命やってるぞ。何か言うヤツがいたら、オレがやっつけてやるんだぞ!」
「……ネロ、お前は凄いな。お前と親友になれた事は、オレの最高の財産だ。ありがとな」
言われた当のネロは、キョトンとした顔で首を傾げている。
問題は山積みで何一つ解決していないのだが、今だけは素直にルイスの回復を祝いたい。
全員が同じ気持ちだったのだろう。ただただルイスの無事の帰還を喜びあったのであった。




